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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二章 騎士と魔法使い
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page.52

残酷描写があります。ご注意ください。

      ***



「……どういうことだ?」


 出口に向かっていたはずの佐和たちが出たのは砦の屋上だった。来た時と変わらず満月に照らされた屋外も月明かりで明るい。

 いぶかしげなマーリンの言葉にケイが不服だといわんばかりに声を荒げた。


「そんなはずはない!あの造りで屋上に出るわけがない!第一、俺たちは階段を上がってないんだぞ!」


 確かに地下牢から地上の扉のあった階までは登って来たけれど、そこからは曲がり角を曲がっただけで、階段には行ってない。

 それなのにどう見ても今いる場所は屋上で、ビルの10階ぶんぐらいの高さがある。

 もしかして、これも魔法?

 佐和の目配せにマーリンが頷いた。

 建物全体に魔法をかけることは難しくても、出口に壁の魔法。出口に続く道に目くらましの魔法なら同時にかけられないことはない。それぞれ別の共感魔術を使えばいい話だからだ。

 それでも同時に別の種類の魔法を操るなんて芸当、アンノンクラスにできる魔術師はいなかった。敵は相当腕の立つ魔術師のようだ。


「驚いたな。商品が逃げ出しているぞ」


 背後からの声にケイが剣を構えなおした。佐和を庇うようにマーリンも立ちはだかる。


「お前がボス猿か」

「ふん、舐めた口を聞くな。これだからエクター家は」


 ケイの挑発をいなした男は奴隷商人とは思えない身なりだった。高そうなローブを羽織った男だ。どちらかといえば奴隷のランクづけをしていた男と近い雰囲気をしていて、なにもかもが気に食わないように眉をぴくぴく動かしている。

 その横に立っているのは不気味なぼろぼろのローブを身にまとった初老の男だ。フードを目深にかぶっているせいで顔はよくわからないが、すこし覗いた皺だらけの顔がこちらを向いた気がした。


「俺がエクター家の人間だと知っていての狼藉か?」

「ケイと街で呼ばれていたのを見てな。夜遊びをするような貴族の子息とわかればエクター家の権威も失墜する」

「そうなの?」

「まあ、夜遊びしていたことは否定しないな。酔っていなきゃ、あんな奴らに捕まるものか」


 どうやらへべれけになった所を攫われてしまったらしい。

 道理でこんなに強いのに捕まってしまったわけだ。というか、それはそれで情けないような。


「貴様、城へも上がれない成り上がり貴族だな。エクター家の尻を引っ張って、ついでに金儲けも狙ったというところか」

「無礼な。私の名はスコット領領主カラドス。私こそ真に王にお仕えする者だ」

「民を犠牲にして金と地位を得ようとする害虫のような貴様を、ウーサー王が求めるとは思えないがな」


 嘲笑ったケイは剣を構えなおすとカラドスを鋭い眼光で射抜いた。


「貴様が欲しいのは王に仕える名誉ではない。単なる私服を肥やす事しか能のないドブネズミめ」

「青二才が。お前は商売というものを理解していないだけだ。利益のために仕入れ値を安く済ませるのは当然の施策だろう?」

「屑が」


 吐き捨てたケイの言葉など歯牙にもかけていない。カラドスは自分の剣を抜くと側にいた男を手で制した。


「手出しをするな。エクター家のぼんくらは私が始末する」

「は。やってみろ」


 カラドスの傍に控えていた男が命令通り下がり、大人しく事の成り行きを見守り始めた。


「お前らも手を出すなよ」


 ケイが前に出ながら佐和たちのことも牽制する。

 言われなくても佐和にはどうしようもないし、マーリンも魔法が使えないから手伝えない。ケイに勝ってもらうしかこの場をきりぬける方法はない。

 円を描くようにお互いの距離を保ったままケイとカラドスが横に移動し、神経を張りつめて相手の出方を伺っている。カラドスは狂気でぎらぎらと燃える目つきで。一方のケイは見せたことのない冷たい顔で。

 しかし、静寂はすぐに破られた。先に仕掛けたのはカラドスだ。


「はあ!!」


 力強く振り下ろされた剣をケイは自分の剣で受け流した。


「はは!!まあまあじゃないか!!」


 息つく間もなくカラドスは斬撃を次々とケイに浴びせる。金属が激しく打ち合う音が夜空に響きわたった。


「おら!ほら!どうした!?反撃しないのか!?できないだろうがな!!」


 見ていてもわかる。戦いの素人でもカラドスの攻撃は激しくて、とても反撃できるような隙間がない。防戦一方のケイはただカラドスの剣を受けるだけだ。


「跪かせて泣かせてやる!おらあ!!」

「どうしよう!?マーリン!ケイが負けちゃう!」

「……」

「マーリン?」


 マーリンは佐和の呼び声も気にせず、ただ静かにケイとカラドスの戦いを見ていた。その目に焦りや恐れはない。


「ほらほら!!どうした!名門も名ばかりだな!!」


 聞くに堪えない罵詈雑言でケイを罵りながら斬撃を次々と繰り出すカラドスの様子に佐和も途中から気が付いた。

 息が上がり出鱈目な剣の振り方になってきているカラドスと比べて、劣勢で防いでいるように見えたケイは戦いが始まった時と全く変わらない涼しい顔でただ淡々と相手の剣をはじいている。


「くそ!なんだ!!なんでだ!」

「理由は単純明快だ」


 カラドスの乱雑な振り下ろしを弾き飛ばしたケイは一気に距離を詰めると、剣ではなく空いていた左腕でカラドスの顔に裏拳を食らわした。


「貴様は俺より弱い。それだけだ」


 倒れ込んだカラドスの喉元にケイの切っ先が向けられる。勝負がついたことは誰の目にも明白だった。


「……すごい!」


 感動した佐和の歓声が癇に障ったのか、切っ先を向けられたカラドスが喚いた。


「おい!!俺を助けろ!!」

「かしこまりました」


 後ろに控えていた男が返事をしたと思った次の瞬間にはケイとカラドスの間に現れ、短剣をケイに向かって突き出した。


「な!!」

「ケイ!」


 一拍遅れて反応したケイが後ろに飛びずさるものの、左腕から血が飛び散る。

 人間の動きじゃない。カラドスと男の間にはかなりの距離があった。この距離を一瞬で詰められるなんて、もしかして。


「貴様、何者だ……?」


 剣を構えなおしたケイの前に立った男は目深にかぶっていたフードを取ると恭しくお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。ですが、名乗るのはご遠慮させていただきたい。何分世を忍ぶ身でして」


 フードの下から現れた豊かな髭に佐和は違和感を覚えた。

 私はこの人をどこかで……?


「……サワ、あいつSクラスのやつだ」


 ケイに聞こえないように声を潜めたマーリンの声が震えている。

 そうだ。マーリンの言う通り、初めてマーリンもとい本当のミルディンに会った時にいたSクラスの魔術師だ。

 向こうは佐和たちには気付いていないようで、髭を撫でながらケイを見据えている。


「どういうこと?」


 洗脳は解けたはずだ。そうなればコンスタンスの命令であくどいことをさせられていたのもなくなったはずなのに。

 今、彼はここで奴隷商の元締めである貴族に手を貸している。


「わからない。けど、……まずいかもしれない」


 ケイがいくら強いと言っても剣と魔法では結果は目に見えている。

 助けようにもケイに魔術師だとばれるわけにはいかない。一気に劣勢になったことにマーリンの顔つきが険しくなる。


「あなたに恨みはありませんが、雇い主の命でして、お命頂戴いたします」


 魔術師はローブから杖を取り出すと、それをかざした。杖の先端から人よりも大きい炎が噴き出し、ケイ目掛けて放たれる。初撃をケイは鮮やかに躱したが、炎はまるで生きている蛇のように地を這い、ケイを追撃してくる。


「何だ!?」

「ピュール・サーペント」


 魔術師の杖の動きに合わせて、地を這っていた炎の蛇が大きく口を開き、ケイを飲み込もうと動き出す。その様子を見ていたマーリンが懐から杖を取り出そうとした。


「マーリン!もし、ケイに見られたら!」

「今なら、炎の影であいつからは見えない。ドリヒレオグ!」


 マーリンが放った火球は魔術師目掛けてすさまじいスピードで迫る。それに気付いた魔術師が火球を避けるために杖を振った。

 ケイに襲い掛かっていた炎の蛇はコントロールを失い、砦の反対側へと向かって行く。そのまま勢いを殺す事が出来ず壁にぶつかると、すさまじい爆発音と豪炎が建物から燃え上がった。一気に燃え広がった炎で周囲が真っ赤に染まる。


「おぬしは確か……」


 魔術師がマーリンの姿を見たその一瞬の隙をケイは逃さなかった。一気に魔術師との距離を詰め、相手の杖を弾き飛ばす。


「く!」

「貴様……魔術師か?」


 魔術師の喉元に剣を突きつけたケイの横顔を建物に燃え移った炎が照らす。その表情に佐和の背筋がぞっとした。

 牢で見せた高慢な態度でも、マーリンに見せた怒りっぽい表情でもない。

 感情が溢れるあまり無表情になった能面のような恐ろしい顔だった。


「……だったら何だと言うのです?」

「魔術師は……万死に値する」

「またそれですか……!死ぬわけにはいきませんね!!私は生きる!例えどのような手を使ってでも!」


 魔術師が力を込めてケイの剣を睨みつけると、ケイの手から剣が弾き飛ばされた。意志魔術だけでケイの武器を無くした魔術師は佐和たちの方へ駆け寄って来る。

 ケイにばれないように既に杖を懐に仕舞っていたマーリンを魔術師は睨みつけた。


「どけええ!!」


 その強い意志魔術にマーリンの体が横にふっとぶ。


「マーリン!!」

「う!!」


 とっさのことに反応できなかったマーリンは屋上の壁まで吹き飛ばされ、背中を思い切り打ちつけてその場に倒れ込んだ。


「……サ、サワ!」


 倒れ込んだマーリンの声でようやく佐和はすぐ目の前まで魔術師が迫っているのに気が付いた。その手が佐和に向かって伸ばされる。


「お前は人質だ!!」


 佐和の両肩を魔術師が乱暴に掴む。恐怖のあまり声も出なくなった佐和の目の前で狂気に満ちた魔術師の顔がその表情のまま凍りついた。


「―――っ!?」


 スローモーションのように魔術師の凍りついた顔がそのまま佐和に迫る。魔術師の顔の向こう側に剣を振り切ったケイの冷たい顔が見える。そして一瞬の間の後、佐和は自分の胸元に剣先が突きつけられているのを見た。ケイの剣が男の身体を貫き、佐和のすぐ目の前で止まっている。

 ぐらりと佐和の両肩から男の手が滑り落ち、体がどうっと倒れた。その体から大量の血だまりが広まっていくのをただ佐和は見た。


「サワ!!」


 駆け寄って来たはずなのにマーリンの声が遠くに聞こえる。

 不快な感触を感じて頬を拭うと、手に血が付いた。

 いきなり気が遠くなりそうになり、体から力が抜け落ちる。

 倒れるかと思った体は側に駆け寄ってくれたマーリンの腕の中に収まった。

 その時になって、ようやく目の前で人が切られたのだと理解した。


「―――うっ!!」

「サワ!!」


 座り込んだ佐和は苦い胃液を口から吐き出した。

 吐いても、吐いても楽にならない。

 身体が震える。あの魔術師の顔が目に焼き付いて離れない。


「サワ……」


 自分を抱きかかえてくれるマーリンは佐和の背中をひたすらさすってくれるが、身体の震えは一向に収まらなかった。


「大丈夫か?」


 剣についた血を薙ぎ払ったケイがなんてことはない表情で佐和とマーリンを見下ろした。佐和を抱きしめるマーリンの腕に力がこもる。


「お前……サワに何をしてくれたんだ!!」

「助けてやっただろう」


 確かにケイは佐和を助けた。でもこんな。こんなこと。

 視界がゆがんだ。今さら恐怖が這いつくばってきて、声を出すこともできず、次々と涙があふれてこぼれていく。


「だけって!!」

「魔術師は殺さなければ新たな被害者を生み出す。それだけだ。奴らは生きているだけで、負の連鎖を生み出す」

「……なんだって……?」

「何度でも言ってやる。魔術師は殺すべきだ。一人残らず。お前だってこの国の人間ならわかってるはずだ」

「なんだと……!!」

「マーリン……」


 マーリンのシャツを掴んだ佐和は懸命に首を振った。

 今ここで魔術師を擁護すればケイはマーリンを怪しむ。この様子だと、もし、マーリンが魔術師だとばれたらさっきの男のように切り捨てられるかもしれない。それだけは避けたかった。

 そのきっかけが自分だなんて耐えられない。


「けど、サワ!」

「大丈夫。私は……大丈夫だから」


 とても大丈夫な状態とは言えないけれど、そう言うしかない。頭はくらくらするし、身体の震えも涙もまだ止まらない。

 それでも佐和の言いたいことは伝わったのだろう。マーリンはぐっとこらえると佐和の肩をきつく抱きしめた。


「……ありがと」

「ひいい!!」

「おい!どこに行く!?」


 それまで腰を抜かしていたカラドスが這いつくばって逃げ出したのを見つけたケイが追いかけようとした時、馬のいななき声が響き渡った。


「なんだ?」


 マーリンに抱きかかえられて屋上から見下ろすと、馬に乗った兵士が何十人も下に待機している。

 その傍にはごろつきが何人か捕えられているようだった。兵士の内の1人がこちらに気付いて手を振っている。この場にはあまりにも似使わない気の抜けた様子の男だ。


「おーい!無事かー!?」


 カイの声にケイが駆け寄って屋上から乗り出すとカイに向かって怒鳴りちらした。


「遅い!!何やってたんだ!!」

「いやー、場所見つけるのに手間取っちゃってー!!許せ―」

「もういい!!親玉が逃げた!!お前が追え!!ローブを着た貴族の男だ!」

「了解―!」


 ケイの怒声を対して気にした様子もなく、カイは馬に飛び乗ると林の中へと入って行った。

 カラドスを追うのだろう。他の兵士はごろつきを取り押さえたりしている。


「……あれ?マーリン。他に捕まってた人たちがいない?」


 ようやく一人で立てるようになった佐和は眼下の様子に違和感を覚えた。

 これだけ兵士がいるならさっきの捕まっていた人達をとっくに保護していてもおかしくないのに、ここから見える範囲内に逃げた人達は一人もいない。


「さっき魔術が切れたばかりだから、これから出てくるのかも」


 城を覆っていた結界はたぶんさっきの魔術師の仕業だ。

 術を打ち破るのに一番簡単な方法は術者を倒すこと。そこまで考えた佐和の脳裏に魔術師の最期が蘇り、また吐き気がこみ上げる。


「……悪い。思い出させた」

「……大丈夫。ありがと」


 またふらふらとし出した佐和を支えながら歩き出したマーリンについて行く。

 ふと砦の反対側で燃え盛る炎をぼんやりと見つめた。ここまで熱気が伝わってくるぐらい火は勢いよく燃え上がっている。


「こっちに火が移ってくる前に降りるぞ」


 ケイの指示に従って元来た道を引き返そうとしたその時、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「何だ!?どこからだ!?」

「あそこだ」


 辺りを見回したケイより早くマーリンが声の主を見つけた。

 反対側で燃え盛る炎の砦の屋上に、捕まっていた人達が取り残されている。

 どうやら屋上に続く階段からも炎があがり、逃げ場がなくなってしまって立ち尽くしているようだった。


「あいつら……!何であんな所に!」


 ケイが憤るがどうしようもない。

 道には目くらましの呪文がかけられていた。きっと彼女たちも同じように迷子になってしまったに違いない。


「どうしよう……!」

「おい!手の空いている人間は水を汲んで来い!!砦の反対側の火を鎮火しろ!!」


 砦の下に待機していた兵士にケイが屋上から手早く指示を飛ばした。

 兵士たちの動きは早いが、手に持ってきたのは普通のバケツだ。それでどうにかできるレベルの火事ではない。


「くそ……!!」

「ちょっと!!ケイ!!」


 ケイにも無駄とわかったのか短く舌打ちをして屋上を駆け出した。

 反対の屋上とこっちの屋上の間は何十メートルもある。空でも飛べない限り向こうへは行けない。


「ケイ!!」

「こんの!!」


 しかし、ケイは迷わなかった。屋上に隣接した塔の屋根に向かって勢いよく踏みこみ、飛んだ。

 落ちると思った佐和たちの前でなんとか屋根の端に手をかけると、屋根によじ登り、反対側の砦の屋上へ飛び移っていく。


「落ち着け!俺が助けてやる!!」


 口ぐちに救いを求め泣き叫ぶ人たちを力強くなだめているものの、炎はどんどん勢いを増している。

 ケイは何かを探すようにあちこちを見て回ると、屋上の端にあった小屋の中へ入って行った。

 人々が見守る中、すぐに小屋からでてきたケイの手には長いロープが握られている。それをケイは腰に挿していた剣に結ぶと勢いよくさっき飛び移るのに使った隣の塔に向かって投げた。


「このロープを使ってまず隣の塔へ移れ!!」


 剣はうまい具合に屋根のかわらにひっかかっている。もう片方をケイが引きロープを張ると皆、我先にと駆け寄っていく。


「まずは女、子どもからだ!ゆっくりだ!落ち着け!」

「はい!」


 一番最初に前に出たのは佐和の前の牢にいた女性だ。女性が意を決してロープを掴んだ瞬間、塔の屋根にあった窓からも火があがった。


「な!!」

「きゃあ!!」


 女性が掴んだロープに炎が直撃し、ロープが焼き切れてしまう。その反動でケイも尻餅をついた。


「くそ!!」

「マーリン!助けなきゃ!!」

「……」


 マーリンは黙ったまま動かない。ただ炎に飲まれる反対側を虚ろな目で見つめている。


「マーリン!!」

「でも……」


 何を悩んでいるのかサワにはすぐにわかった。

 さっきの魔術師を遠慮なく切ったケイ。その整理がまだ、マーリンの中ではついてはいないのだ。


「……もし、ここでマーリンがあの人たちを見捨てるなら……私はマーリンを軽蔑する」


 佐和の力のこもった声にマーリンがうろたえた。


「でも……」

「魔術師じゃないなら殺していいの?」


 その言葉にマーリンは殴られたように顔を真っ青にした。


「魔術師じゃないなら死んでもいいの?」


 それはマーリンが望んだ世界じゃないはずだ。


「そう思うなら、それは今まで魔術師を迫害してきた人間側と何も変わらないじゃん!やられたらやり返すの!?そんなの切りがないだけだよ!思い出してよ!」


 マーリンが杖を取った時、正直感動した。

 だって、マーリンが望んだのは『魔術師も人間も生まれに関係なく幸せになれる世界』だったから。

 例え、どんな人間がマーリンで、どんな世界を導いたとしても、海音を生き返らせる目的のために佐和は文句を言ったりしない。

 でも、マーリンは違う。

 心からこの人がマーリンで良かったと、そう、思える人だと信じたかった。


「………………サワ、ここで待っててくれ」

「マーリン?」


 走り出したマーリンは反対の砦からは見えない塔の影に隠れると、杖を取り出し、長い呪文を唱え始めた。どこからともなく生ぬるい風が吹き始める。

 杖を掲げ、まるで空を混ぜるように杖を振り出すと、本当に混ぜられたように夜空が歪み、雲一つなかった月に厚い雲がかかっていく。

 辺りが雲に覆われ暗くなると、今度は雲を突き上げるように杖を振りかざす。上空から雷鳴が轟き、ぽつりと佐和の頬に冷たい滴が当たった。


「マーリン……!」

「グロウ・ヒューエトス……」


 マーリンの詠唱に呼応するように雨が強く降り注ぐ。反対の砦にいた人々から歓喜の歓声が沸きあがった。


「奇跡だ!」

「助かった!!」


 喜ぶ人々の中でケイだけが複雑な表情で空を仰いでいた。


 ああ、良かった。

 本当に良かった……。

 静まりゆく炎を見た途端、安心してしまった佐和は意識をゆっくりと手放した。




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