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ウーサー王は死んだ。
あっけなく、愛していた者に裏切られて。
まるでこの王都を覆う暗雲を切り裂くように、晴れ渡るかと思っていた自分の心は、思ったよりも軽くはならなかった。
ただ、自業自得で死んだだけ。
この男が死んで、自分の人生がやり直せるわけでも、失ったものが帰ってくるわけでも、ましてや―――あの人にもう一度会えるわけでもないのだから、意味が無い。
そんなことは知っていた。理解していた。それでもなお、
意味が無くても、この者が死ぬのは当然だ。
だって、これだけの人を踏みにじってきたのだから。殺されて当たり前のことをしてきたのだから。そういう意味での爽快感、一種の達成感のようなものは確かに感じていた。
それでも―――百篇刺したところで、この者への恨みは消えない。
自分が何をしたかもわからずに、私がどんな気持ちだったかも知らずに。
でも、わかるわけがない。この者はわかろうともしていなかったのだから。
死ななければきっとわからない。死んでも、もしかしたらわからなかったかもしれない。
本当に生きている意味の無い男……。
それが、あの日復讐を遂げた―――イグレーヌに刺されたウーサー・ペンドラゴンを見たモルガンの感想だった。
***
もうすぐ、あともう少しで、世界は変わる。
それなのに心はあの日、あの時のまま、雨に打たれたままで。
モルガンは無意識に自分の体を抱き締めるように手を腕に回した。しかし肌寒さは変わらず、天を仰いであの日の雨を思い出す。
……来る。
気配が近づいてきている。
冷えきっていたはずの身体、胸の奥で燻っていた焔が再び熱を持ち、身を焦がし始める。
足りない。まだ、私が受けてきた屈辱にも。私が遭ってきた不幸にも。
あの者達には足りていない。
嘆き、悲しみ、失い、全てを絶たれた生涯を、
ここで世界に刻み付けることだけが、私が生きている意味。
遠くから微かな喧騒が聞こえてくる。ここティンタジェル城に乗り込むために攻めて来た兵士や騎士達の怒号だろう。
しかし、この城は難攻不落のティンタジェル城。その上、インキュバスとなったゴルロイスと共にモルガンが作り替えた場所だ。正門を落とされたとしても、ゴルロイスがいる王の間へは辿り着けない仕組みになっている。
父上の元に行くための方法は1つ。この道を通るしかない。
モルガンが今いる広間以外にもあと二部屋、王の間へ続く途中に同じような広いホールがあり、一階にはエイボンがいる。二階をモルガンが守っているのは万が一に備えてだ。
―――そのはずだった。
でも、そう……やっぱり来たのね。
幾度となくすれ違い、感じて来た眩いばかりの光のような気配。
アーサー王、そして創世の魔術師。
モルガンは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
ホール唯一の入口の大扉を開き、油断なくこちらを睨みつけている光の王とその導き手に、モルガンは最大限の皮肉を込めて微笑んだ。
「ようこそ、光の王の器」
それはまるでダンスパーティーの始めの挨拶のように、優雅に。




