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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 従者生活のはじまり
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       ***



「……誰だ!?」

「これは殿下!!なぜこのようなところに?」


 アーサーの声に驚いて、路地にいた男たちが一気に振り返った。人数は三人。皆、一般市民が着る麻のシャツとズボンに汚れたエプロン姿だ。

 その光景に張りつめていた空気が弛緩した。


「今の怒鳴り声は何だ?何があった?」


 近付いて来るアーサーに男たちは目を丸くしたまま、一番手前の髭面の男が、はあと困ったように返事をした。


「実は盗人が出まして……」

「逃げられたのか?」

「いえ……捕まえたんですが……」


 説明しながら男の視線がちらりと左を見た。その視線に気付いたアーサーが、左手にあった木箱に目を向ける。

 人の腰の高さまで積み上げられた木箱の山の向こうから、足が投げ出されているのが見えた。


「そこか……」

「あ、いや。殿下の手を煩わせるほどでは……」

「盗みはキャメロットの法では重罪だ。連行する」


 そう宣言したアーサーが、男たちを押しのけて木箱の影にいる盗人に近づいたのと一緒に、佐和たちも木箱の影に回り込んだ。

 マーリンが持っていた松明が盗人の姿を照らす。その照らし出された犯人に佐和は息を飲んだ。


「え……男の子……?」


 力なく足を投げ出して座り込んでいたのは、小学生高学年か中学生くらいの少年だった。

 投げ出した靴の底はめくれ、着こんだぶかぶかのローブは、あちこちつぎはぎだらけだ。

 ただ、恰好以上に一番目立つのは、真っ赤に腫れ上がっている顔の腫れだ。血もにじみ、目があざで開かなくなっている。


「おい、どういうことだ?」


 険しい口調で、背後の男にマーリンが問いただす。

 一瞬、貴族には見えないマーリンに戸惑った男たちだったが、顔を見合わせると、かろうじて聞き取れるぐらいの大きさの声で、口ごもった。


「いや、そいつ、うちの店の厨房に忍び込んで、麦を盗みやがったんです。それからこいつらの所からは卵を」

「それで袋叩きにしたわけか」


 何気ない会話をしている時と変わらない口調で、淡々とアーサーは事情を確認すると、右手の剣は仕舞わず、少年の横に片膝をついた。


「気絶はしていないな。キャメロットの法で盗みは重罪だ。なぜ盗んだ?」


 アーサーの問いかけに少年は何も言わない。腫らした顔をそらして黙り込んでしまった。

 その手に小さな朝の袋が握られていることに、佐和は気が付いた。破けた底から麦がこぼれている。


「……こいつは私が連行する。お前らは家に戻れ」

「よろしくお願いします。殿下」


 あ、王子として対応する時は一人称変わるんだ……。

 そんなどうでもいい発見に佐和が気を取られている間に、戸惑っていた男たちがアーサーに事態を預けて、各々家に入っていく。

 誰もいなくなったのを確認したアーサーが、剣を腰に差しなおした。


「おい、お前、立て」


 アーサーは少年の腕を掴んで、無理矢理立ち上がらせた。立たされた少年の足取りはふらふらしている。


「なぜ盗みなんてやった?」


 腫れた頬の奥から見える潰れた瞳は、うつむいたまま動かない。どうやら言うつもりは全くないらしい。


「……まあ、いい。おい、マーリン。こいつを城の牢に連れて行くぞ」」

「兄ちゃん……!」


 アーサーが乱暴に男の子をマーリンに向かって突き飛ばしたのと同じタイミングで、曲がり角から小さな男の子が飛び出してきた。

 少年と同じく、つぎはぎだらけのローブの裾を引きずっている。


「兄ちゃんを放せー!!このー!!ふぎゃー!」

「なんだ?お前は」


 勢いよく飛び出してきた男の子が、アーサーの足に殴り掛かろうとしたのを、アーサーは軽々と避けた。勢い余った男の子が、頭から地面にスライディングする。


「バラン、出てくるなって言っただろ!」

「でも……にいちゃーん……」


 転んだ男の子に急いで少年は駆け寄ると、男の子を引き起こした。


「弟か……」

「……そうです。だけど、弟は関係ないです。やったのは俺一人です」

「にいちゃん?」


 男の子を背中に隠した少年が、強いまなざしで真っ向からアーサーを見つめ返した。そのままその場で膝をつき、アーサーを見上げる。


「どうか……殿下……!!お見逃しを……こいつを育てるためにどうしても今日の飯がいるんです……!!もう三日も何も食べてないんです」


 佐和とマーリンはお互い黙ったまま、事の成り行きを見守った。

 アーサーにそんな懇願が通るわけがない。


「お願いです……!!どうか!!」

「殿下……許してあげてはどうですか?」


 膝をついた少年を見つめていたアーサーの冷淡な視線から、まるで庇うように、マーリンが少年の前に立った。


「お前、俺に指図するのか?侍従の立場で」


 アーサーの冷たい言葉に、マーリンが拳を強く握りしめると、鋭い目つきでアーサーを睨みつけた。


「……王族の何が偉いんだ」

「何だと?」

「ちょっと……!マーリン!!」


 アーサーを真っ向から見つめるマーリンのまなざしの強さに、佐和は止めようと伸ばしていた手を思わず引っ込めた。不穏な空気が流れ始める。


「王族って言うだけで、何がそんなに偉いんだ?何もできないくせに!」

「何だと!!」

「マーリン!!」

「お前!俺にそんな口を聞いて、許されると思うのか!」

「何で許されなきゃならないんだ!何に許される必要があるんだ!?何にもできない王族にどうして許しを請う必要がある!?」

「この……!!」


 逆上したアーサーがマーリンのシャツの胸倉を掴み上げた。至近距離でお互い睨みあう。


「もう、我慢ならない!王族ってだけで、威張りかえって!そもそも、こいつらが飢えてるのは、お前らが勝手に始めた戦争のせいだろ!それでとばっちりを食らうのは、いつも国民じゃないか!」


 負けじと、マーリンもアーサーの襟をつかみ上げた。


「ふざけるな!」

「ふざけてるのはどっちだ!あの時だって……俺の村だって、戦争さえなければ!疫病が流行ることもなかった!そうしたら先生やミルディンが死ぬことだって……!」


 止めようとあたふたしていた佐和も、胸倉を掴まれたアーサーも、マーリンの言葉に固まった。

 口走ったことにマーリン自身も驚いたようだった。

 アーサーの胸倉を掴んでいた手が緩むと、力なく垂れ下がる。


「……申し訳ございません。出すぎた真似をしました」

「……………」


 掴まれていた襟を正したアーサーは、呆気にとられていた少年たちに向きなおった。


「理由があれば罪を犯していいわけじゃない」


 アーサーは冷たく言い放つと、少年から麦の入った袋を取り上げた。

 どこかで聞いたようなセリフに佐和は横のマーリンを盗み見た。


『理由があれば殺人が許されるのか?』


 アーサーの部屋でのマーリンとの会話が脳裏によぎる。

 マーリンも同じことを思い出していたのか、佐和と合った視線を気まずそうにそらした。

 マーリンの言っていることも、アーサーの言っていることも通りが通っている。

 まさに正論だ。でも……。


「お願いします!!それをください!!」


 腫れあがった顔を少年が懸命に下げた。横でその様子を見た男の子も真似をして、アーサーに頭を下げている。


「……ダメだ。この麦は持ち主に返す。行くぞ」


 アーサーの断言に少年は頭を垂れた。

 とぼとぼと歩き出した背中に佐和もついて行く。

 前を歩くマーリンの背中を佐和は見つめた。

 マーリン、そんな風に思ってたんだ……。

 ただ、魔術師嫌いの王様が嫌だったわけじゃない。ずっと、きっと王族を憎んできたんだ。

 そういえば村での疫病の話を初めてしてくれた時、マーリンは「王族さえいなければ」と言っていた。それをこの一週間、胸に抱きながら、堪えていたんだろう。

 私……全然、気が付かなかった。

 馬に乗れることだけじゃない。

 私はマーリンのことを本当に何もわかってないし、知らなかったんだ……。

 ……ちゃんと、マーリンと話したい。

 佐和は単なる傍観者なのかもしれない。佐和が聞いたところで、何かが変わるとは思わない。

 それでも、世界を変えるというとても大きなことに挑むマーリンの力に、少しでもなりたかった。




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