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「おい、もたもたするな。本当にお前はとろいな」
「すみません……」
「マーリンには先に門に行くように言ってある。俺たちも行くぞ」
アーサーに続いて、城の廊下を移動している佐和は足を速めた。
アーサーの身長は佐和より高い。どうしてもコンパスのせいで、アーサーに遅れてしまう。
石造りの廊下をアーサーは堂々と歩いていくが、その足が突然止まった。
「あ……殿下、どうかしましたか?」
アーサーの背にぶつかりそうになった佐和が、アーサーの背中から覗き込むと、進行方向から恰幅の良いおじさんが歩いてくるところだった。
刺繍のたくさん入った長いローブを着ている。白髪でそれなりの年の男性だ。
その男は廊下に立つこちらを見た途端、嫌らしく口角を挙げた。
なにあれ。感じ悪い……。
人を見る目はまあまあある方だと思っている。
すぐに、佐和はこの人物が自分にとってはあまり歓迎できない人物だと感じ取った。
「おお、これは、これは、殿下」
近付いて来た男はわざとらしくアーサーに気付いたふりをして、大げさな手振りで挨拶をした。
何この人、最高に感じ悪い。
「ご機嫌はいかがですか」
「至って良好だ」
答えるアーサーの声は硬い。
初めて聞く王子としてのアーサーの声だった。
「それは、それは、さすが殿下。我々一般人とは身体の作りが違いますなあ」
男の言葉にアーサーのこめかみが、ぴくっと動いた。
何かを言外に含んだ物言いに佐和も眉をひそめる。
「これからどちらへ?」
「……城下町の巡回だ」
「城下町の?ほお。さすが殿下。我々とは視点が違いますなあ」
男の言ってることに直接的な非難の言葉はない。けれど、出る言葉全てがアーサーを貶めているように感じた。
「何が言いたい?」
「いえ、我々と殿下は『違う』と思っただけですよ」
……アーサー?
いつものアーサーなら直接的な言葉がなかったとしても、これだけ挑発されれば殴り掛かる気がしていた。
でも、アーサーは、ただ男を厳しい目で睨み返すだけで、言い返しさえしない。
「では、殿下……息災で」
最後の言葉に佐和の背筋が凍った。
心から全く思っていない「息災」がうすら寒い。
佐和が固まっている間に、男はアーサーとすれ違うと、そのまま廊下の角を曲がっていなくなった。
「……あの……殿下?」
「……行くぞ」
さっきよりも荒い足取りで歩き出したアーサーに何も言えず、佐和は黙って後ろをついて行った。