表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 従者生活のはじまり
62/398

page.62

      ***



 他の騎士とは合流せず、城に戻ってきた佐和達はアーサーの先導に従って城の牢屋のある地下に降りて行った。

 少年はがっくりと肩を落としたまま大人しく付いてきている。その横を歩く男の子は不安そうにしながらも、初めて入る城の中に興味を抱いて、興奮しているのが隠しきれていない様子だ。

 石造りの螺旋階段を降り切ると、通路が三つに分かれていた。そのうちの一番右の通路を進んで行くアーサーに、佐和たちもついて行く。

 城に戻ってくる間にカラドスは現れなかった。城には見張りも兵士もいる。ひとまずはアーサーの身は安全だろう。ある意味このトラブルのおかげで、アーサーを安全な場所に移動できたといえばそうだ。

 でも……かわいそうだな……。

 前を歩く年端もいかない窃盗犯にどうしても同情してしまう。

 こんな幼さで盗むことでしか生きていけないなんて、佐和にとっては本当に遠い世界の話のようだ。

 でも、それだって日本が恵まれてるだけで、外国ではそういう子供たちもいるわけだし……。う……よくわかんないけど、なんか罪悪感がしてきた……。

 明確な理由はないのに、なぜか痛み出した胸をそっと押さえた。

 考え事をしている間に通路の行き止まりまで来ていた。石畳の広い空間が広がっている。天井は普通の民家の二階分ぐらいの高さ。床一面に藁が敷き詰められた上に、木箱が数えきれないほど積み上げられていた。


「殿下?」


 マーリンも違和感に気付いたらしい。どう見てもここは牢屋じゃない。

 マーリンの呼びかけを無視したアーサーは、一番手前にある木箱に手を突っ込むと小さな麻袋を引っ張り出して、少年に投げつけた。

 受け取った少年は目を白黒させて、袋とアーサーを交互に見つめている。


「二度目は無い」

「わあ!!麦だあ!!」


 少年が開けた袋の中には、さっき少年が町の人から盗んだものより多い麦が、ぎっしり詰まっている。袋を覗き込んだ男の子が歓喜の声を上げた。


「……殿下」

「いいか。どんな理由があったとしても、それは罪を犯す免罪符にはならない。それを頭に叩きこめ。……だが、飢えたこと自体はお前たちの罪ではない。それは……国の……王族の責任だ。これはそのほんの謝罪分だ。……それを持ってさっさと行け。もう二度と盗みは行わないと誓え」


 信じられないと言いたげな少年の顔を、アーサーは決して見ようとはしない。

 手振りで少年を追い払うと、気まずそうにマーリンに命令した。


「マーリン、そいつらを城から追い出せ」

「……わかりました」


 マーリンも口の端をほんの少しだけ上げると、アーサーの命令通り、二人を連れて元来た道を引き返した。

 残されたのは背中を向けたままのアーサーと佐和だ。


「……殿下、もしかしてマーリンに言われなくても、最初からこうするつもりだったんじゃないですか?」


 正直、アーサーがこんなことをするとは思わなかった。

 どんな理由があろうと悪は悪。それで切り捨てるとばかり。

 でも、今、少年に慈悲を見せたアーサーも、同じアーサーなんだと、なぜかすとんと胸におちた気がした。


「……この前の戦から国の食糧事情はかなり厳しい。盗賊が出ている原因はそこだ。自身の命のために、盗みが頻発している。あいつらもおそらく親を亡くした子どもだろう。後ろ盾もない子供が、食料を確保できる道など限られているからな……」


 こぼすようにしゃべりだしたアーサーは、目の前の木箱を軽く何度か叩いた。


「城にはいざという時の食糧が保管されている。これは元々国民の物だ」

「非常用を勝手にあげちゃって良かったんですか?」

「あいつらにとっては今が非常事態だ」


 屁理屈だ。でも、悪い屁理屈ではないと思う。

 横柄で高慢な態度ばかりが目立つが、思い起こせば初めて会った時も、人を助ける為ならアーサーは危険を厭わなかった。炎が迫る中、砦の屋上を駆け出して行った背中を思い出す。

 今、目の前にいる背中とその時の背中が佐和の中で重なった。

 こういうところは王子様なんだなー、ちゃんと。

 そう言えば結局、佐和が殴ったことも怒ってない。わかりにくい優しさに、なんだか佐和の胸が暖かくなった。

 この優しさがうまく、マーリンと合えばいいのに。


「……もし、あの子たちが魔術師だったら同じことをしますか?」


 もしも、この質問にアーサーが「当たり前だろう」と言ってくれたらどんなにいいだろう。そう言ってくれれば、希望が見える気がする。

 でも、佐和の質問にアーサーは顔つきを厳しくした。返事を聞くまでもない。表情が全力で否定している。


「馬鹿を言うな。魔術師なら飢餓に悩まされるものか。飢餓の原因は奴らなんだからな」

「え?うそ?」

「もともとキャメロットの周りの畑は割と耕作の良い土地なんだ。でも最近は収穫量が減ってきている。魔術師が呪を大地にかけているんだ」

「そんなこと……」


 あるわけがないとは言い切れない。人間に良い人と悪い人がいるように、魔術師もマーリンのように正しいことに魔法を使う人も、コンスタンスのように非道な事に使う人もいるだろう。国土を呪ってる魔術師がいても不思議はない。


「とにかく魔術師を根絶やしにすることが最も早い解決策だ。その犯人発見のためにも巡回の強化が重要なんだ……戻るぞ」


 なんだろう……。

 アーサーは悪い人じゃないのかもしれない。でも、どうして魔術師が絡むとこんなにも強硬な態度になっちゃうんだろう……。

 そこさえうまく行けば、マーリンと手を取り合う未来も見えるはずなのに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ