page.395
***
「あぁ……!あ、ああぁ!!」
先程までとは比べ物にならない魔術の威力。激流となった水柱が蛇のようにアーサーに牙を剥く。
「くっ!」
紙一重で攻撃を交わす。少しでもかすればあの勢いで揉みきられるに違いない。
まるで渦が鞭となって襲いかかってくるようだ……!
ちらりと背後の様子を伺うと、なんとかランスロットとガウェインがサワとマーリンを回収して、安全圏に避難しているのが確認できた。
先程までの優位は一転した。エクスカリバーの鞘の守護は、あの水流でも物ともしないだうが、アーサーは直感で受け止めず、回避に専念した。
マーリンが気絶した途端、手にしている聖剣の様子が変わったのだ。
聖剣エクスカリバーの鞘、その加護が消え失せている。
消え失せているというよりは、弱りきっていると言った方が正しい。
今の攻撃もかわしたとはいえ、エクスカリバーの守護が働いてもおかしくない距離だった。にも関わらず、聖剣の加護が働こうとする感触があまりに弱い。
やはり、理由はマーリンか……?
アヴァロンの島において、聖剣エクスカリバーを手にしたのは紛れもなくアーサーだが、その鞘を見つけ、手にしたのはマーリンだ。
だとすれば、マーリンの存在と意識がエクスカリバーの鞘の力と何かしらの関係を持っていてもおかしくはない。
となれば、話はシンプルだ。
アーサーは絶大な力を前に正面から受け止める方法は取れず、ただあの荒れ狂う魔術の奔流を掻い潜り、聖剣を魔女モルガンに突きつけなければならないということだ。
マーリンの魔術の援護か聖剣の加護か、せめてどちらかがあれば話は違ってきただろうが……。
アーサーはゆっくりと深く息を吐いた。勿論、城に潜入した時点で気は抜いていないが、今一度集中力を研ぎ澄ます。
何かしらの犠牲を払うことになるかもしれない。その瞬間、躊躇うことなく、冷静にチャンスを掴み、活路を見出だす。
「ケイ、イウェイン、魔術の防御と攪乱を任せる。決して無謀なことはするな。いいな」
「りょーかい」
「承知いたしました。殿下の活路、切り開きます」
二人の騎士にアーサーの意図はしっかりと伝わったようだ。心強い返事に背中を押される。
「……行くぞ!!」
三人同時にモルガンへ向かって駆け出した。
***
これは……いつの思い出だろう……?
雨が降っている。激しくはないが、よくある鬱屈としたどこまでも降り続く冷たい雨。
ミルディンの最期を看取った記憶かと、ふと思ったが場所が違う。
マーリンが立ち尽くしているのは、見覚えのあるようなないような街中だった。
雨の降りしきる中、石畳の壁にもたれかかる今にもかき消えてしまいそうな少女がいることに気づいた。
年はマーリンが知っているよりも若く、あどけなさが少し残る顔立ち。だが、見間違えるはずもない。
疲れきり、壁に身を預けて虚ろな瞳をしているのは紛れもないーーー若き日の魔女モルガンだ。
今とはまるで違うその様子に息を飲んだ。
カーマーゼンで暮らしていた頃のマーリンとすら比較にならないほど、ぼろぼろの服。擦りきれた肌。濡れそぼった髪。そして、傷だらけの裸足が何よりも痛々しい。
風前の灯火のような魔女の前に、気付けば1人、男が立っていた。
まるでこの雨からモルガンを覆い隠すように彼女の側に佇んだ騎士らしき男は、国を滅ぼそうとしている魔女に対するとは思えないほど、優しく微笑みかけた。
そうか、これは……モルガンの記憶……。
なんの縁か。どうやらモルガンと自分の間に結ばれた縁が、モルガンの過去の記憶をマーリンに流し込んでくる。
色あせた景色の中、騎士がしゃがみ込む。モルガンの手を優しく取った。その瞬間、モルガンが少しだけあどけなさの残る顔を初めて上げた。その目に宿る光。マーリンにも覚えがある。あれは。
「誰もあなたに愛を捧げなかったのなら、僕が捧げましょう」
穏やかな男の声で、景色が淡く一気に色づいた。




