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雨は嫌い。
大切なものを、手放さざるを得なかったあの日を思い出す。
炎は嫌い。
大切なものが、燃えて崩れたあの日を思い出す。
あめは、きらい。
あなたにーーー出会えた日を、思い出すから。
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人混みを掻き分けて進もうとするのに、泥に足を取られたように距離は縮まらない。
「それではこれより厳粛なる刑罰を執行する。この者は魔女と通じ、王宮の治世を操ろうとしていた!」
何を。何を言っているの。
くだらない。くだらない嘘をつくな。
「まさにウーサー王への反逆である!」
それは違う。そんなのは、そんなのは、今この処刑場を、城のベランダから覗き見ている奴らの方ではないか。
「よって、この者をーーー」
お願い。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。
その人は何も悪くない。その人は何も。
息も絶え絶えにただ、彼の元へ急ぐ。けれどまるであの雨の日のように体は重く、一歩すらまともに進めない。
人混みの隙間から、彼が私を目にしたのがわかった。
炎。群衆。侮蔑。煌々と燃え盛る炎の柱にくくられた彼のところへ、私はたどり着けない。
勢いを増す篝火が瞳を焦がす。
「あ……」
間に合わない。もう……間に合わない。
こんなのは、こんなのは、こんなのは
「あぁ……いや…………あああああああああぁぁ!!!!」
間違っている。間違っている。間違っているはずなのだ。
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「うっ……何、今の……」
マーリンがモルガンの怪しげな水の魔術を炎の魔術で打ち消した途端、耳を劈くような音と熱風、それから激しい衝撃派のようなものを感じた気がする。
「ご無事ですね……!良かった、サワ殿」
「ランスロット……?」
何故か佐和に覆いかぶさるような形でランスロットが佐和を見下ろしている。同じように横から左腕だけで、ガウェインも佐和を庇ってくれている。
「な、何?何が起きて……二人とも!それ!!」
見ればランスロットは首の後ろを、ガウェインは先程の怪我で露出していた右側の胴体が赤くなっている。軽度ではあれど、どう見てもこれは火傷だ。
「も、もしかして……」
「さすがにこの柱で三人は無理だと判断しました」
「何あっさり言ってるの!?ランスロット!私なんか庇って……!ガウェインも!」
「どっちにしろ三人中二人はまぁ全身は隠しきれないわな。そしたら真ん中はサワに決まってるだろ。手当係が怪我しちゃ手当できねぇぞ?」
軽口を叩いているものの、二人とも少しばかり苦痛に顔を歪ませている。すぐに佐和は鞄から布を取り出した。
すぐに水筒から水を出し布を濡らして、ガウェインとランスロットの患部に当てる。これで少しはマシだろう。
「ヘーベトロット殿の魔法の衣服のおかげで助かりました」
二人とも火傷の被害が肌が露出していた部分だけで済んでいる。見ればランスロットのマントは焦げてしまい、ぼろぼろになっているし、ガウェインも似たような状態だ。
「手当てありがとな。サワ」
「待って!さっきのが爆発だったなら他の皆は!?」
もう一つの柱に避難していたケイとイウェインを見ると、あちらはなんとか爆風から、柱の影に隠れて逃れきれたようだった。ケイが咄嗟にイウェインを抱き寄せる形で柱に身を隠している。
二人は大丈夫……!マーリン!アーサー……!!
「サワ殿!まだ顔を出されては……!!」
ランスロットの制止が頭から滑り落ちて行く。
「マーリン!?」
信じられない光景だった。なんと倒れていたのはマーリン一人だったのだ。すぐその横でアーサーが剣を持ちながらもマーリンを案じている。その目が佐和と合った。
「サワ!来い!」
アーサーの激を待つまでもなく、気づけばサワは二人のもとに駆け寄っていた。マーリンの近くに膝を着くと、アーサーが片腕で支えていたマーリンをサワに押し付けた。
「アーサー!マーリンは!?」
「落ち着け。気絶しているだけだ。モルガンの魔術はエクスカリバーの加護が完璧に防ぎきった_。だが、爆風で飛んできた瓦礫が運悪くマーリンに直撃した。そのうち目は覚ますだろうが……」
マーリンの額からうっすらと血が滲んだ。微かにうめくが目を開けそうにはない。
マーリンが気絶してしまったということは、それはつまり……
「サワ、マーリンを連れて下がれ」
アーサーがエクスカリバーを握る。カチャリと床に刃が当たった音に佐和は我にかえった。見ればモルガンが苦しげに、こちらに憎悪のこもった視線を投げつけてきている。
「よくも……よくも…………」
しかし、その瞳は目の前のアーサーに向けられていても、どこか焦点が在っていない。未だかつて見たことのない魔女の様子に、佐和もただならぬものを感じた。
「わ……わかった_」
なんとかマーリンを動かすために両脇に腕を通して、引きずるようにしてその場を離れる。
「ケイ!イウェイン!援護を任せる!ガウェイン、ランスロット、マーリンを!」
「りょーかい」
「お任せを」
素早く、柱の影に隠れていたケイとイウェインが飛び出す。
油断なく剣を構え直す3人の方へ、モルガンの焦点の合わない目が向けられた。
「許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許せない。許さない。絶対にーーー許すものか!!」
再び、魔女はその激高をアーサー達へと向けた。




