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追いかけるのはいいけど、私もカラドスに見つからないようにしなきゃ……。
もし見つかれば佐和になす術はない。
とにかく迅速かつ隠密にを心がけて、佐和はこそこそ夜の城下町を進んで行った。
カラドスの姿はもう見えない。鉢合わせたりしないように曲がり角には特に気をつけつつ、進んで行く。
それにしても真っ暗だ……。
街灯なんて物はもちろんこの世界にはない。
巡回しているマーリンたちは松明を持ち歩いているが、佐和は持ってない。微かに家から漏れてくる明かりと月の光を頼りに進むしかなかった。
うう、怖くなってきた。でも、私が行かなきゃ、マーリンたちが危険だし……。
本当は今すぐにでも城に帰りたいけれど、佐和以外にカラドスのことを伝えられる人はいないのだ。
遠くから獣の声も聞こえてくる。微かな物音にも、いちいち、びくびくしながら進んで行く。
見つからないな……どこ行っちゃったんだろう……。
松明の明かりも見当たらない。以前、マーリンと来た市場に差し掛かった時、背後から足音が聞こえてきた。
ままま、まさかカラドス……!!
「背中を取られた……」
どうしよ……こ、ここは、自力でどうにかするしかない……!!
足元に転がっていた木の棒を握りしめると、佐和は振り返りつつ、背後の人物に殴り掛かった。
「どりゃああ!!」
「いてえええ!!!」
予想外に若い悲鳴に、佐和はおそるおそる固く閉じていた目を開いた。
振り下ろした棒の先で頭を抱えているのはアーサーだ。
「ぎゃああああ!!!」
違う意味で叫んだ佐和の前で、アーサーが殴られた頭をさすっている。
「サワ?どうしたんだ?なんでこんな所に?」
松明をかざして、後ろから覗きこんできたのはマーリンだ。
「良かったぁ……!マーリンたちだったぁ……!」
「おい!なんにも良くないぞ!!お前、よくも俺を殴ったな!」
「ごごご、ごめんなさい!!」
「背中を取られたって……」
兵士じゃあるまいし、とマーリンが口を押えた。後ろを向いてしまったので、正確な表情は見えないが、松明を持つ手と肩が震えている。
「わ、笑わないで、マーリン!ていうか、マーリンちょっと……!」
「おい、こら!どこに行く!?」
「殿下!ちょっとマーリン借ります!!」
「おい!!」
謝罪しなきゃ、と思いつつも、とにかくカラドスのことで頭がいっぱいの佐和は、マーリンの腕を引いた。アーサーに聞かれるわけにはいかないので、急いでマーリンをアーサーから引きはがして、路地に入る。
「ま、マーリン」
「サワ……良い一撃だった」
「それどころじゃないんだってば!!」
心なしか嬉しそうなマーリンに佐和は怒鳴った。耳まで熱い。
「一体どうしたんだ?」
「で、出たの!」
「出た?何が?」
「カラドスが!さっき、城の前で見かけたの!こっちに来てるっぽい!」
「何だって?」
佐和の言葉にマーリンの表情が一変して、険しくなる。
「それで、知らせに来たのか?」
「おい、何をこそこそやってるんだ!?」
「殿下、いや何でもないんです!ちょっとマーリンの忘れ物を渡しに……」
佐和のごまかしを疑ってはいないらしい。アーサーははあ?と機嫌を悪くすると、後頭部を撫でた。
「それより……お前、覚悟はできてるんだろうな?王子の頭を棒で強か(したたか)に殴るなんて、前代未聞だぞ……?」
ひいいいい。それ、忘れてたああ……!!
「……ったく、おい。こんな夜中に女が一人で出歩くな。何かあっても知らないからな」
「え……は、あははー。はい……私は戻ります」
「何言ってるんだ。帰りも危ないだろうが。仕方ないからお前も巡回に付き合え。一番後ろを歩けよ」
「え……あ、はい……」
意外だ。てっきり怒鳴られるとばかり。もしくは邪魔だからすぐ帰れとか、言われるかと思った。
予想外の女の子扱いに戸惑いつつも、アーサーの後ろに並ぶ。
前を歩くアーサーが後頭部をさすりながら、「いてぇ」と言っているのに身がすくむが、とりあえず気を取り直して、すぐ横を歩くマーリンにこっそり話しかけた。
「ケイは?」
「さっき別れた所だ。伝えには行けない。俺たちで注意を払うしかない」
その時、先頭を歩いていたアーサーが手で足を止めるように指示した。
前方の路地から怒鳴り声が聞こえてくる。一気に緊張感が高まり、マーリンもアーサーも表情を引き締めた。
アーサーは静かに腰から剣を抜き、そっと声のする方向へ近付いて行く。佐和の横にいたマーリンも松明を掲げつつ、上着の上から杖を入れている胸元にすぐ手を伸ばせるようにしているのが見えた。
アーサーの合図で三人は一気に声のする路地に飛び込んだ。