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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 従者生活のはじまり
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page.55

       ***


「おい!間合いを常に保てと、言ってるだろ!」


 ガンガンと木の棒が激しく打ち合う音が響く。

 城の裏手に作られた草原の訓練場で、長い木の棒で打ち合っているのはアーサーとマーリンだ。佐和は訓練場の端っこのベンチで二人の様子を見守っていた。

 身軽に棒を振り回すアーサーとは打って変わって、鎧を身に付けたマーリンの息は上がっている。それもそうだ。

 もうかれこれ一時間以上、アーサーにいじめられっぱなしだもんね……。

 昨日の衝撃の出会いから一夜、今日、佐和たちは改めてアーサーに仕えている。

 といっても、仕事の内容は基本的に……アーサーのわがままを聞くことだ。


「俺の従者になるからには、基本的な剣術ぐらい扱えるようになれ!!おい!足!」

「……るさい」


 マーリンが着けている鎧は見るからに重そうだ。鉄のヘルメットと銅当て、手足にも籠手と足当て。それを付けたまま休憩なしで、アーサーにいじめと言っても過言ではないスパルタ訓練を受けているのだ。息もあがって当然だった。文句を言う声も小さい。

 ふらふらしながらもたぶん、意地だろう。マーリンは懸命に、木の棒を使って、アーサーの攻撃を防ぐ訓練を続けている。


「剣を扱う前に、まず基本を押さえなきゃ話にならないだろうが!ほら!」

「くっ……!」


 そこで遂に力尽きたマーリンの棒を、アーサーははじき飛ばすと、頭のヘルメットを思いっきり棒で叩いた。金属音が訓練場に響き渡り、マーリンがどっと草の上に倒れる。


「ちょっと!!マーリン!大丈夫!?」


 急いで倒れたマーリンに駆け寄って、ヘルメットを外してあげる。

 柔らかい藍色の髪は汗でべったり額に張り付き、本人の顔も険しい。見た所、外傷はない。


「……サワ、大丈夫。ありがとう」

「はっ。これぐらいでへばるなんて、体力ないな。お前」


 マーリンは、見下ろしてくるアーサーを睨み返すと、なんとか立ち上がった。

 アーサーの運動量も結構だったはずなのだが、疲れている様子は全くない。


「…うるさい」

「嫌なら止めてもいいんだぞ。すぐに首にしてやる」


 起き上がったマーリンの後ろに回って、佐和は胴体の鎧を外すのを手伝った。鎧の着方はアーサーの従者になって、まず一番初めに叩きこまれたので、それを思い出しながら外していく。

 背後にいるせいで、マーリンの表情が読めないが、不満を飲み込んでいるのが伝わってきた。


「……ありがとう」

「いえいえー」


 いやー、私、男じゃなくてよかったー。


「……おい、そいつ手伝ったら、今度はお前の番だからな」

「うそ!?私も訓練やるの……ですか!?」


 不機嫌なアーサーの言葉に目を剥いた。

 思わず敬語を付け忘れそうになる。さすがに王子様にため語は使えないということで、佐和もマーリンも敬語だ。

 自慢じゃないが佐和の運動能力は低くもないが、高くもない。ただ戦えるような人間でないことだけは自分で痛いほどわかる。

 絶対無理。

 慌てふためく佐和を見て満足した様子のアーサーは、にやりと不敵な笑みを浮かべると腕を組み直した。


「訓練は訓練でもお前の訓練は別だ」


 ……嫌な予感しかしない。



       ***



「な、何……これ……」


 恥ずかしい……!!

 佐和はスカートのすそを引っ張って、なんとか羞恥心を堪えようと努めた。

 城に戻って、佐和が無理矢理アーサーに命じられて、着替えさせられたのは濃い緑のワンピースに白いエプロン。まごうことなきメイド服だ。

 び、美人でも、学祭とかでもないのに、メイド服って!無理!なにこれ!?なんの羞恥プレイ!?

 っていうか私もう社会人なんですけど!!


「へえ……まあまあだな」

「…………」

「くっ……!」

「どうした?嫌なら辞めてもいいんだぞ」

「……だいじょうぶです!」


 丈はさすがに膝上位で短くはないが、メイド服っていうのは無条件に恥ずかしい。

 目の前では、赤くなった佐和に満足して嘲笑うアーサーと、その横で無言を貫くマーリン。

 気まずすぎる。

 気まずいが、この程度でへこたれはしない……!

 制服だと思えばいいんだ。制服、ウェイターとかと一緒ー。

 私の世界がコスプレだと思ってるだけで、こっちの世界じゃ、普通の仕事着だー。

 心の中でなんとか自己暗示をかけ、恥ずかしい気持ちを打ち消す。

 ここで大げさに反応すれば、アーサーの思うつぼだ。


「これ着て、一体何の訓練するんですか?戦えないじゃないですか」

「女に闘わせるわけないだろ。もちろん俺の従者だから戦時には戦場に行くことになるから最低限の自衛は教えるが、それは後でいい」

「え、じゃあ何を?」


 意外なフェミニズムに驚きつつ、おそるおそる伺った佐和に、アーサーはこともなげに答えた。


「まずは俺の身の回りの世話を覚えろ。生活面に関しては全部お前の仕事だ。力仕事はマーリンにやらせろ」

「あ……そうなんですか?わかりました」


 てっきり佐和も、さっきのマーリンのようにアーサーに稽古と称していびられるものだと思っていたので、安堵のため息が出た。

 家事は別に嫌いじゃないし、特別苦手なわけでもないので何とかなるだろう。


「お、良い返事だな。朝も昼も夜も俺の世話だ。わかったな?」

「はーい」


 この世界に労働基準法なんて物があるわけもないので、素直に頷く。

 やけにアーサーがにやけているのがひっかかるが、寝る時間と休憩時間ぐらいはくれるだろう。


「夜の仕事も積極的にこなせよ」

「はいはい」

「おい、いい加減にしろ」


 言外に何かを含んだ物言いを適当にいなしていた佐和の前に、マーリンが立ちはだかった。


「夜の仕事は俺がやってやる……なんでも言え……」

「だから、お前こそいい加減にしろ!!殺気放ちながら言うセリフか!?」


 また両手でがっちりと組み合い始めたマーリンとアーサーの気をそらすために、佐和は話題を探した。

 いちいちアーサーのセクハラ発言にリアクションを取ってやる必要はない。


「えっと……そうだ!仕事自体の説明は誰に聞けばいいですか?」

「メイド頭に聞け。夜、仕事が終わったら来る予定だ」

「他に覚えることはありますか?」


 うまくいったらしい。組み合っていた手をほどいたアーサーがこちらに向きなおった。その背後でマーリンがアーサーを睨みつけたままでいることに苦笑してしまう。


「色々あるぞ。楽しみにしとけ。まずはもう一度外に出るぞ」


 意地悪く笑ったアーサーが部屋を出ていくのに、お互い顔を見合わせた佐和とマーリンも続いた。




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