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「ただいまー」
「おかえりー!!」
佐和が靴を脱ぎながら玄関で声をかけるとすぐに明るい声が返って来た。
ぱたぱたとせわしない足音で近寄ってきた海音の着ているお気に入りの真っ赤なコートがまぶしい。
赤かー。すごいな。
姉妹であるのに妹の海音と姉である佐和の洋服の好みは真逆だ。海音ははっきりとした色の服が好きだけれど、佐和にそんなものを着る勇気はない。
かわいいとは思うんだけど、着る勇気がねー。
「どっか行くの?」
佐和と入れ替わりで玄関にやって来た海音のショートヘアの毛先が軽やかに跳ねる。本人はねこっけなことを気にしているみたいだけれど、柔らかい髪はさらさらとしていて、キレイに揺れ動く。
癖だらけでうねりっぱなしの佐和とは大違いだ。放っておくとあっちこっち好き放題されるので佐和は髪を伸ばして上半分を後ろで結んでいる。
「うん、遊び行ってくる!ごめん、夕飯いらない!」
それだけ言って履き終わった靴の踵を鳴らしながら出て行こうとした海音の背中に、急いで確認する。
「誰とー?」
「内緒ー!」
なんだ、結局夕飯作らなくて良かったんじゃん……。
佐和は手に持っていたスーパーの袋を冷蔵庫にしまいながら溜息をついた。
よくある話だ。大人しい姉と天真爛漫な妹。佐和と海音の関係はまさにそれだ。
三歳年下の妹は誰からも好かれ、クラスの人気者であり、何か企画などをしているときは海音が中心にやっていることが多い。良く笑うし、よく泣く。
人見知りの激しい佐和の交友関係は狭く深いが、海音はほぼ毎日のように色んな友人と遊び回っていた。
内緒ってことは男友達かな……。会社の事、愚痴りたかったのに……。
佐和と妹の海音が暮らすマンションは佐和の会社よりどちらかといえば海音の大学の方が近い。元々実家から通うのは大変な距離の会社に勤めることになった佐和が致し方なく一人暮らしを始めた所に海音が転がりこんできたのに、大学生の海音は佐和より自由に家を使っている。
ま、しょうがないけどね。
気の置けない妹になら今日のことも素直に愚痴れたのにそれは明日までお預けだ。
終電では帰って来るとは思うけど、そこから愚痴ったら明日朝、辛いし。
明かりをつけ、カバンを床に放り投げて、もう一つ持っていた濃紺のビニール袋は丁寧にベッドに置き、佐和は直ぐに部屋着に着替えてからベッドにダイブした。
でも、ちょうどよかったのかも、一人きりになりたい気もしてたし。
佐和はベッドに置いたビニール袋からハードカバーの小説を取り出した。帰りがけに駅のすぐそばの図書館で閉館ぎりぎりに駈け込んで借りてきた本だ。
こういう時はこれに限る。
佐和は寝転がりながら、ゆっくりとページをめくった。