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いかにも下町の食堂という雰囲気の店に入った二人はテーブルについて一番安いプレートの料理を頼んで、一息つくことにした。
「やっぱりまだ人いっぱいいるね」
「ああ」
城下町だからというだけでなく、どう見てもごろつきの類の人が大勢食堂にも溢れている。
昨日の行商人のおじさんが言っていた戦争で雇われた人達だろう。
あちこちから豪快な笑い声が響き、食堂は喧騒に満ちている。
「それにしても、マーリンの言う通り。なんで急に謁見中止したんだろうね?」
「不可解だな。何か起きたのかもしれない」
そこまで話した時、店員がプレートを持って近寄ってくるのを目で捉えたマーリンは一度言葉を区切ると、店員が皿を置いて離れていくのを見送ってから佐和に向きなおった。
「いただきます」
「いただきまーす」
佐和もマーリンと一緒に手を合わせてごはんを見た。一番安いプレートの内容はチーズとパン。ごくごくシンプルなセットだ。
「……ごめん」
「え?」
「こんな、少なくて」
「何言ってんの!ていうか私こそ、ごめんね……お金持ってなくて……」
マーリンの持っているお金も微々たるものだ。そこで宿代を確保するためにも食事はかなり抑えたものを昨日から食べている。
「おごってもらう分際で文句なんて言わないって!」
「でも……」
佐和よりも育ちざかりのマーリンの方がよっぽどこれじゃ足りないはずなのに、昨日からマーリンはしきりに佐和にお腹いっぱい食べさせられないことを気にしていた。
「本当に気にしないで!ね、マーリン!」
そう言った佐和とマーリンのテーブルにシチューの皿が二つ乱暴に置かれた。
「あれ?あの……すみません。頼んでないんですけど」
皿を置いた店員は無愛想な顔を佐和に向けた。
「は?でもこのテーブルにって」
「俺からごちそう」
その声に佐和より先にマーリンが立ち上がった。佐和とマーリンの席に自然に座った男はにこりと笑って手を振っている。
「や。昨晩ぶり」
「はあああああああ!!!????」
「はははー。サワちゃん良い反応」
「お前……何しに来た……」
そこにいたのは昨日佐和を誘拐した男だった。あいかわらずへらへらと不敵な笑みを浮かべている。
「昨日のお詫びに。ほら、お食べ。というかまずお座り」
「どの面下げて……」
殺気を放ったマーリンは今にも男に掴みかかりそうな勢いで男を睨みつけた。
「だからお詫びに来たんだってー。な?とりあえず食ってからにしようぜ。他に食いたいのある?好きなだけ頼めー。お兄さんがおごっちゃる」
「……どういう魂胆ですか?」
店員に何か注文を付けていた男は佐和の声にうーんと唸った。
「いや、ちょっとね。君たちにお願いしたいことがあって来たんだよ。でも昨日のことがあるから話なんて聞いてくれないだろうなと思って。とりあえず詫びからね。そんな警戒しなくてもこんなに人がいるところで騒ぎは起こせないし」
それを聞いたマーリンはしぶしぶ腰を落としたが、変わらず男を警戒の目で睨んでいる。
「まま、まずはお食べって」
「食べたらなんか請求する気とかないですよね……?」
さすがに昨日、自分を誘拐しようとした男のおごりで食べるのは気持ち悪い。
佐和の懸念を理解しているのか男は身を乗り出すと初めて真剣な表情を見せた。
「しない。君たちに本当に頼みたいことがあって来た。でも今は昨日のことがあってイーブンな状態じゃない。これで話を聞いてくれっていうのは虫が良すぎるだろう?だからまずはお互い平等な立場になるためにも食べてくれよ」
男の言い分は筋は通っている。通っているが、信用できるものじゃない。
第一、ご飯奢られたくらいで攫われかけたのってイーブンになるものか?
「断ると言ったら?」
「今晩もサワちゃんに会いに行っちゃう」
語尾にハートマークがついていそうなノリで佐和に向かって笑った男の雰囲気にさっきまでの真剣さはもうどこにもなく、苦笑してしまう。
「……マーリン、食べよう。この人、たぶん話聞くまで付きまとって来そうだし」
「さすが、サワちゃん。話が早い!」
佐和は店員が新たに運んできたベーコンを手持ちのパンに乗せて頬張った。
どうせこの調子だとご飯をおごってもらって話を聞くまで男は佐和たちを放さないに決まっている。それならおごってもらって、なんで佐和を攫おうとしたのか聞いちゃったほうがすっきりする。
佐和が食べ始めたのを見たマーリンもしぶしぶ手を合わせると思い出したように男を見た。
「ん?なんだ?何でも食えー」
「……じゃ、すみません。肉とサラダとデザートと一番高いやつ二人分ください」
「お!まだ怒ってるねー」
店員にとんでもない注文をつけるマーリンの暴挙にも男は笑ったままだった。