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「全員揃ったな。それではこれより城下町の巡回に出発する。ボードウィン卿のチームと私のチームに分かれて行う。それでは各自、持ち場を確認しろ」
アーサーの指示出しで、城の門に集まっていた十数名の騎士が二手に分かれた。
ボードウィンと呼ばれた騎士は、アーサーやケイよりもかなり年上で、黒ひげを蓄えた立派な男性だ。そちらのチームは比較的年齢層が高い。聞きかじった話だとウーサー王の騎士らしい。
一方のアーサーのチームは逆に若い。ケイとマーリン以外のメンバーの名前は知らないが、アーサーと一緒に稽古などをしているのを何回か見たことがある人達だ。
「それでは出発だ」
アーサーの合図でチームが動き出す。アーサーのチームの最後尾にいたマーリンがこっそり佐和に近寄って来た。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
佐和は留守番だ。マーリンたちの背中が見えなくなるまで見送った後、アーサーの部屋の掃除と食事の片付けがある。
「さて」
完全に一行が見えなくなったのを確認して、佐和は手を腰に当てた。
夜風が涼しくて気持ちいい。佐和の世界は冬になる所だったが、こちらの世界はちょうど春だ。温度もちょうどいい。
……さっきのあの男の人、何だったんだろう。
廊下ですれ違ったアーサーに対して嫌な感じだった男の顔がふっと浮かんだ。
まあ、でも。アーサーなら敵をたくさん作りかねないし、そのうちの一人だったのかもしれない。
あんなにわがままだったら、周りの大人も呆れるよなー。そりゃ嫌味っぽくもなるかな。
そんなことを考えながら部屋に戻ろうとした佐和の視界を黒い影が横切った。
あれ……今の……うそ……。
見た光景が信じられず、佐和は影が走って行った先に目を光らせた。
その瞬間、長いローブが広場の向こうの、街へと続いている橋を渡っていくところだった。その人物の背格好に息を飲む。橋の向こう側、街角へ消える直前曲がった男の顔は―――カラドスだった。
うそでしょ!?こんなすぐ近くにいたの!?
脱獄して三日。城下に潜んでいたのか。もし、ケイの話が本当なら……。
普段城にいるアーサーに接触できる機会はめったにない。けど、この城下町の巡回なら話は別だ。街角からいきなり襲い掛かることだってできる。
復讐の機会を伺ってた……?
カラドスの姿はもう見えない。もちろんアーサーやマーリンの姿もとうに街角に消えている。
どうしよう……?
とにかくマーリンか、ケイに知らせなければ。
でも、私が追いかけても……何にもできないし、ああ、どうしよう……?
ぐるぐると意味もなくその場を回る。焦って考えれば考えるほどどうすればいいかわからない。
どうしよ?どうしよ?どうしよう……!?
「おい、何があった?」
唐突に背後からかけられた声に、佐和は飛び上がった。
振り返ると、城の扉からさっきアーサーに廊下で嫌な態度を取っていた男が、こちらを見ていた。アーサーとは違い、メイド姿の佐和に対しては横柄な態度だ。
「あの……えっと……」
言っていいものか悩んでいると、男は怪訝そうに佐和を睨みつけた。
「私に言えないことか?」
言えないも何も私、あんたが誰かも知らないし。
「その……どちら様ですか?」
「な!!貴様、メイドの分際で私を知らないだと!?」
「すみません!私、仕事始めたばかりで!」
来て一週間で、城の人間全員の顔を覚えられるわけがない。けれど、そんなことを言っても無駄なので飲み込む。
「私はエスタス領領主カンペネットだ。貴様は確か、殿下の新しい侍女だな?」
「はい……」
名前だけ言われてもわからないが、領主ということは貴族だ。
「殿下に何かあったのか?」
「あの……不審な人物を見かけた場合って、どなたに言えばいいんでしょうか?」
そのままカラドスのことを伝えるのははばかられた。
なんとなく、この人に本当のことを伝えるのは気が引ける。
「普通は衛兵に言う物だが、たかが一介の侍女の発言で兵は動かんぞ」
「そうなんですか!?」
兵士の意味ないじゃん!
「どうしよう……」
こうしてる間にも、カラドスはアーサーに迫っているかもしれない。だが、佐和が追いかけて行った所でできることは何もない。
「言ってみろ。事の次第によっては私が取り次いでやる……殿下に関わることならば仕方なかろう」
「本当ですか?」
しぶしぶといった様子だが、カンペネットの言葉に佐和は食いついた。
佐和一人でどうにかできるものではないし、この相手は気に食わないが、今はそんな佐和の主観に頼っている場合ではない。
「じゃあ……実は、数日前に脱走した男をさっき見かけまして……殿下にすぐにお伝えしたいんですが」
「ああ、あの奴隷商売していたカラドスとかいう男か」
どうやら事情も知っているらしい。これなら話は早い。
「仕方ない。私が取り次ごう。貴様は仕事に戻れ」
「は、はい。ありがとうございます」
兵士に言いに行くのに動き出したカンペネットに頭を下げる。
嫌な印象を抱いたことを心の中で詫びた。
次に顔を上げた時、カンペネットはもう城の廊下を曲がる所だった。
「……あ。どっちにカラドスが行ったか言い忘れた!」
すぐに駆け出してカンペネットを追い掛ける。曲がった先の廊下の隅に、兵士と話し込むカンペネットがいる。
「…あ、あの」
「ああ、殿下を狙ってるらしい。好都合だな」
「え」
聞こえてきたカンペネットの発言に、佐和は慌てて別の廊下の角に隠れた。そっと耳をそばだてる。
「ったく、本当にあの小僧、目障りだ。今回の会議でも、おかしな提案をして……あいつさえ生まれなければ、私が王位に近づけていたのに……」
「カンペネット様。不用意な発言は控えませんと」
佐和は柱の陰に隠れているから顔色は見えない。でも、声からして、話している兵士もカンペネットと同じいやらしい笑いを浮かべているに違いない。
「わかっている。侍女一人の発言で兵は動かない。好機だな」
「ええ」
笑い声が遠ざかって行くのを、佐和は別世界の言葉を聞いているような気分で聞いていた。
あの人達、何言ってるの……?
まるで、アーサーがカラドスに殺されるのを望んでいるような。
やっぱり初対面で感じた印象は間違いじゃなかった。
「どうしよう……」
カンペネットは頼れない。他の貴族も、もしかしたら同じように対応するかもしれない。
佐和は慌てて立ち上がると、カラドスの走って行った方向にメイド服のまま駆け出した。
カラドスが向かったのは、まさにアーサーが進んで行った方角だ。
なんとかしてカラドスより先にマーリンかケイを見つけないと。二人がいる所にきっとアーサーもいる。
……私が行くしかない。