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「……最悪だ」
「マーリン……」
笑っちゃだめだ。と頭では理解しているものの、マーリンの恰好に佐和は吹き出しそうになる口を懸命に塞いだ。
マーリンは麻の深緑の長いスカートに白い前掛け、上はチュニックにベストという町娘の恰好で憤然と立っている。頭には紺色の長い三つ編みのカツラをかぶっていた。
もともと顔のつくりが整っているおかげで妖艶な雰囲気漂う美人に仕上がっている。
「おおー。どっからどう見ても素敵なレディ!」
「燃やす」
魔法を使わなくても今のマーリンなら怒りの炎でカイを燃やせるにちがいない。
地響きが聞こえてきそうなほど静かに憤っているのに、かわいらしい服装というミスマッチさに佐和はこらえきれず噴き出した。
「も……ダメ……マーリン似合いすぎ……!!」
夜の路地に三人以外に人影はない。ここで笑い出したら変に目立ってしまうので我慢していたが、佐和はお腹を抱えた。
「一体どんな作戦出してくるかと思ったら……こんな……!」
「でもこれなら怪しまれずにサワちゃんの傍にいられるだろ?」
佐和をとにかく危険な目に合わせられないというマーリンの主張にカイが提案してきた作戦は『マーリンも女装して一緒に潜入する』というものだった。始めはこの作戦を思いっきりしぶったマーリンだったが、佐和の「協力するまで付きまとわれるに決まってる」という言葉と、カイの「よくわかってるー!」という会話に諦めがついたのか結局協力することになった。
「でも、人によって監禁先が違うんでしょ?私とマーリン同じところに行けるかな?」
「それは大丈夫じゃないかー。ほら?」
そう言ったカイは女装したマーリンに目配せをした。目配せを受けた本人は非常に不服そうな顔だが、確かにマーリンの美しさは異常だ。これを上物と言わずして何が上物に入るのか。
ちょっと…女としてくじけそう……。
異国の顔立ちというアドバンテージがある佐和に女装だけで同じランクに並ぶマーリン。
そこまで自分がかわいいとは思わないし、マーリンの顔の整っているレベルが尋常でないこともわかっているけれど、なんだかちょっとだけへこまざるを得ない。
「うん……大丈夫だね」
「じゃ、もう一回作戦を確認するぞー」
カイを囲むように円を組んだ佐和はマーリンとカイを見て心の中で気合を入れ直した。
「この後、俺は下っ端にお前らを商品として売り渡す。そしたらそいつらはまず元締めの前に、仕分け場に行くはずだ」
「仕分け場?」
佐和の疑問にカイは「ああ」と説明を加えてくれる。
「元締めの組織から出張してきている奴らだ。奴隷のランクをこいつらが分ける。そしたらその後監禁場所に運ばれるはずだ。俺がそれを尾行する。お前たちは捕えられた場所でケイを探してくれ。マーリンからケイを保護した合図が挙げられた時点で俺が騒ぎを起こす。そうしたら脱出だ」
「わかった」
冷静に頷いたマーリンの横で佐和の心臓は嫌な音を立てて鳴りだした。
こんな冒険、自分に本当にできるのだろうか。最悪そのまま売られてしまうことになる可能性だってゼロではない。でも。
ダメだ。やるしかないんだ。海音を生き返らせるのに半年も待っていられない。どうにかしてアーサーとマーリンを引き合わせなきゃ。
海音は自分のために命を投げ出してくれた。こんなことでビビっているわけにはいかない。
手の震えをどうにか抑えようとした佐和の手に大きな手が重なった。手の主のマーリンが真摯な瞳で見つめていることに気付いた佐和はマーリンを見返した。
「大丈夫」
そうだ。最悪マーリンが守ってくれる。
一人じゃない。そう思うと少しだけ心が楽になった。