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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十三章 エイボンの目的
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page.379

       ***



 「来るぞ!全員構えろ!」


 アーサーの号令で全員が戦闘体勢に入る。最前線にガウェインとマーリン。前に出そうになるアーサーを抑えつけるようにケイとイウェインが並び、最後尾でランスロットが周囲に素早く目を走らせてくれている。

 これ……ほんとに人間の声量!?

 思わず腕で顔を覆いたくなってしまうような強風。猛獣の吠え方に限りなく近いトリストラムの咆哮に佐和はたじろいだ。


 「アーサー、お前はまだ出」


 ケイが指示を出そうとしたそのわずかな隙に、トリストラムが地を蹴った。瞬間床が陥没し、風のような速さで佐和達の前にまでトリストラムが一瞬で移動する。

 速い……!

 既に振り降ろされているトリストラムの槍がアーサーの脳天に直撃するまでの刹那、


 「させるかよおお!!!」


 酷く鈍い音がホール中に響く。ガウェインが力任せに大剣でトリストラムの槍を逸らしたのだ。ガウェインの攻撃の威力のすさまじさにトリストラムがたたらを踏む。すぐさまガウェインが体当たりを食らわせてアーサーからトリストラムを引きはがす。


 「ガウェイン!助かった」

 「こいつ、なんて馬鹿力してやがる……!」


 普通、ガウェインの全力の打撃と体当たりを食らえば、常人なら全身の骨が砕けていてもおかしくない。いや、実際にはトリストラムも身体がおかしな方向に曲がっている。しかし、先程と同じようにごきごきと音を立てて、まるでその場でパズルを組み立て直すように異変が治っていく。


 「アーサー!ケイ!こいつの相手は俺が引き受ける!つーか、これ、俺以外じゃ無理だろ!」


 ガウェインの提案にアーサーとケイがすぐに頷き合う。

 その間にトリストラムはほとんど元の状態に戻っていた。


 「ガウェイン!お前にそいつを任せる!無茶はするな!応援が必要ならすぐに呼べ」

 「へいよ!っと!!」


 またしてもドラムが身体を通り抜けるがごとく衝撃が響く。治ったトリストラムがガウェインと武器を交え合った余波がここまで伝わってくるのだ。

 あんなの普通の人間同士だったら一発で骨持ってかれるってーの……!

 がんがんと音を立て、激しく打ち合う二人の戦いを横目で見ながら佐和はアーサー達に視線を戻した。

 残りの騎士は皆、立ったままのエイボンを睨みつけている。


 「俺達はこいつだ」

 「はぁー、さすが円卓の騎士随一の力持ち、トリストラムと打ち合えるなんて。後で解体して調べたいぐらいだな」

 「戯言はそこまでだ、エイボン。大人しく投降しろ。お前を守っていたトリストラムとやらはガウェインに阻まれてお前を助けにくることなんてできん。この人数差で勝ち目があると思っているのか」

 「……はぁ、これだから嫌なんだよ」


 エイボンは両手を挙げて、苦笑した。


 「多数の方が勝利するなんて世界の法則。間違ってるだろ。それを証明、解明するのも俺の役割なのかも……なっ!」


 それまで口だけだったエイボンが遂に動いた。



      ***


 不穏な気配をまとったエイボンに全員が身構える中、ケイが横目でアーサーを制した。


 「アーサー、まだ様子見しとけよ」

 「わかっている。サワ、俺と下がれ」

 「う、うん」

 「イウェイン卿、殿下とサワ殿をお願いします」


 それまで後ろに控えていたランスロットがケイに並ぶ。


 「ケイ卿、差し出がましいかとは存じますが、相手は魔術師。しかもどのような魔術を得意とするかも不明です。ガウェイン卿があちらに係り切りならば僕もお力添えを」

 「……頭がいい奴ばっかりで助かるよ」


 どうやらケイも同じように考えていたようだ。二人が剣を持ちエイボンに歩み寄る。


 「ってことは、俺の相手は創世の魔術師に、アーサー王第一の騎士、それに加えて湖の騎士か。相手にとって不足はないねー。でも騎士って一対一とか礼節を重んじる生き物じゃなかったっけ?」

 「それは決闘を受けた時だけでねー、悪いな。もしもお望みなら申し込みの作法を教えてやろうか?」

 「止めとくわ。その瞬間に刺されそうだ」

 「ケイ、気を付けてくれ」


 二人にマーリンが合流する。

 その目が周囲をくまなく警戒しているのが佐和の位置からでもわかった。


 「普通、単純なもの以外で魔術を発動させようと思ったら呪文が必須なはずなんだ。それなのに、さっきあいつは何も唱えずに影のようになった人達を出現させた」

 「尋常じゃありませんね……僕の知る限りあれは召喚術に分類されるものだと思います。魔術の中でも手順や能力が複雑かつ高度なもののはずです」

 「成程な……」

 「さて、打ち合わせは終わったか?それじゃ、『円卓の騎士』と『創世の魔術師』それに―――『アーサー王』の御力拝見といこうか」


 エイボンが肩を竦めた途端、床のあちこちから黒い人影が現れた。

 ひ!しかもこっちにまで!


 「サワ、下がって!」


 イウェインが庇ってくれるが反対側からも人影が現れる。


 「全く……!どうやら様子見などさせてはもらえないようだな!」


 アーサーがイウェインと背中合わせで敵に向かう。その真ん中で佐和は部屋の惨状に息を飲んだ。

 あれほど広かったホールのほとんどが崩れかけた泥人形のような人影で埋め尽くされている。大きさがバラバラなところを見ると子どもまで犠牲にしたのか、それとも最早人の原型を保っていられなくなったのかすらも、もうわからない。


 「アーサー!」

 「構うな!ケイ、イウェイン、ランスロット!エイボンを倒せ!」

 「おい!俺は!?忘れられてねえ!?」

 「ガウェイン!お前は命令しなくともそのデカブツをぶっ飛ばすだろうが!!」

 「まぁな!!」


 ホール中で剣が走る。『円卓の騎士』の腕がどれほどのものか佐和はよく知っている。案の定失敗作とエイボンが評した泥人形のような人々は次々と騎士達によって切り倒されていく。

 せめてこの苦痛から一刻も早く解放してあげるのがせめてもの救いで自分達の使命だと、そう彼らの剣は語っているようだった。

 大勢の雑兵の中、一際大きな音を響かせてガウェインとトリストラムの大剣と槍が幾度となくぶつかり合うたびにホール中が震える。中にはその衝撃だけで崩れ去ってしまうものもいた。


 「おらあぁぁ!!」

 「ぐおおおおおおおおお!!!」


 ガウェインの大剣がトリストラムの槍を弾き、その胴を薙ぎ払う。トリストラムが吹っ飛んだ方角に立っていたのは涼しい顔のまま戦況を見ていたエイボンだ。


 「ぐぁあ……!」

 「最後の一人だ……!」


 アーサーが目の前のものを切り捨てるとホールは足の踏み場もないほど、泥まみれになっていた。どれだけの人を切ったのかわからない。けれど全員が肩で息をしている。


 「どうした?エイボン。これで終いか?口先の方が大した奴だったようだな」


 エイボンの背後の壁にトリストラムがめり込んでいる。さすがにあれだけやられればもう動けないはずだ。

 それに対してこちら側は息は上がっているものの、誰も怪我などしていない。どう考えても戦力差は歴然だ。

 エイボンも冷ややかな目で自身の背後に倒れているトリストラムを見つめている。その身体は先ほどのようには復元できず、ただ痙攣しているだけだ。


 「……あぁー、めんどくせぇ。でも、ま」


 エイボンが両手を上げ呆れた顔で笑う。

 その笑顔に佐和の背中に悪寒が走った。


 「まだまだ、俺の試行の歴史の重みはこんなもんじゃ済まないけど?」


 途端、先程の倍はいるであろう数の人影が現れる。それを見た皆の目に驚愕が走った。


 「さて、踊れよ、おどけろよ、アーサー王。滑稽に、さっきあんたが言った言葉をそのまま返してやるよ。人数が多い方が勝つんだろう?なら一人しかいない王を圧倒的市民が打倒する!まさに革命のファンファーレに相応しいなぁ」

 「貴様ああ!!」


 村一つどころでは済まない数の人々が騎士達に迫る。その泥まみれの表情を初めて佐和は目の当たりにした。

 苦しい。辛い。痛い。助けて。誰か。熱い。寒い。嫌だ。殺して。どこ。だれ。痛い。つらい。くるしい。やめて。もうやめてくれ。おねがいだから。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。


 「―――っ!」


 顔の半分以上が泥のように崩れ黒く変色し、手足も原型をとどめていない。それなのに微かに残ったそれぞれの目が、唇が、手が、悲鳴を上げている。

 見て……られない……っ!

 慌てて佐和は自分の口を手で押さえた。悲鳴も嗚咽も嘔吐もこの場では許されない。だけど……こんなのって……。


 「サワ!直視するな!私の背後に!」

 「……い、イウェイン……」


 イウェインが佐和から「それら」が見えないように遮って立ってくれる。けれど、そう言いながらも彼女の顔も青い。一方犠牲者を一目見た男性陣の顔は赤い。憤怒の表情というのはああいう顔の事を言うのだろう。真顔のケイ以外全員がエイボンを視線だけで刺し殺せそうなぐらい鋭く睨みつけている。


 「エイボン!貴様!」

 「おまえ!一体どれだけの人を犠牲にしたんだ!?」


 吠える王と魔術師にエイボンは先程とは打って変わって楽しそうに下卑た笑みをその唇の端に浮かべた。


 「さぁ?モルモットの数って数える?」

 「―――っ!!」

 「さぁ、改めてアーサー王。殺せ、こいつらはもう人間じゃあない。心を痛める必要はないからさ。……あぁ、でも彼らが『アルビオンの民』だった事は否定しないけどな」


 最後に付け足された一言に更に騎士達がいきり立った。




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