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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十三章 縁と呪い 勇敢なる騎士
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       ***



 緑の騎士にガウェインの光が注ぎ込まれ、内側から仄かに光ったかと思うと、その身体は塵のように崩れ、細やかにどこかへと流れて行く。後には、何も残らなかった。

 ……今度こそ、逝けたのだろうか。あるべき場所へ。帰れたのだろうか。


 「ガウェイン!!」


 緑の騎士ベルシラック卿の消滅を見届けた途端、ガウェインが崩れ落ちた。かろうじて座り込んでいるが、斧を掴んだ左手を苦しげに握りしめている。


 「くっそ……!」

 「大丈夫か!ガウェイン!」

 「触るな!!アーサー!!」


 すぐさまアーサーが駆け寄るのに、皆も続いた。アーサーがガウェインの左手に手を伸ばそうとした瞬間、マーリンの鋭い声が飛ぶ。

 全員がガウェインを囲む形になり、ケイとランスロットが前に立ってエイボンを警戒してくれている影で、佐和も慌てて自分のカバンを床に下ろした。


 「サワも、触っちゃ駄目だ!」

 「どういう事だ!?マーリン!!」


 頑丈さが取り柄のガウェインが苦しげに呻いている姿を見て、アーサーの語気が荒くなる。佐和もどうしたらいいのかわからず、マーリンを見上げた。


 「この魔術は伝染する物だ。前に応急を襲った人達と同じ……触ったらアーサーやサワも魔術に感染するっ……!」

 「だが、手当をしなければ!」

 「そんなことはわかってる!だけど……!」


 そこでマーリンが苦虫をつぶしたような顔で拳を握りしめた。

 そうだ……マーリンは「治癒魔術だけは使えない」

 ということは、魔術でつけられた普通の傷なら佐和が応急処置できたとしても、魔術の呪の類を解く事はここにいる誰にもできないのだ。

 でもこのままじゃ……ガウェインが……!


 「……っ!おい!エイボン!」


 アーサーが壁にもたれかかり息も絶え絶えのエイボンに鋭く目を向けた。その目を受けても変わらずエイボンは薄く笑ったままだ。


 「ガウェインにかけた呪を解け!魔術を使った貴様ならできるだろう!?」

 「アーサー……それは……」

 「何だ!マーリン!?」

 「は……王様、創世の魔術師が止めようとしてる通り……もう俺にはその魔術は止められないよ」


 肩で息をし、斬られた傷口を抑え汗を流しながらも未だにエイボンは笑顔を絶やさない。微笑んだままアーサーの焦る様子を楽しんでいるようだった。


 「何だと!」

 「アーサー!……エイボンの言ってる事は本当だ。この手の呪は魔術をかけた魔術師が、例え死んでも止まらない……もう完全にガウェインの左手に魔術が結びついてるんだ……」

 「それでも何か手があるだろう!おい!エイボン!貴様に勝機は最早無い。素直にガウェインにかけられた呪を解け―――」

 「あははは……!」


 必死のアーサーの説得をエイボンは腕で顔を覆いながら一笑した。そのままくたびれた腕を床に下ろし、アーサーを見上げる。


 「だから、無理なんだって」

 「……貴様……」


 アーサーだけでなく、マーリン以外の誰もがその姿に戸惑いを隠せなかった。

 エイボンの顔にガウェインの左手の傷から侵食し始めた呪と同じような黒い文様が這っている。それは徐々に徐々にエイボンの首から頭へも広がっていく。


 「……呪詛返し」


 誰もが口をつぐむ中でマーリンが静かにエイボンを見下ろした。


 「あれだけ強力な呪術、リスクが無いわけが無い。ただベルシラック卿が倒されただけならそこまでにはならなかっただろうけど……お前は媒介まじゅつしょ無しで、自分の血で描いた魔方陣でベルシラック卿を召喚した。直接的な召喚なら召喚者と召喚された者の間には深い縁が結ばれる……。恐らくそれで呪詛返しを食らったんだろ……」

 「……」


 マーリンが話している間にもエイボンの顔を黒く覆い尽くしていく呪い。まるで暗雲のようなその呪の隙間から見えたエイボンの瞳はそれでもまだ笑っていた。


 「ほら、トドメを刺さないのか?もしかしたら俺を殺せば、あんたの騎士は助かるかもしれない。ほら」


 エイボンの囁きに、アーサーが剣の柄に手を伸ばしかけた。それを止めたのは―――二つの手だった。


 「マーリン……それにガウェイン、お前まで……!」


 ふらふらとかろうじて立ち上がったガウェインは汚されていない右手でアーサーの剣の柄を抑え、柄に伸ばしたアーサーの手をマーリンが止めている。自分を止めた二人の顔をアーサーは交互に見つめた。


 「……アーサー、あいつはお前に魔術師殺しをさせて罪悪感を煽りたいだけだ。ガウェインの魔術はあいつを殺しても解けない」

 「……だとよ、な。アーサー。俺のせいでお前がそんな汚名これ以上浴びる必要なんか……ねぇよ。第一……あの野郎に乗っけられてんじゃねぇ……あの野郎じゃねぇ……マーリンの―――仲間の言うことを信じろよ」

 「……しかし、それではお前の手は……」

 「片手くらいちょうどいいハンデだろ……元々俺は普通の奴より力があんだから……」

 「しかし、このまま放っておいて、あの者のようにガウェイン殿の全身に呪が移るという可能性は……?」


 心配そうにイウェインがガウェインを支える。アーサーを止められた事で気が緩んだガウェインはその場にへたり込んだ。


 「第一、これは失血しないと……!けれど傷口に触れないとなれば一体どう処置すれば……!」

 「ははは……そこの女騎士さんの言う通り。どうせ王様、あんたご自慢の騎士は死ぬ」


 静かに、優しくエイボンはそう言った。


 「何だと……!!」

 「止めろ、アーサー」

 「ケイ!何故止める!?」

 「さっきガウェインが言っただろ。こいつはお前を挑発して自分を殺させるのが目的なんだ。そんな思惑に乗ってやる必要は無い。第一……どうせ、放っておいても死ぬ」


 ケイの判断は正しい。

 すでにエイボンの身体はほとんどが呪に侵され、手足の先から使い切った炭のように崩れ始めている。

 その姿を確認したケイが剣を鞘に収めた。


 「ランスロット、一応剣を構えたままそいつを見張っておいてくれ」

 「かしこまりました」


 見張りをランスロットに任せ、全員でガウェインを囲んだ。すぐにマーリンが触れないよう慎重にガウェインの左手を看はじめる。


 「どうすればいい!マーリン!何か手は無いのか!?本当にこのままガウェインの全身にこれは広まるのか!?」


 ガウェインの手のひらには、斧を握りしめた事でできた深い傷がある。布越しなので直接傷は見えないが滴る血が止まらない。それに加えて傷口から黒い呪の痣が腕に向かって進んでいる。


 「……しゃあねぇな。左腕、切り落とすか」

 「何を言い出すんだ!ガウェイン!」

 「殿下のおっしゃる通りだ!考え直してくれ、ガウェイン殿!」


 反対するアーサーとイウェインにくたびれながらもガウェインが笑いかける。

 その顔は疲労に満ちているのに、どこか清々しかった。


 「しょうがねぇだろ。そうしなきゃ死んじまうんだから。最悪腕ぶった切ってもマーリンに魔法で傷口焼いてもらうなり、縛ってもらうなりすりゃぁ、命は助かるだろうし」

 「だが、それではお前の騎士生命が……」

 「勿論、終わるかもな。だけどそれが報いなのかもしれねぇし」


 それがガウェインの本音のようだった。


 「ずっと胸に引っ掛かってた。あの日の事件がさ……。ラグネルを娶ったら何もかも終わりか、許されたのかっつったら嘘だよな。俺は償わなくちゃならない。その代償が左腕一本なら安いもんだろ。それに―――」


 ガウェインは右手で側に転がっているガラティーンの柄に触れた。その目が優しく細められる。


 「償うって言っても、俺はここで――――――死ねない。生きて、帰らなくちゃならねぇ。これ以上誰かを失わせちゃならない人がいるから」

 「……ガウェイン」

 「っつーわけで、さくっとケイあたり、やっちゃくれねぇ?」

 「……そういう時だけ俺をご指名するのがずるいよなぁー」

 「いやー、飲むときもお前が多いけど?それにこん中だったら一番綺麗にすぱっとやってくれんだろ?」

 「……簡単に言いやがって」


 そう言いつつも既にケイは一度鞘に収めた剣の柄に手をかけている。

 ケイならやりかねない。いや、この中でやれるのはきっとケイだけだ。そしてやるとするならこれ以上呪いが広がらない内にすぐさま手を下す必要がある。それをわかってるからきっとケイも躊躇しない。

 さっきのエイボンみたいにガウェインがなるなんて、絶対いや……!

 勿論ガウェインが死んでしまうことも嫌だし、何より、ここまでくるのに助けてくれたラグネルの顔が佐和の脳裏に浮かぶ。ラグネルが寝る間も惜しんで佐和に応急処置を教えてくれたのは、戦いについていけない自分の代わりに、少しでもガウェインが無事に帰って来られる力になるようにと願ってのことだったはずだ。

 それなのに何にもできないなんて……!触れさえすれば止血はどうにかなる。問題はあの呪いだ……。

 考えろ、考えるんだ。何か、何かある気がする……!

 天才的閃きなんて自分に期待してない。だけど腕を切り落とさずに済む方法があるような気がしてならない。

 なら、きっと答えは自分の中にあるのだ……!

 ケイが鞘から剣を抜く。その音の先に呪われたガウェインの手の平の傷。そこに刻まれた黒い文様はガウェインの手の平を覆って……


 「……イウェイン、ガウェインを押さえててくれ」

 「ほ、本当にそれしかないのか!?何か他に方法が」

 「ケイいぃぃ!!ちょっとストップうぅぅ!」


 大慌てで叫んだ佐和に剣を構えていたケイも、戸惑っていたイウェイン達も、皆固まった。

 その隙にガウェインの側に寄って、さっき広げた鞄の中から止血に必要な道具を取り出す。

 ラグネルが……!教えてくれた通りに……!

 佐和は自分に活を入れて勢いのままガウェインの左手を握った。


 「うぇ!?おい!サワ!?」

 「サワ!!何して……!!触ったら呪いが伝染うつ……ら……ない……?」


 そう、佐和はどれだけガウェインの傷口に触れても呪われない。

 なんせ……佐和にこの世界の魔術は効かないのだから。

 だから!この中で私だけならガウェインの手当ができる……!


 「何で……」

 「ごめん、マーリン今はそういうの後回しで!皆は触っちゃ駄目だからね!」


 ラグネルが寝る間を惜しんで佐和に教えてくれた手当の術。それを今、彼女の大切な人を救うために使わずしていつ使うのか。

 全員が唖然としてるのを感じながら、佐和は必死にガウェインの手当を終えた。傷口は深いが、できうる限りきつく縛りあげる。

 止血はできた。これならきっと……。


 「……サワ」


 気付けば額から汗が流れていた。処置を終えたガウェインの左手に巻いた包帯から呪の痣が見えている以外、自分でも今までの練習の中で一番の出来。

 それなのに振り返って見たマーリンの顔色が申し訳なさそうにしているのを見て気づいた。

 達成感を感じられたのはほんの一瞬だった。


 「……言いにくいけど、止血をしても呪自体は止まらない。その呪の痣は徐々にガウェインの身体に広がって……数時間もすればガウェインは……」


 マーリンが目を伏せて、佐和の手当を施したガウェインの左手を見つめる。

 無駄な努力だったのだと、その目が事実を語ってる。

 それにガウェインは苦笑した。


 「気持ちだけでもありがてぇよ、サワ。ありがとな」

 「そんな……でも、だって……」


 やっぱり結局、佐和に変えられることなんて何一つなかったのだ。

 今さら改めて思い知らされるなんて……。

 私が……私程度の人間がどんなに努力したって、あがいたって物語は変わらない。そう目の前で証明されるなんて。


 「ガウェイン……」

 「気にすんなって。それに安心したぜー、これで左腕落としても佐和がすっげえ応急処置してくれるってわかったからな。安心、安心」

 「ガウェイン……」

 「んじゃ、ケイたの」

 「待って」


 意外にもガウェインの言葉を遮ったのはマーリンだった。

 さっき佐和が手当した部分を悲しげに見つめていた瞳が見開いている。


 「どうした?マーリン、今さら何を」

 「……ガウェインの呪、止まってないか?」


 マーリンの指摘に全員が慌ててガウェインの手を覗き込んだ。



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