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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十三章 縁と呪い 勇敢なる騎士
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page.383

          ***



「ぐわああぁ……!!」


 やった!!

 離れたところで見ていた佐和は拳を握りしめた。マーリンの作戦はうまくいった。

 聖剣の刀身には魔を断ち切る力が、鞘には魔から身を護る力が備わっている。どちらも正当な王たる器の持ち主が持った上で創世の魔術師が聖剣の力を引き出すことでようやく100%の力を発揮することができる。マーリンが帰って来たのは今朝なので、合わせるのはぶっつけ本番だったが、

 うまくいった……!

 エイボンの右手にあった魔術書はアーサーに見事に真っ二つに切り裂かれていた。同時に右手を切られたエイボンが痛みに唸り、その場に座り込む。大きな魔術書が床に音を立てて落ちるた。エイボンの血を吸ったその魔術書は、外見こそただの古書のように見えるが、佐和でもわかるほど禍々しい気配を放っていた。

 それと同時に騎士達が相手取っていた人影たちも皆消えた。


「何だ!?」

「やったのか!?アーサー?」

「くっ……!」

「これが貴様の『触媒』とやらか」

「その魔術書だ。アーサー。もう俺にもお前にも見えるはずだ。それを聖剣で貫いて力を注いで浄化すれば消滅する」

「そうは……させ……る……か……」


 引き裂かれた右手を引きずり、エイボンが左手で魔術書に手を伸ばそうとする前にアーサーがエイボンの喉に切っ先を突きつけた。


「それ以上動くな。動けば斬る」

「は、はは、はははっ……!」

「……何がおかしい?」


 アーサーの言葉に憔悴しきったエイボンが狂ったように低い笑い声を漏らす。それを不安に思ってか騎士達も皆アーサーの側に駆け寄った。


「結局、斬るんじゃないか、王様。魔術師を」


 エイボンの最大限の負け惜しみ―――皮肉にアーサーは顔色一つ変えなかった。


「動かなければ斬らない。そこの魔術書を切り裂いて貴様は捕縛する。それで終わりだ」

「……っふざけるなよっ……!俺の……過去の魔術師たちの研究の結晶を切り裂くなんて蛮行……!万死に値する行為だ!この魔術書はそういうものだ!お前らなんかが勝手に切り裂いていい物なんかじゃ、ないんだ……よ!いいか?文化を壊す王はいずれ人を殺すぞ。いや?あんたはもう人を殺してたから関係ないか!?魔術師って人間をな!」

「アーサー、耳を貸す価値も無い。すぐに聖剣でその魔術書とやらを切れ」

「少し待て。ケイ」


 呆れ果てたケイを片手で制し、アーサーは真っ直ぐエイボンの目を見つめた。


「その通りだ。俺は過去に罪もない人々を大勢殺している。いずれその裁きを受ける日は必ず来る」


 ……アーサー?

 そんな風に考えていたとは知らなかった。それは佐和以外も同じようで皆目を丸くしている。


「だが、それは今ではない。今、求められている限り、この身体と魂の最後の一片が燃え尽きるまで国のために生き、尽くす。俺が殺した者たちの子とそのまた子どもたちを守れる国を創る。それが……俺が殺した人達への贖罪の生き方だ。無論、最期に楽な死に方を選ぼうとは思ってはいない」


 初めて聞くアーサーの今後の具体的な未来。

 それは希望に満ちているようで、困難な道のりで、なんて……彼らしい生き方だろう。


「はは、そんなの自己満足だろ、俺と何も違わない。俺も大義のために多くの犠牲に目を瞑ってきただけだ……」

「俺と貴様は違う。いや、正確に言えば『異なった』。俺は二度と罪の無い者を、物言わぬ弱者を犠牲にし、時を進めることはしない。偉大な力を持たざる者でも、集まり考え話し合えば、より良いものを目指して行けるはずだ。貴様は声なき声を踏みにじり、強者の特権だけを振りかざした。能力ちからある者としての責務を果たそうとしていない。そしてその考えを変えてもらうためにも、この過ちの遺産は斬らせてもらう。そこからもう一度、気があるのなら改めて今度こそ正しくあろうと―――立ち上がれ」


 アーサーと騎士たちの後ろに佐和も合流する。エイボンに語りかけるアーサーを見つめるマーリンの瞳に不思議な色が滲むのを横目で見ていた。

 ……嬉しい、ね。

 アーサーがそんな風に考えてくれるようになったのが嬉しい。だけど同時にもっと早く気付いてくれればとも思わずにはいられないのだろう。マーリンは何も言わず、ぐちゃぐちゃになった思いのまま、それでもアーサーを真摯に見つめている。

 一方、アーサーに剣を突きつけられ、説教までくらったエイボンは疲弊しきった顔でアーサーを嘲笑った。


「……ご高説、どうもありがとうよ。でもお前は間違ってんだよ!!」

「アーサー!!」


 ガウェインの掛け声で慌ててアーサーがエイボンの魔道書をエクスカリバーで切り裂いた。しかしエイボンは魔術書には目もくれず、座り込んだままアーサーの行動を見てほくそ笑んだ。

 唯一動く左手でいつの間にか己の背後にこっそりと描いていたのであろう血の魔方陣が脈動する。


「ちっ……!」

「行け!!」

「アーサー!」


 瞬間、魔方陣が光り、煙に包まれた。魔術書を切ったアーサーが体勢を立て直すその前に煙の中から大きな斧が現れ、アーサーの頭上から降り降ろされる。


「殿下!」

「アーサー!」


 皆の叫び声の中、煙が晴れて行く。煙の中から現れたのは斧を避けようとして尻餅を着いたアーサーと―――その前で相手の斧を大剣で受け止めているガウェインだ。


「ガウェイン!?」

「ったく!最後まで油断するんじゃねぇっての!」


 良かった……アーサー、無事だ……。

 ガウェインもしっかり相手の斧を受け止めている。

それに魔術書はもう壊してしちゃったんだから、さっきまでみたいに召喚をばんばん行うわけにもいかないはず……!

エイボンが右腕を抑え苦虫をつぶしたような顔でアーサーを睨んでいる。


「アーサー!下がれ!」

「そうはいくか!やれ!ベルシラック!!」

「っ!」


 エイボンの命令にすぐさま反応し、猛攻を仕掛けてきた大きな斧をガウェインが大剣で受け止める。ホール自体が揺れているように感じるほど激しい攻撃に佐和まで足が震える。

 な……何あれ……

 感覚的には最初の洞窟の魔物や森で見たゴーレムのような、いや一番近いのはボーディガンの山で見たドラゴンの迫力、それと同じ気迫がある猛者だ。


「こんの!馬鹿力がっ!!」


 アーサーがガウェインの背後から素早く転がり、距離を取る。それを確認したガウェインが両腕にエネルギーを迸らせた。アンブロシウス家の力。唸る両腕でガウェインが猛烈な大斧を弾き返した。


「うおりゃあああ!!」


 ようやく両者が距離を取る。そして召喚の名残の煙が晴れるとようやく猛攻を仕掛けてきたエイボンが召喚したものの『正体』が露になった。


「……うそ……だろ……?」


 目を見開いたガウェインの先にいたのは、兜も甲冑も籠手も靴も手袋も何もかも全身を緑色で覆った騎士だった。


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