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「……ワ?サワ?」
「ん……」
ぼやけた視界がだんだんとはっきりしてくる。自分を覗き込んでいる顔に佐和はぼんやりと目を開けた。
「……マーリン?」
「ああ。良かった。目が覚めた」
「あれ……私……」
部屋の中は明るい。横にある大きな窓からはさんさんと日差しが差し込んできていた。
泊まっていた宿屋ではない。佐和が寝ているベッドには天蓋が付けられ、布団も宿のベッドとは比べられないくらいふわふわしている。
「気絶したんだ」
「あれ!?どうなったの!?他の人は!?火は!?」
勢いよく飛び起きた拍子に佐和の身体がぐらりと傾いた。
貧血の時みたいに頭がぐらぐらする。
「大丈夫。全員助かった」
「……そっか……良かった……」
佐和を支えたマーリンは佐和をもう一度横に寝かしつけた。
されるがままに寝転んだ佐和がマーリンの顔を見上げると、マーリンが苦しそうに佐和を見つめていた。
「マーリン?」
「……ごめん」
なんで謝られるのかわからず、きょとんとしていた佐和にマーリンは謝罪を重ねた。
「俺が……間違ってた。頭に……血が上ったんだ。俺はあいつとは違う……俺は相手が誰でも……生まれだけで人を差別しない」
「マーリン……」
わかってくれたことが嬉しくて佐和も言葉を失った。
心から反省しているのだろう。マーリンの表情は暗い。
「サワに……嫌われても当然だ」
「え?なんでそんな話になるの?」
突拍子もない結論に佐和は目を白黒させた。
どうして一度間違っただけでマーリンを嫌わなきゃならないのか。
「私がマーリンのこと嫌いになるわけないじゃん。どっちかっていうとケイの方がむかつくな!あいつ、最低!!」
ブスなのも貧乳なのも自覚あるけど、直接言われた恨みは深い。
「サワ……」
佐和の怒りにマーリンも安心したのかふっと微笑んだ。それを見た佐和も安心して笑う。
ようやく長い夜が終わったのだと思うとひと心地つける気がした。
「それにしても……ここどこ?」
「俺の家だよー」
軽い声に佐和は入口に目を向けた。相変わらずへらへらと緊張感のない笑顔のカイが部屋に入ってくるのを見て起き上がる。
「カイ……さんの?」
「呼び捨てで良いってー。そ。正確に言うとエクター家がウーサー王から賜った王都にある別荘。サワちゃん気絶しちゃったし、色々話したかったしね。ご招待させていただいたー」
マーリンとは反対側のベッドの横に椅子を引きずってきたカイは座るといきなり頭を下げた。突然のことに面食らっている佐和たちにカイは真剣な声で謝罪した。
「まずは―――弟を助けてくれてありがとう。あいつらは魔法でアジトを隠していた。サワちゃん達の協力がなかったら永遠に見つけられなかっただろう。その点について感謝している。これは気持ちばかりの謝礼だ」
カイは懐から片手にぎりぎり乗るぐらいの袋を取り出すとマーリンに手渡した。受け取ったマーリンが袋を開けるのを横から覗き込むと、こぼれんばかりの金貨がぎっしり詰まっている。
「こんなに!?」
「正当報酬だよ」
佐和にこの世界のお金の相場はわからないが、相当高額なのは見ればわかる。
ちょっとひきそうになったけれど、よく考えればケイの身代金を要求されていたらこんなものでは済まなかっただろうし、正当な額というのはあながち大げさでもないのかもしれない。
「……でもこれでもイーブンじゃない」
「どういうことだ?」
「ケイから話は聞いた。サワちゃん辛い目に合わせて済まなかった」
何を言っているのかすぐにわかった。
あの魔術師を殺した場面に居合わせさせたことに関してだろう。思い出しただけで身体が震えそうだった。
「だから、お詫びをさせてほしい」
「お詫び……?」
カイの言い分に佐和とマーリンは顔を見合わせた。
「そう。君たちこれでお金は手に入ったけど、正直それじゃ足りないんじゃない?」
マーリンの顔を見ると困ったように頷いた。
謁見が再開されない今、宿で暮らし続けるには足りない額らしい。
「そこでさ、どうかな?働き口を紹介しようかと思ったんだけど」
「働き口?」
「そう。俺の知り合いの貴族で侍従が二人辞めちゃって。今、代わりを探してるんだ。どう?そこに君たちを紹介しようかと思って」
「……信用しろと?」
マーリンの疑いは最もだ。カイの話でこんな痛い目にあったのに、どうしてまたおいしい話に無条件で飛びつくと思っているんだろう。
「……そこの貴族に仕えれば城に入れるって聞いても?」
カイの言葉に佐和もマーリンも驚いた。カイはいたずらな目を光らせて、佐和たちに笑いかけている。
「実は、君たちが謁見の申し込みをするところから尾行させてもらってたんだ。どうやら、どうしても陛下にお会いしたいらしいし、城で働けるのは君たちにとっては願ってもないチャンスだと思うけど?」
カイの話が本当ならマーリンと佐和にとっては願ってもない提案だ。
カイひいてはケイを助けることで、アーサーに近づけるかもしれない。その佐和の考えと期待が着実に背中を押してくれている。
だけど、決めるのはマーリンだ。アーサー王を導くのは佐和ではない。
困っている様子のマーリンを見つめて佐和は頷いた。
私はマーリンの判断に従うよ。そんな気持ちをこめて。
「……わかった。頼む」
「オッケー!じゃ、話つけてくるわ!今日はゆっくり休んで。明日会うことになると思う」
「待て」
立ち上がって部屋から出て行こうとするカイをマーリンが引き止めた。
「もし、俺たちが敵だったらとは考えないのか?その貴族に害をなさないと、どうして考えられる?会ったばかりの人間を推薦するなんて、何か裏があるんじゃないのか?」
扉に手をかけたカイはわざとらしくうーんと考え込む素振りを見せた。それからぱっと花が咲いたように明るく笑うと、大げさに自分を抱きしめた。
「酷いなー!マーリンは!こんな善良な俺を疑うなんて……!心の底からお詫びがしたいだけなのにー!」
「疑わしいこと極まりない」
「酷い!!傷ついちゃう!!」
くねくねと変な動きをしていたカイだが、にこっと佐和に笑いかけると手を振って出て行った。
「俺が君たちを気に入っただけだよ」
その言葉は本心だったのか、佐和にもマーリンにもわからなかった。