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昨日の夜、宿に戻ってからは何も特別なことは起きなかった。
「さて、じゃ出発する?」
「ああ」
朝になり、マーリンと話し合った結果、昨日の男の件はひとまず置いておき、まずはアーサーに関して情報を集めるために城下を巡って話を聞いて回ろうということになった。
マーリンは佐和のその提案に不服そうだったが、佐和としてはそちらの方が優先順位が高い。
なんで自分を攫おうとしたのかなんて、異国の顔立ちで珍しかったからぐらいだろうし。
そうじゃなきゃ、対して美人でもない自分が狙われるわけがない。
人目のある昼間なら大丈夫だろうという結論に、マーリンもしぶしぶ頷いてくれた。
「どこから行こうか?」
「とりあえず、一度城の前の広場に出よう。サワ……離れるな」
「うん」
昨日の事件のせいでマーリンはぴりぴりしている。辺りを見る目が真剣そのものだ。
……頼もしいなー。
本当に優しい人だ。元の世界にも男友達はいるが、ここまで女性にわかるようなエスコートができる男性は少ない。
昨日と変わらず街は人で溢れかえっている。人ごみをすり抜けて広場に出ると、昨日佐和たちが謁見を申し込んだ申込所に長蛇の列ができていた。
「あれ?今日は混んでるね?」
「ああ……」
近寄ってみるとただ並んでいるだけではないようだった。興奮した様子の町の人々が兵士に詰め寄っている。
「わざわざ遠くから来たのに、謁見できないってどういうことだ!?」
「理由なぞ貴様らが知る必要はない!!」
兵士と町の人の怒声を聞いた佐和とマーリンは目を合わせると、揉めている人たちの輪へ近寄った。
「いつになったら再開されるんだ!?」
「未定だと言っているだろうが!!」
「マーリン……」
「わかってる」
佐和の言いたいことが伝わったのかマーリンは野次馬の最後尾にいたうちの1人に話しかけた。
「すみません、なんの騒ぎですか?」
振り返った男は佐和たちを怪しむ様子もなく、「ああ」と溜息をついた。
「しばらく陛下への謁見を中止するらしい」
「え!!」
「ったく迷惑な話だよなー。俺だって遠くからわざわざ来たのに」
「そ、それ!なんでですか!?」
それが本当なら佐和たちの申し込みも遠のくことになる。待ち時間が半年では済まなくなるということだ。
「いや、それが兵士が一切、口を割らないんだよ。だから理由とかも全くわかんなくてなー」
「そんな……」
「あんたたちも陛下への謁見を申し込みに来たんだろうけど、こりゃ、当分は無理だな。お互い運がなかったな……俺は仕方ないから一旦村に帰るわ……」
マーリンに話しかけられた男以外にも何人かは諦めたように群衆から離れていく。佐和とマーリンは人ごみから離れて広場の端に身を寄せた。
「どうしようか……マーリン?」
マーリンは顎に手を当てて、難しい顔で考え込んでいる。
「少し気になることがあって……」
「何?」
「……昨日は普通に受け付けていたのに、なぜ今日になって突然謁見を中止したのか」
言われてみれば、唐突すぎる。
「それに兵士の様子もおかしい」
「確かに……」
謁見の申し込みができなくなった人ならともかく、なんだか兵士の方が苛立っているように見えた。
「ちょっと、聞いて回ってみよう。何か変わったことがなかったか」
「そうだね。そうしよう」
ぐっと拳を握りしめた佐和は気合を入れ直した。
こういった活動的に行動して、見知らぬ人に話しかけて回るなんて事は本当はすごく苦手だけれど、やるしかない。
決意を改めた佐和が力強く頷いた瞬間、「ぐう」と佐和のお腹が鳴いた。
「……その前に食事にしよう」
「ちょ!マーリン、笑い堪えてるでしょ!!」
最悪!なんでこんなタイミングで鳴るの!!
佐和は笑いを堪えて震えているマーリンの背中をぐいぐい押して広場を後にした。