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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二章 足がかりの騎士
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page.50

      ***



 そこから黙ってしまった男は佐和の呼びかけには答えてくれず、そっぽをむいてシカトを決め込むことにしたらしい。佐和も諦めて、辺りを改めて見まわした。

 牢の造りは頑丈で、とても壊せそうにない。

 牢屋の数は20ぐらい。そのほとんどが埋まっている。ということはこの中にケイはいるはずだ。



「すみません…あの……」

 佐和は自分の前の牢に捕えられている女性に声をかけた。ウエーブのかかった赤毛で綺麗なドレスを着ている。御多分にもれず佐和の呼び声にあげた顔は綺麗だった。


「……はい」

「ここに囚われた人を探してるんです。ケイという男性なんですけど、ご存知ありませんか?」

「いえ……すみません。私は昨日ここへ入れられたばかりで……」

「そうですか……」


 同じように声の届く範囲の人に聞いて回るが、皆返事は芳しくない。

 これ以上大声を出すと見張りに気付かれるかもしれないという所で佐和は聞き込みをやめた。

 ということは近くの牢じゃないんだ。それじゃ入口付近?でも入ってきたとき該当しそうな男の人っていたっけ?


「おい」


 いつの間にか寝ていたはずの隣牢の男が起き上がって佐和を見つめていた。その目が最初にあった時と同じように佐和を値踏みするように見まわしている。


「なんですか?」

「お前、単に売られただけじゃないな?」

「まあ……」


 そりゃ、こんな場所で人を探しているなんて知られれば、ばれるに決まっていることなので普通に頷いておく。男は佐和の肯定に不機嫌になった。


「ケイ・エクターとどういう関わりだ?」

「知ってるの!?」


 佐和は男との境界の鉄格子に飛びついた。その勢いに気圧されたのか男は一瞬慄いたが、すぐに厳しい顔つきに戻した。


「……お前が答えるのが先だ」

「ケイさんのお兄さんのカイって人に頼まれたの。ここにいるケイを助ける手伝いをしてほしいって」


 悩んだが、もしこの男がケイを知っているなら佐和の正体を明かさないと信頼してもらえないだろう。そう思った佐和は素直に男に話すことにした。


「……なるほど、報奨目当てか。それとも名誉か?」

「へ?違うよ」


 確かにおまけの報酬は魅力的だが、佐和にとって大事なのはマーリンとケイを、ひいてはマーリンとアーサーを結びつけることだ。


「違うだと……そんなわけないだろ」

「いや、単純に会いたいだけ」


 正確に言えば会わせたいだけだ。


「なら、殺すのが目的か?そうだろ?」

「なんでそんなことしなくちゃいけないの……?っていうか私に人殺しとかできると思うわけ?」


 男の突拍子もない推理に佐和は呆れ返った。

 どれだけ疑い深いのか見当もつかない。


「ならなんだ……貴族のあいつを助けるメリットなんてそれぐらいだろ」

「別に貴族とかは関係ないんだってば」


 会話しながら佐和の中で確信が芽生え始めた。

 この男はケイを知っている。いかにも親しげに「あいつ」と呼んだのがその証拠だ。


「お願い、ケイの居場所を知ってるなら教えて……どうしても助けたいの」


 佐和の懇願に男は鉄格子に近寄ると佐和に顔を近づけた。


「な……なに?」

「そのためなら何でもするか?」

「え?」

「何でも俺の言うことを聞くか?」

「それは……」


 男の質問に答えようと悩んだ時、突然地下牢が揺れた。


「なんだ?」

「地震!?」


 他の捕えられた人たちも騒ぎ出す。ここは地下だ。もし崩れるようなことがあれば埋まってしまう。


「おい!!騒ぐな奴隷ど……が!!」


 入口から突然なにか鈍い音が響いてきたかと思うと続々と足音が響いてきた。


「おい!どうした!!なんだおま!ぐは!!」

「おい!!この―――ぐ!!」


 誰かが乱闘している。どたばたとしばらく揉みあうような音がやむと足跡が駆け寄ってきた。


「サワ!!」

「マーリン!?」


 佐和の牢に手をかけたマーリンは佐和の顔を見た途端、安堵のため息を漏らした。

 女装の恰好のまま駆け付けてくれたことがどれだけ急いで来たかを物語っている。


「待ってろ!今出す」


 マーリンの手には鍵束が握られていた。それで佐和の牢の扉を開けたマーリンが駆け寄ってくる。


「良かった……マーリン。よくここが」


 わかったね。と続けようとした佐和の言葉はマーリンにきつく抱きしめられたことで続けられなかった。


「マ……マーリン……?」

「良かった。サワ……無事で」

「ちょ……マーリン苦しい……」


 ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられて息苦しくなった佐和の抗議に、ようやく我に返ったマーリンはばっと佐和の両肩を掴んで自分から引きはがした。


「……悪い」

「ううん……心配してくれたんだよね?ありがと」


 安心し、微笑んだマーリンの笑顔に佐和の心臓が一気に跳ね上がった。

 いまさら抱きしめられたことに心臓が高鳴る。

 いや、あれは単に心配からっていうか。マーリン私に保護責任感じてるみたいだし。深い意味はないし。うん。気にすることはないよね!

 心なしかマーリンの顔が赤い気がするのも私の目の錯覚だよね!


「ていうか!マーリンこそ大丈夫だった!?貞操は無事!?」

「恐ろしいことを言うな!!」


 青ざめたマーリンの元気な怒鳴り声に佐和はむしろほっとした。


「あんなやつすぐに気絶させた。探すのに手間取っただけだ」

「おい。鍵があるならこっちも開けろ」


 隣の男が、弁解しているマーリンに向かって苛立ちを隠さず命令した。男の態度にマーリンの眉間に皺が寄る。


「何だ、お前?」

「は?見ればわかるだろ?お前馬鹿なのか?」

「何だと……!」

「ちょ、マーリン!この人の牢も開けてあげて」


 相変わらずマーリンに対しても偉そうな男をたしなめるつもりで佐和は男を睨んだ。

 大人しくしろという佐和の意思が通じたのか男は面白くなさそうに腕を組み直している。


「この人ケイのこと知ってるの!だから」


 佐和の言葉にマーリンはしぶしぶ佐和の牢から出ると男の牢を開けた。

 佐和もマーリンの後を追って男の牢に入る。コートの懐に入れていた海音の短剣を取り出して男の手のロープを切ってやった。


「くー!久々に動かせる!」

「お願い、教えて!ケイはどこ?」


 腕の自由を味わって肩を回していた男は佐和に歩み寄ると人の悪い笑みを浮かべた。


「さっきの返事」

「はい?」

「さっきの返事を聞いてからだ。ケイのことを教える代わりに俺の言うことを聞くか?」

「なんだそれ!」


 男の挑発にマーリンが憤ると今にも男に掴みかかりそうになった。


「当然だろ?ギブアンドテイクだ」

「今、助けてやっただろうが」

「その分さっき俺はこいつを助けた。良かったんだぜ?あのままあいつらにお前が襲われたところで俺には何の害もなかったんだからな」

「な……!!」


 男の発言にマーリンの睨む目が佐和に移った。

 思わず逃げ出しそうになる佐和を追い詰めるようにマーリンのオーラが異常に放たれる。


「今のどういう……!?」

「ちょ……マーリン!?怖いよ!!大丈夫だって!この人が助けてくれたし!」

「そうだ。俺がこいつを助けた。だから、お前らが俺を助けるのは当たり前だ。で、ケイに関して追加徴収するのは道理だろう?」


 男の主張にマーリンが何かを飲み込むような表情になる。悔やむように、悔しがっているように歯を食いしばっていた。


「……わかった。ただし、言うこと聞くのは一個だけだからね」

「サワ!!」


 マーリンが抗議してくるがこれしか今の所方法はない。

 もたもたしていると上から増援が来るかもしれない。なりふり構っている暇はなかった。


「よし。じゃあ――――俺にキスしろ」

「わかった。キスね…………って、はああ!!??いや!何勝ち誇ったような顔してんのあんた!」


 なぜかドヤ顔で立っている男を佐和は指を指して非難した。


「ふざけないでよ!」

「ふざけていない。お前が俺にキスしたらケイがどこにいるか教えてやる」

「ちょ……!!はあ!?」


 突然の男の突拍子もない要求に呆然自失としていたマーリンも、佐和のぎゃあぎゃあと喚く声に我に返ったのか慌てて佐和と男の間に立ちはだかった。


「ふざけるな」

「ふざけてなどいない。本気だとも」

「なんでサワなんだ」

「お前らが見ていてイラつくからだ。お前の前で俺にキスするなんて最高だろう?」

「この外道!!」


 佐和の罵りにも男は涼しい顔のままだ。むしろ喜んでいるようにさえ見える。


「いいんだぞ?ケイについてわからないままこの砦を探し回っても」

「う……!!」

「……俺を不愉快にさせるつもりでこんな要求をしてるのか?」

「そうだ」


 鼻で笑った男にマーリンは詰め寄ると大真面目な顔で男の腕を掴んだ。


「なら……………………俺がしてやる」

「ふざけるな!!貴様!男だろうが!!」


 あまりにも衝撃的な佐和への要求に訳が分からなくなったマーリンの暴挙を食い止めようと男は必死にマーリンと押し合いへし合いして格闘しだした。


「おい!!正気か貴様!?ふざけるな!!」

「俺を不愉快にできるなら良いんだろ?」

「それじゃ、俺も不愉快だろうが!!」

「ちょ……!マーリン落ち着いて!!」


 呆気にとられて事の成り行きを見守っていた佐和はようやく正気に戻ると、男に迫るマーリンを後ろから抱きかかえて男から引きはがした。


「お前!!頭おかしいんじゃないのか!?」


 息を切らした男が怒鳴り散らすが、佐和にも否定できない。

 真面目な人ほど一度タガが外れるとやばいとよく言うが、マーリンはその手のタイプなのかもしれない。


「マーリン、私は大丈夫だから!」

「でも!」

「いいの!」


 佐和は深呼吸すると目の前の男を見据えた。


「絶対教えてよ」

「ああ、いいぜ」

「それから……追加はなし。いい?」

「もちろん」

「あと…………」

「なんだ?」


 にやけた男の顔に苛立つ余裕も正直佐和にはなかった。

 今まで好きな相手はいたことがあっても、付き合った経験はない。異性にこんなことをするのは佐和にとって初めてだ。

 耳まで熱くなっているのが自分でもよくわかる。たぶん男もマーリンもそれに気づいているだろう。


「……精一杯なんだから、文句もなし……。いい?」

「……いいぜ?」

「サワ!!」


 マーリンが制止するよりも先に佐和は男に駆け寄った。そのまま男の胸に手を置いてつま先で立ち、――――――――男の頬にキスをした。


「は?」

「え?」

「ふん!!」


 唖然とした男の顔を佐和はめいいっぱいの力で平手打ちした。


「な!!」

「追加も文句もなし。でしょ?」

「はあ!?」


 おどけて笑った佐和を男は信じられない者を見るような目で見ている。佐和の後ろにいるマーリンも佐和を止めようとしたポーズのまま固まっていた。


「だって―――どこにキスするかは指定されなかったしぃ?」


 おどけて言ったものの、頬にすること自体恥ずかしい。

 何か言いたげな様子の男は何度も何かを言おうとしては言葉を飲み込んで、少し赤い佐和の顔を見た途端、最後には笑い出した。


「はははは!!!ったく……本当に、賢しい女は嫌いだ」


 笑いすぎたのか男の目に涙が浮かんでいる。ひとしきり笑って男は満足したのか目尻の涙を佐和を見つめた。


「ケイは―――ここにいる」

「どの牢屋?」


 ここまで来てはぐらかすような男の物言いに佐和はさすがに苛立った。


「だからここだ」

「だーかーらーって……え?」

「俺が――――ケイ・エクターだ」


 佐和の中で騎士像ががらがらと音を立てて崩れていく。

 そう言えば、ケイについて書かれた文には「宮廷一のお調子者」と書かれていたのを今さら思い出した。




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