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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十三章 縁と呪い 勇敢なる騎士
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page.384

      ***



「な、なんで?だって、ラグネルのお兄さんは一人は決闘試合で、もう一人はこの前ガウェインが……」

「どういう事だ……?」


 驚いているのは佐和だけではない。事情を知っているアーサーをはじめ全員が緑の騎士に目が釘づけだった。

 ガウェインの大剣を手にした拳が震えた。


「……てめぇ!!何をしやがったあぁ!!??」

「そう吠えるなよ。アーサー王随一の『勇猛の騎士』」


 ガウェインの狼狽と憤怒にエイボンはぐったりと斬られた傷を庇いながらも、薄ら笑いを浮かべた。


「俺の研究の中でやっぱ今のところ、一番成功したケースはイグレーヌ妃本人とこいつでな。貴重な研究サンプルを王宮の墓になんか埋めるもんだからわざわざ掘り起こすはめになったこっちの身にもなってくれよ」

「―――っ!!」


 大気が震えた。

 ガウェインがエイボンに渾身の力で斬りかかった大剣を緑の騎士の斧が止めたその音だけで。

 金属同士がぶつかり合った低く鈍い衝撃波とガウェインが唇を噛む様子だけがかんじられる。


「てめえぇぇぇ!!」


 激昂するガウェインの大剣を受ける緑の騎士。つまり彼は……

 ―――最初に、ガウェインが決闘で倒したはずのラグネルの一番上のお兄さん。


「どこまで……人の命を愚弄すれば気が済む!貴様は!!」

「アーサー王がそれを言うか。面白く無いジョークだな」

「そっちこそ面白くないどころか興ざめする演出だぞ、エイボン。アーサーとお前の行為は根本が違う」


 ガウェインと同じように青筋立てたアーサーの横で、ケイがエイボンを睨みつけた。


「お前はただ、人の命をおもちゃ代わりに自分の欲のためだけに殺しているに過ぎない」

「先程から聞いていれば貴様、人間は進化すべき生き物だと散々我々に説いていたな」


 イウェインも加わり、今にもエイボンに斬りかかりそうなアーサーの前に割って入る。


「にも関わらず、最も原始的な行為を行っているのは貴様の方だ。貴様は人類の進歩という大義名分を振りかざし、己の欲を満たすためだけに他者を踏みにじることを厭わない。原始的動物本能そのままの男だ。魔術師ですらない。貴様はただの大量殺人者、いや人ですらない。獣だ。」

「おまえは面白いこと言うなー、女騎士さんよ」


 二人の言葉でアーサーも少しは落ち着いたようだった。今にも跳びかかりそうな姿勢が徐々に戻る。


「……悪いけど、あんた達と口論すんのはもう疲れたわ。だってあんた達、全然俺の言う事理解できてないんだもん」

「当たり前だろ。納得できるはずない……!」

「何でだよ?創世の魔術師。こん中ならお前が一番理解しやすいと思うけどなー。俺達はさ、選ばれた人間だ。魔術っていう特別な才能を天から与えられた特別な人間だ。特別な人間だからこそやらなきゃならない事がたくさんあるだろう?その理想について来れないやつ、付いて来ようともしないやつを弾くことの何が悪い?」

「何を言って……!」

「ああ、そいや騎士様たちも似たような考え方持ってたっけ?なんだ?あれ、そう……『持つべき者の義務ノブレスオブリージュ』ってやつだっけ?」


 全員の頭に血がさっと上った瞬間、最初に爆発したのは、


「ふ」

「ふざけんな。この糞野郎」


 佐和だった。

 エイボンを罵倒しようとしたアーサー達より早く、自分の口から低い声が漏れる。


「それこそさっきイウェインが言った『大義名分』を振りかざした言い訳してんじゃねぇよ。ただお前は自分が選ばれた人間だって事に陶酔してるだけだろ。才能に溺れたいならポエムでも自著伝でも毎晩書いてほくそ笑んどけ、この屑。周囲に被害まき散らしてる時点でてめぇは公害なんだよ。誰かを救うために掲げた大義と自分の我儘を貫くための言い訳を同列に語るんじゃねぇ」


 横にいたマーリンも、さっきまで怒り心頭に達してたアーサー達も佐和の態度に呆然としているのが冷静な頭の部分で視界の端に入った。

 だけど、今、佐和が思い描いているのは、目に浮かべているのはたった一人の女性の顔だ。優しくて照れ屋で可愛くて、いつでも一生懸命な小麦色の柔らかい髪。佐和の我儘に付き合ってくれた優しいガウェインの奥さん。

 ―――ラグネル。

 あの子の幸せを奪った。今、あんたを罵倒する理由なんて、それだけで充分なんだよ。


「あんたの言う事をこっちが全く理解しないから口論するのが疲れた?ナマ言ってんじゃねえよ。てめぇがこっちを説得する気なんてさらさらねぇんだろうが。第一な、てめぇさっきから着いて来られない奴とか才能が無い奴は才能のある人間に精々使われて死ねって言ってるけどな、てめぇのその排便よりも価値の無い基本理念に基づいた研究は誰様の犠牲で進んでるんだよ?言ってることと頼ってる材料が矛盾してるってわかります?全員選ばれし者じゃないやつが消えたら研究進まなくなりますけど?それでも一般人に価値は無いと?随分おかしな話ですね?あなたの研究ってそもそもその理解してもらえない人達に対する子供のいじめ返し以外の何物にも見えないんですけど?どこか違いますか?」

「矛盾なんかしてないだろ。使えないやつは材料になって世間に貢献するんだ。名誉だろう」

「―――使えないやつって誰が決めるんだよ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。

 そうだ。元の世界で働いていた時のもやもやとした気持ちにはっきりと言葉が付く。私が言ってやりたかったのはこの一言だったんだ。


「馬鹿もハサミも使いよう。どれほど才能ない人間でも何かしらの取り柄はあんだよ。本当の馬鹿は道具の特性も理解しないで、『すごい俺にはふさわしくない道具だわー』ってポイ捨てして選ばれた人間って顔してる―――てめぇみたいな屑の事を言うんだよ」


 佐和の言葉に今度はエイボンの顔に朱が指した。頭に血が昇ったのがすぐにわかる。それがわかるぐらい佐和の脳裏は冷え切っていた。

 殺されるかもしれない恐怖よりも、今までずっと胸に溜めてきた言葉にならないものが形になったすっきり感が勝る。

 だから、佐和はとびっきりの笑顔でエイボンに笑いかけた。


「あ、図星?」

「―――っ!おい!あの女を殺せ!!」


 エイボンが緑の騎士に唾をまき散らす。しかしガウェインと斧を打ち合わせている緑の騎士は力を込めているにも関わらず、ガウェインの太刀を跳ね返せずにいる。


「何してる!?おい!!あの女だ!そんなデカブツほっとけ!!」

「……ははは」


 笑ったのは緑の騎士と剣を交えたままのガウェインだ。噛みしめていたはずの唇が薄く開く。


「何がおかしい!!ほら!どうした!お前が一度殺した騎士だぞ!お前が女が抱けない理由になったな!さぞかし不便だったんじゃないか!?その怒りをぶつけたらどうだ!?」

「……一個だけ聞くぞ」


 今度はガウェインを挑発するエイボンにガウェインは淡々と尋ねた。


「何で、この家の人間を実験台にした?」

「は?」

「てめぇはこの家の人間に恨みでもあったのか?」


 ガウェインの問いかけにエイボンは素っ頓狂な声で答えた。


「え?意味がわからないわ。別に理由なんて俺個人にはないね。ただおっさんを昔騙した騎士に仕えてた騎士だったとかでちょうど良いだろって言われただけだ」

「……そうか」


 その瞬間、ガウェインが力を込め、緑の騎士の斧を返した。


「な……!?」

「良かったぜ……清々しいくらい理由がクズっぷりで。これで遠慮なくてめぇを……ぶっ飛ばせる」


 ガウェインが今まで見せたことのない構えを取った。それを見たアーサーとケイの顔色が変わる。


「ガウェイン、お前」

「わりぃな、アーサー」


 大剣が地面を擦り、ガウェインの動きに合わせてその刀身を微かに鳴らす。


「こいつは俺がぶっ飛ばす。手、出すな」


 さっきまでと違い、ガウェインは頭に血が昇っているようにも怒りを無理矢理抑え込めているようにも見えない。

 ただ静かに、そして闘志だけを瞳に宿し眼前の緑の騎士とエイボンを見据えている。その表情を見ていたアーサーが全員に手で下がるよう合図した。


「……わかった」

「ありがとよ、それからサワ」

「はいっ!?」


 今さら暴言を吐いた事に冷や汗をかきだした佐和にガウェインが振り返る。その顔はいつものガウェインの笑顔より、どこか優しかった。


「サンキューな、言いたい事全部言われちまったし、俺じゃ出て来ねえ言い回しとかスカッとしたわ」

「え……あ、うん、ご、ごめん?」

「謝る必要ねぇって。謝るべきは……そこに座ってるてめぇだよ」


 ガウェインが緑の騎士の先でぐったり壁に寄り掛かっているエイボンを大剣で指し示した。


「安心しろよ、殺さないで連れ帰ってやる。そんで……てめぇが犠牲にしてきた人達にそれぞれ家族と人生があったんだって、叩き込んでやる」

「は、戯言は寝て言え。行け!ベルシラック!!全員殺せ!!」


 エイボンの命令にベルシラックと呼ばれた緑の騎士が一歩前に歩み出した。それに対して、ガウェインは腕に着けていた籠手代わりのバンドを取り、ベルシラックに投げつける。

 それはベルシラックの胸元に当たり、地面に落ちた。


「拾ってくれよ。―――今度こそ正々堂々、決着けり、つけようぜ」


 ガウェインの声が聞こえているのかベルシラックは落ちたバンドを拾うと、それを自分の腰に差した。


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