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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二章 足がかりの騎士
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page.46

      ***



「どうする?マーリン」


 男がいなくなった後、宿に戻った佐和たちはベッドとソファに座って作戦会議をすることにした。


「……俺は反対だ」


 マーリンは優しい。

きっと佐和を危険な目に合わせたカイという男の言うことを聞く気にはなれないんだろう。


「佐和を危険な目に合わせることはできない」

「マーリン……そうだ!!マーリン、杖に聞いてみたら?」

「杖に?」


 手を合わせ勢いよく立ち上がった佐和に驚いたマーリンが真ん丸の目で佐和の言葉を繰り返し、懐から杖を取り出した。


「そう!杖に」

「……サワ、杖は話さないと思うけど」

「え……?」


 その時こんこんとドアをノックする音が聞こえてきた。


「すみません。宿の者ですが、すこし良いですか?」

「はい」


 呼びかけられたマーリンが杖をソファに置いて、扉に向かうと宿の人間が帳簿のような物を持って立っていた。


「すみませんが、ちょっとサインをいただきたいところがありまして、下に降りてきてもらってもいいですかね?」

「わかった。サワ。何かあったら呼んでくれ」

「うん。いってらっしゃい」


 佐和を部屋に一人で残していくことに後ろ髪をひかれているのか気遣わしげな視線をこちらに寄越しながら、マーリンは不安げに扉を閉じる。

 マーリンを不安にさせないように佐和は笑顔で見送った。

 あのカイという男。おそらく嘘は言ってないような気がした。とすると、真昼間から佐和を誘拐しにくる可能性は低い気がする。

 ちょっとマーリンって過保護だよなー。

 いや、でも私この世界のこと右も左もわかんないし、過保護くらいの方が安心するけど……。

 それにしても。

 佐和はマーリンが置いていったソファに置かれた杖に近寄りそれを持ち上げて睨みつけた。


「マーリンには話しかけないの?」

「不必要な介入はすべきではない」


 洞窟の時と同じように淡々とした冷たい声が佐和の頭に響いた。


「貴様とこのように意思の疎通を図っていることも特例だ」

「そうなの?じゃ、特例ついでに教えてよ。アーサーと会えないのは私のせい?」


 それが佐和が一番最初に考えた可能性だ。本来なら―――海音が来ていれば謁見は中止されておらず、すんなりと会えたのかもしれない。


「そんな事は我には関係ない。帰結点への経緯に我は関与しない」


 答えになっていない。佐和は杖を握る手に力を込めた。


「じゃあ、大人しく待つしかないってこと?」

「知らぬ」

「使えないな!!」


 佐和は杖をソファに置き直すとベッドに座った。

 杖が頼れないなら自分たちでどうにかするしかない。よく考えるために腕を組み、カイの話を頭の中で反芻した。

 何かカイの話が引っかかっている。

 なんだか聞いたことのある言葉があったような気がするのだ。

 うーん。

 いくら頭を捻っても何も浮かびそうにない。

 佐和はベッド脇に置いておいた自分のカバンを膝に置いた。保護施設から逃げ出すとき、生活に必要そうな物は支給されたものの中から持ち逃げして来たのだ。

 その中から本を取り出す。こちらの世界に来るときに唯一持ってきたアーサー伝説について書かれた本。

 カイの話は置いといて、何かアーサーについてわかることはないか、気になる記事はないか始めから流し読みをしていく。

 何かしらのヒントは見つかるかもしれない。

 アーサー誕生……違う……マーリン……違う……ニムエ……違う……。

 人物紹介から始まるページを飛ばそうとした佐和は、ニムエの次のページを見た瞬間にページをめくる手を止めた。そこに紹介されているのは『ケイ』という騎士だ。


「ケ……イ……」


『ケイ……俺の弟が奴隷商人に攫われたんだ』


 もし、もしもカイの話が本当なら攫われた弟のケイはこの人物?いや、同姓同名ということもあり得る。

 佐和はそのページをしっかり開き、人物紹介の文を目で追った。


「ケイ……アーサー王に仕えた腹心の円卓の騎士。アーサーを育てたエクター卿の息子であり、宮廷一のお調子者でもあり、アーサー王の第一の騎士でもある……ってことは……!!」


 そこまで読んだ佐和は部屋を飛び出した。


「マーリン!!」

「サワ?何かあったのか?」


 階段を駆け下りるとマーリンはちょうど宿の主と話をしているところだった。なりふり構わず佐和はマーリンの腕を引っ張って二階の部屋へ連行した。


「サワ?」

「マーリン!!受けよう!カイの話!」


 誰にも聞かれないようにドアを閉めた佐和は状況についていけずぽかんとしているマーリンに詰め寄った。


「は?」

「さっきの話!協力しよう!」

「……な」


 始めは佐和の勢いに気圧されていたマーリンだが、佐和の言葉を聞いた途端、眉間にしわを寄せた。


「ダメだ」

「何で!?」

「サワを……もうあんな危険な目に合わせられない」


 マーリンの握った拳が震えている。悔しさがにじむ声に佐和も言葉が喉につまった。

 きっとマーリンは後悔してるんだ。私を危険な目に合わせたこと。だってマーリンは私のことを自分が巻き込んだと思ってるんだもんね。

 本当は違うのに。


「私なら大丈夫。それよりもマーリン。マーリンは成すべきことをして」

「……あいつに協力した所で俺の目的には関係ない。日銭を稼ぐだけなら他にも方法があるかもしれない」

「日銭を稼ぐだけならマーリンの言う通りかもしれない。でも、マーリンの目的のためにもたぶん、あのカイって人と知り合いになった方がいいと思うの」


 そうすればケイに会える。ケイがもし本当に本にあった人物ならアーサーとの繋がりができるかもしれない。

 ただそれをマーリンに言うことはできなかった。なぜそんなことを知っているか聞かれて、正直に答えていいのかわからないし、そもそも別の世界から来たなんてきっと言っても信じてもらえないだろう。


「……お願い」

「……ダメだ」

「マーリン!!」

「危険すぎる!相手は奴隷商人だ。何をされるかわかったものじゃない」

「でも……」

「はいはーい。話は聞いたよー」


 張り詰めた空気にのんびりと割り込んできた声の主に佐和もマーリンも度肝を抜かれた。


「カイ!!」

「ほーい」


 なんとカイは昨晩と同じように窓から入ってきたらしく、窓枠に腰掛けたまま手を上げて挨拶してきた。


「お前……宿に戻ったんじゃなかったのか」

「いやー気になっちゃってさー」


 呆れているのか、怒っているのか区別のつけがたい顔で睨みつけるマーリンの視線を相変わらず気にした様子もないカイはよいしょっと窓枠を越えて部屋の中に足を踏み入れた。


「どう?サワちゃんは乗り気になってくれたみたいだし、協力してくれなーい?」

「ふざけるな。サワをそんな危険な目に合わせられない」

「マーリン……大事なのは私よりマーリンのやるべきことをやることだよ。そのためにもここは協力した方がいいと思う」

「だけど……」

「じゃ、こういうのはどう?」


 そう言って人差し指を立てたカイは名案を思い付いたとばかりに楽しそうに笑った。




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