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次の日、カイに連れられて佐和とマーリンは城にあがった。
門番も最初は佐和たちに疑わしい目を向けて警戒していたが、カイに「今日から働く例の侍女と侍従」と紹介されると途端に表情を崩した。
カイはほぼ顔パス状態で、城を堂々と進んで行く。すれ違う人間に気軽に挨拶をし、その様子はとても城にいるとは思えないほどリラックスしている。
「そう言えばあいつは、どうなったんだ?」
「あいつ?ああ―――ケイのことか。あいつは謹慎。しばらくは外出歩くなって、めちゃくちゃ怒られてなー」
「そもそも、なんで攫われたりなんてしたの?」
佐和の疑問にカイは初めて気まずい表情を見せた。
「うーん……実は、あいつ最近めちゃくちゃ荒れててさー。気晴らしに街に連れてってやろうと思って繰り出して、べろべろに酔ったところでなー。ま、俺の監督ミスなわけ。俺も親父に死ぬほど絞られた……」
初めてずんと暗くなったカイの様子からすると、よっぽどこっぴどく叱られたのがわかる。
「そうだったのか」
「なに?マーリン。弟のこと、そんな気になっちゃう?」
カイの軽口にマーリンはむっとカイを睨みつけた。
「逆だ。もう関わりたくも無い。あんな最低な奴」
マーリンの中でケイは完全に敵認識らしい。
そりゃ、佐和をあんな目に合わせて、魔術師を切り殺した人間を、マーリンが好きになれるわけがない。
悪い人じゃないんだろうけど、私も苦手だな。
割りと温厚な部類に入ると思っている自分さえ、何回頭にきたかわからない。
おおらかな兄のカイとは間反対にケイは高圧的だった。あれは敵も多いに違いない。
でも。もし、もしもケイが本当にあのケイなら、必ずマーリンとはまた縁を結ぶだろう。―――アーサーに仕える者同士として。その時にはどうか互いが譲歩できるようになっているといい。
「着いたぞー」
大きな木造の扉をカイはなんの躊躇もなく開けた。心の準備も何もしていなかった佐和は慌ててマーリンの後ろに並んだ。
せめて使える貴族は優しい人でありますように。
そんな佐和の願いは――――部屋の中にいた人物を見た瞬間、粉々に砕け散った。
「よ!連れてきたぞ!」
明るく言い放ったカイとは対照的に部屋の主は、佐和とマーリンをあんぐりと口を開けたまま見つめている。マーリンも全く同じ顔で部屋の主を見返した。
『どういうことだ!!』
「お、ハモった」
マーリンとお互い指さした先にいたのは――――ケイだった。
あの日着ていたのとは違うどうみても高級な真っ赤のジャケットを羽織っている。
「おい!まさかこいつらが!!」
「そ、お前の新しい従者」
「ふざけるな!!なんでこんな堅物とブス!!」
「それはこっちのセリフだ……!」
部屋の温度が一気に冷え切った。
至近距離でガンを飛ばしあう二人から離れて、笑いながらその様子を見守るカイに、佐和は詰め寄った。
「どういうこと!?仕えるのはエクター家じゃなくて、別の貴族でしょ!?」
「うん、だからこいつがそう」
『はあ!?』
今度は佐和とマーリンの非難が綺麗に重なった。
カイはひらりとした身のこなしで、ケイの前に立つと大げさな手振りでケイを紹介した。
その後続けられた言葉に佐和は自分がとんでもない思い違いをしていることを知った。
幸運が背中を押してくれているどころじゃない。―――――後ろからふっとばすぐらいの勢いだったということを。
「紹介しまーす。こちらアーサー・ペンドラゴン殿下。君たちが今日から使える主でーす」
「………………は?え?……………だって、な、名前ちが……」
思わず佐和がケイ―――もといアーサーを震えながら指した指を、アーサーが不服そうに睨みつけている。
「それは市井に出る時の偽名だ。アーサーの名で出回ったら騒ぎになるからな」
ということは本当に。
この人が―――アーサー・ペンドラゴン。この世界を新しいステージへ導く王となる人物…。
あまりの急展開に、佐和だけでなくマーリンも固まったまま動かない。
「あ。ちなみに俺が本当のケイ・エクターね。よろしくー」
カイは自分を指さすとひどく楽しそうに笑った。
状況に頭がついていかない。
ケイ・エクター。アーサーの第一の騎士で……アーサーの「義兄弟」。そして宮廷一のお調子者。
本の説明書きが佐和の脳裏によぎった瞬間、眩暈がした。
こ……こういうことかあああああ!!!!!
「おい、ケイ。ふざけるのもいい加減にしろ。どうしてこいつらを俺が雇わなきゃならない!?」
「いいだろー。お前だって、気に入ってたじゃないか」
「誰が、だ!ふざけるな。すぐにつまみ出せ」
「そうだ。こいつに仕えるぐらいなら出て行く」
「ちょ!マーリン!!」
よっぽどアーサーが嫌いらしい。吐き捨てるように言ったマーリンの発言を止めようと、佐和はマーリンの腕を掴んだ。
途端、その様子を見ていたアーサーが意地の悪い笑みを浮かべる。
「おお、お前は好きにしろ。安心しろ―――サワといったな。お前は俺が可愛がってやる」
「ひい!!」
マーリンから佐和を引きはがしたアーサーは、佐和を後ろから抱きしめてマーリンに勝ち誇った笑みを浮かべた。
その笑顔にマーリンの眉間のしわが音を立てて切れた気がした。
「ふざけるな。放せ」
「嫌だな。俺は冷え性なんだ。こいつの最初の仕事は俺を温めることだ」
ぐいぐいと佐和をひっぱりあうマーリンとアーサーの攻防を横でケイが楽しそうに見ている。
「なら、俺が暖めてやる……!!」
「止めろと言っているだろうが!!寒いわ!!!!」
妙な迫力で迫るマーリンを押し返すのに必死になったアーサーの腕から抜け出した佐和は、揉みあう二人を見て思い切りため息をついた。
これがこの世界の救世主になる王様とその導き手……?
言い合う二人が手を取り合って世界を救うところは、どう考えても想像がつかない。どうやら道のりは思っていたよりも遠いらしい。
海音、ごめん。
どうやら、海音を助けるにはまだまだ時間がかかりそうだよ……。
佐和は気を取り直すと、なぜかこみ上げてきた笑いをかみ殺しながら、二人の間に向かって走って行った。
第二章完結です。