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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二章 足がかりの騎士
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       ***



「なんだか、まだ賑わってるね」

「戦争が終わったから」


 人混みを縫いながら、前を歩くミルディン――――改めマーリンを追いかける。

 狭い道のあちこちで人が集まり、妙な熱気をはらんで話し込んでいた。

 耳をすませば「今回の戦争は劣勢だった所で、嵐が起きたんだ!」とか「神の御業だ」など噂話が飛び交っている。


「今回のこと、奇跡扱いになってるね……」


 本当はマーリンの功労なのに。

 そんな佐和の考えを読み取ったのかマーリンはこちらに一瞬だけ目線を送ると苦笑した。


「良いんだ。それで」


 確かに魔術で戦争を終わらせたことがばれれば、マーリンは捕まり処刑されてしまうのだから誤解されていた方が良いに決まっている。

 けれど、心の中で納得がいかないのも事実だ。

 善いことをした人間の努力が報われないなんて。


「……ありがとう」

「……え?ごめん、聞こえなかった、なに?」


 マーリンが何かを言ったようだったけれど、ちょうど横に集まっていた酔っぱらっいたちが下品な笑い声で騒いだせいでよく聞こえなかった。


「……何でもない」

「何で怒ってるの?」


 どうにもマーリンの頬が少し膨れている気がする。


「……怒ってない」

「え……あの……なんか……ごめんね……」

「……もう着く」


 狭い通路が開け、石畳の広場が眼前に広がった。今までの土むき出しの市街とは明らかに雰囲気が違う。石畳のすすけた白がどれだけこの場所で年月が経ったかこの街の歴史を物語っている。広場の奥には階段が続き、その先に荘厳な城がそびえている。


「ここが……お城?」

「そうだ」


 現ウーサー王が君臨する城は広場と同じように年月が経っている石でできている。できた当初はきっとまぶしいほど白が輝いていたに違いない。

 でも、どこか重々しく、息苦しいような雰囲気だ。扉の前には衛兵が立っていて神経質に広場に目を向けている。


「なんか町の浮かれモードとは真逆だね……」

「ああ……」

「おい」


 城を見上げ話していた佐和たちは、いきなり背後からかけられた低い声に驚いて振り返った。兵士がいつの間にか後ろに立ってこちらを睨みつけている。


「な、なんですか?」


 引きつった笑顔で返すと、仏頂面の兵士は佐和とマーリンを交互に値踏みするような目つきで見た。


「お前ら、さっきからそこに立っているが、一体何の用だ?」


 怪しまれている。これは完全に怪しまれている。


「えっと……マーリン……」


 下手な事を佐和が口走るとカーマ―ゼンの村でマーリンと会った時のような騒ぎになるかもしれない。ここはマーリンに任せた方が無難だ。


「俺たちはカーマ―ゼンという村から来た。王に謁見を申し込みたいんだが」


 さりげなくマーリンが佐和を庇うように前に出てくれる。

 ほっとして、在り難くマーリンの影から兵士を観察することにした。マーリンの身元を聞いた兵士はもう一度マーリンの全身を見ると下卑た笑みを浮かべた。


「カーマ―ゼン?なるほど。田舎者か」


 何だ、こいつ。

 ああ、人を見た目で判断するタイプか。

 ふつふつと怒りが湧いてくるが突っかかる性格でもないので、せめて心の中で罵倒してやる。もちろん相手に伝わる筈もない。

 兵士は城の右脇を顎で示すと城の扉へ向かって大股で去って行った。


「何あいつ、嫌な感じだね」

「普通じゃないか?」


 こういうことに慣れているのかマーリンは対して気にした様子もなく、兵士が顎で指し示した方へ歩き出した。

 城の階段脇に木で組み立てられた簡易小屋の屋根が見えるそこに二人の兵士が机について紙に何かを書きつけていた。


「なんだ?謁見申し込みか?」

「はい」


 こちらの兵士も態度は横柄だ。というよりやる気がないのか、マーリンをちらっと見ただけでペンを持つと手元の紙に何か書きだした。


「出身と名前、簡潔な用件を」

「カーマ―ゼン村、マーリン、用件は……村での孤児院の運営に関して」


 用件の所で少し突っかかりはしたものの、兵士に怪しまれはしなかったようでそのまま書きつけられていく。

 本当の用件は言えないもんね。

 本当は用があるのは王様にではない。王子様にだ。

 戦争が終結した時、杖はマーリンに一つだけ今後のことを教えてくれた。それは『マーリンが導くのはアーサーという名前の王』だということ。

 これを聞いたマーリンが佐和に教えてくれたのは現在王位についているウーサー王の一人息子の名前がアーサーだということだった。

 佐和の世界と違って為政者は基本的に血筋で選ばれるこの世界で、王になるにはどこかの王子である必要がある。マーリンが知る限りアーサーという名の王子はウーサー王の息子だけらしい。

 そこでまずはアーサーに会うために王様に謁見を申し込むことにした。そうすれば大抵は王子も臨席しているらしい。それ以外で平民が王子と会うのは不可能だとマーリンが教えてくれた。


「カーマ―ゼン……マーリンっと、はい、じゃあ、これから審査が入って認められれば謁見だから」

「すみません」


 今までマーリンの影に隠れていたが、佐和は恐る恐る兵士に声をかけた。


「何だ?」

「審査というのはどのくらいで結果が出ますか?」

「最低3か月だな」


 そんなに!?

 目を丸くしている佐和の横で、マーリンも初耳らしい顔で驚いている。


「そ、そんなにかかるんですか?」

「当たり前だろう。陛下への謁見を望むのだからな」

「じゃ、じゃあ、三か月しないと陛下にはお会いできないってことですか?」

「何を言っているんだ?そこから順番待ちに入るのだから、お会いできるのは早くて大体8か月後だ」


 半年以上!?

 言われてみれば兵士の手元にある紙は異常に分厚い。これ全部を審査にかけてふるい落としたとしても、残った人間に会うのに相当時間がかかるだろう。


「おい、次の人間が来たからさっさとどけ」


 兵士に手で追い払われた佐和達は広場の端に避難すると互いに顔を見合せた。


「し、知ってた?マーリン」

「……いや」

「どうしようか?半年以上も……」


 カーマ―ゼンに戻ろうにも足もないし、第一あそこは追い出されたようなものだから行けば酷い目に合うのは確実だ。保護施設に戻れば外には出られなくなってしまう。


「どうしよう……待つしかないのかな?」


 というよりもそんなに海音を待たせて大丈夫なんだろうか……。

 脳裏に瞼を閉じたままの海音の姿が浮かぶ。

 一刻も早く救い出してあげたいのに。半年以上も何もできずに待ってるしかないなんて。

 てっきりマーリンに杖を渡したら、佐和のお役はごめんかと思っていたが、一向に何も起きる気配がない。

 ということはマーリンをアーサーに引き合わせ、王様になる所まで見守るのが佐和の仕事ということだ。


「待とうにも、そもそも、重大な問題が俺たちにはある」

「え?」


 魔術師であることはばれなければ平気なはずだし、何が問題なんだろう?


「お前、お金持ってる?」

「…………………」


 忘れてたあああああああああ!!!!!!!!

 マーリンの冷静な一言に佐和は一期に青ざめた。

 この世界に来てから、カーマ―ゼンでは神話のおかげで、王都に来てからは施設のおかげで佐和は一銭たりともお金を使っていない。

 だから、今までは大丈夫だったわけで、もうそういうわけにはいかない。

 王都で謁見を待つにしても宿代や食事代もろもろ必要経費がいる。それなのに自分は無一文だ。


「なななな、ない…。マーリンは!?マーリンどれくらい持ってる?」

「俺も少ししか……3日間ぐらいならなんとか」


 少なっ!!!

 とてもじゃないが半年王都で過ごすなど夢のまた夢だ。


「バイトすれば!」

「『ばいと』って?」

「そっか!!その言葉はこっちにないのか!!」


 当たり前のように言葉が通じていたので忘れていたが、現代とは違うんだということを改めて実感した。


「ええっと……」


 よく考えると正社員とか非正規雇用とかの概念があるかも怪しい。正直に話すと余計にマーリンを混乱させてしまいそうだ。


「とにかく働き口ってこと、それがないかなーって」

「無いことはないだろうけど……カーマ―ゼンは辺境の村だ。さっきの兵士は役柄上知っていたようだったけれど、多分一般的には名前すら知られていない村の人間を雇ってもらうのは難しいかも……」

「そうなの!?」


 確かに正体不明の人間が雇ってくれなんて言ってきたら、佐和が店主だったら疑う。百パーセント疑う。

 そう考えると働くのすら困難ということだ。


「どうしよう……」


 まさか、異世界トリップというドファンタジーにあってお金の問題に直面するとは。

 世界はどこでもそんなには優しくできていないらしい。

 小説にはそういうことは書いてないか、もしくは一緒に旅をする仲間が持っているか、運よく拾ってくれた人の所で雇ってもらって、住み込みでっていうのが定番なのに……。


「とにかく日が暮れる前に今日の宿を探そう。落ち着いて考えるべきだ」

「う、うん」


 こういう時マーリンの落ち着いた雰囲気には助けられる。どっしりと構えている様子を見ると佐和も安心できる。

 マーリンって精神年齢高そうだなー。

 歩き出したマーリンの顔を横から覗き込む。同い年に見える顔立ちだが、釣り目のせいかやっぱり大人びて見える。きっと今までしてきた苦労も彼を大人にさせたのだろう。


「そういえば、マーリンって何歳なの?」

「20」

「うそ!?年下!?」


 佐和は今年で23だ。まさかの3歳差に思わず佐和は叫んだ。


「……驚くのはこっちだ。年上なのか?」

「うん。だって私23歳だもん」


 ということはマーリンは海音と同い年かあ。頭の中で大学生のマーリンを想像しようとしたけれど、うまくいかなかった。


「な……そんなに違うのか?見えない」

「……どーせ、ちんちくりんだもん……」


 海音は160センチありスタイルもいいが、佐和は身長150センチのミニマムサイズで、よく姉と妹間違えられることも多い。友達にも小さいせいでよくからかわれる。

 それに……どうせ胸もちっさいですしね!!


「いや……そう意味で言ったんじゃ……」


 珍しくマーリンが慌てふためいて弁解しようとしている。佐和はその様子に噴出した。


「ごめん、マーリンがそんな嫌味言うわけないね。私の国の人って若く見られがちなんだ」


 東洋人は若く見られがちというのはたぶんこっちの世界でも通じる感覚なのかもしれない。


「そうなのか」


 よく見ればマーリンの口元があからさまにほっとしているのがわかって、なんだかおかしかった。今後の不安には落ち着いて対処できるのに佐和の不機嫌には対処できないなんて年下らしい可愛さもある。

 まあ、マーリン人慣れしてないしね。


「ここ、宿屋だ。部屋が空いてるか聞いてくる。待ってて」

「はーい」


 落ち着きを取り戻したマーリンを佐和は宿屋の入口で見送った。

 少しずつだが、マーリンは初めに出会った時よりもいろんな表情を佐和に見せてくれるようになった。それが仲良くなれた証のような気がして嬉しい。

 佐和は宿の壁に寄り掛かると鼻歌を歌いながら、足をぶらぶらさせた。




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