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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
最終部 第十三章 ティンタジェル城攻防戦
375/398

page.374

      ***



 ティンタジェル城横にそびえ立つ海沿いの崖。その岩場までは誰にも見つからずに進む事ができていた。

 遠くから雄叫びが断続的に響いて来る。正門の本隊の陽動が激しさを増し、こちらへ注意を一切向けられないようにしてくれているのが肌に直接伝わってくるようだ。


 「ここまでは順調ですね、殿下」

 「ああ、だが問題はここからだ」


 偵察の報告通り、岩場は人一人がようやく通れるような小道になっていた。しかし、ちょうど城の背面に当たる場所まで来たところで小道がふいに途切れた。


 「行き止まりだな」

 「途中、扉や入り口らしきものはありませんでしたね」


 ケイやイウェインが辺りを見渡すが、二人の言う通りここに来るまで崖に変わったところはなく、ただの一本道だった。


 「……やはり塞がれてしまっていたのか……」

 「……ちょっと退()いてくれ。アーサー」


 悔しげに壁に手をつくアーサーに、何か考え込んでいたマーリンが近づいた。ちょうどアーサーが手を突いていた辺りを入念に調べ始める。


 「何かあるのか?マーリン」

 「ここの入口を作ったのは先生……俺の育ての親だ。先生ならきっと後々の事まで考えて作る……と思う。だから一般人にはわからないように、だけど、何かあれば使えるようにしてあるんじゃないかって……あった、これだ」


 マーリンが崖の傍の小さな岩から一歩離れた。ぱっと見、他の岩と何も変わらないが、よく見てみるとやけに傷だらけだ。

 マーリンがローブから小さくしていた創世の杖を取り出し、元の大きさに戻す。そして杖の下部分をまるで鉛筆のように使って、傷跡を丁寧になぞり出した。


 「ベァナカサーンコスタ・ファルブリオングロード・ドゥンタドラス・オスケイルオスケイール」


 呪文に呼応するようにマーリンが傷跡を杖でなぞると、触れた部分が青く光り出し、線を描いて行く。傷跡を全て一筆書きでなぞった途端、目の前の崖が地響きを立て、揺れ始めた。


 「うお!?」


 慌てて皆下がる。崖だと思っていた壁がへこみ、大きな岩の扉となって引きずられるように横にスライドしていく。まさしく魔法の扉だ。

 ごとんと一際大きく何かが落ちるような音がすると完全に崖に空洞が生まれた。暗くてよく見えないが、確かに先に通路が続いている。


 「……本当だったか」


 アーサーの神妙な声に緊張が張り詰める。

 暗いその穴はまるで冥府への入り口のように冷たく風を吸い込んでいて、音がしない。ただぽっかりと空いてしまった暗闇そのもののようだ。


 「……よし、行くぞ」


 生唾を飲んだ騎士達に声をかけ、アーサーが一歩踏み出した途端―――ケイがアーサーの後ろ襟を引っ掴んで止めた。


 「はーい、ストーップ」

 「ぐぇ!!な、何をするんだ!?ケイ!!」


 結果首を絞められたアーサーが()せる。それにも関わらずケイは笑ったままアーサーを入口から遠ざけた。


 「あのなー、いくら何でもアーサーが一番に入るってのは無しだろー?」

 「何を言う。俺が先頭を切らなくてどうする」


 確かにそうかもしれない。組織やグループのリーダーというのは、誰よりも率先して動く役割だし、実際そういうタイプの人が上に立つことが多い。

 だけど……今回の場合は……


 「確かに、自分だけ安全地帯から指示を飛ばすだけの王なら俺もどうかと思う。だけど、今回はそうじゃない。アーサー、今回の戦い。お前は先頭を歩くべきじゃない」


 珍しいケイの真剣な声色に()せていたアーサーが落ち着きを取り戻し、ケイの顔を見返した。


 「何を言っている。これは―――俺が招いた戦いと言っても過言ではない。相手の狙いは俺とマーリンの命だ。それに国民を巻き込んでいる。なら俺が一番に戦わずして誰が戦う?」

 「……気持ちはわかってるつもりだ。けどな、だからこそ、堪えろ」


 ケイはようやく掴んでいたアーサーの襟首から手を離した。


 「いいか、アーサー。お前の言った通りだ。今回の戦いは普通の(いくさ)とは違う。アルビオンだけじゃない。この世界全部の命運を賭けた一戦だ。そして、その勝敗を決するのはアーサー、マーリンお前達二人だ」

 「俺たち……」

 「二人……」


 マーリンとアーサーがケイの言葉をそのまま口にした。


 「そうだ。相手の……インキュバスの狙いはお前達二人を殺す事。お前達二人を殺して、新しい時代の到来を阻止する事。そうなんだろ?」


 ケイや、ここにいる円卓のメンバーには、佐和が異世界から来た存在という事以外のほとんどの事情を、来るまでの間に伝えてあった。インキュバスはアーサーを殺害し、新たな時代の到来、本来訪れるはずの正しき未来と運命を破壊しようとしているという事。そしてマーリンの体を奪い、自身を永遠の存在として『こちら側』に留める器にする事だと。


 「……ケイの言う通りだ」

 「だとすれば、アーサー。やっぱりお前は先頭を歩いちゃ駄目だ」


 頷いたマーリンと違って、まだアーサーは不服そうにしている。その顔を見たケイが珍しく眉を潜めて強く、アーサーに進言した。


 「いいか、この戦いはチェスと同じだ。(キング)を取られれば、どれだけ兵士(ルーク)騎士(ナイト)が生きていたって負けなんだ。だからこそ、お前は今回耐えなくちゃならない。例えどんなに自分が最前線に出たくても、危険を犯して仲間を守りたいと思っても、一番に考えなきゃならないのはお前自身の命だ。だから、俺達の内の誰かが万が一危機に陥っても、自分の命を犠牲にして助けたりするのは禁止だ。……お前が死ぬことは『許されない』んだ」


 ケイの言う通りだ。

 マーリンが倒されれば、インキュバスは新たな器と更なる力を手に入れる。

 そしてアーサーが殺されれば、アルビオンは……いやこちらの世界は全てが『あちら側』へと還る。そうなれば全てが終わりだ。

 アーサーが不服だと感じいているのが痛いほど伝わって来る。誰よりも人を守りたいと思っているアーサーに、他人ではなく自分の身を第一に守れという事は、難しい上に、本人にとっても耐えがたい事に違いない。

 だけど、アーサー本人もきっとケイの言ってる事が正しいってわかってるんだろうな……。

 その証拠にアーサーはケイに噛みつきもせず、唇を噛みしめ、拳をただ強く握りしめているだけだ。

 イウェインも、ランスロットも、ガウェインもケイの意見に頷く。その表情に宿る覚悟は宝石のように堅い。既にこの場にいる円卓の騎士全員が同じ考えを共有しているのだ。

 ―――例え、自分達の内、誰かが命を落としたとしても、(アーサー)だけは、なんとしても守り抜かなければならないと。

 円卓の騎士達の覚悟を決めた引き締まった表情に、アーサーが反論しかけた口を閉じた。悔しげに、俯いた表情から一変、凜としたその顔は―――人の上に立つ立場(ひと)の表情だった。


 「……わかった、よろしく頼む」


 アーサーの言葉にケイが大げさに溜息をつき、やれやれと言わんばかりに両手をあげて降参ポーズを取る。


 「言い方怖いって、別に戦うなって言ってるわけじゃないんだからさ」

 「……なら、どうしろと言うんだ?」

 「そう膨れるなよー、ほい。ちょっと皆、潜入前に集合ー」


 これから敵陣の真っ只中に突入する前とは思えないほど軽いノリでケイが皆を手招きする。円陣を組み、互いに顔を見合わせた。


 「何を話すつもりだ?」

 「イウェイン、良いしっつもーん。これから隊列を決めまーす」

 「隊列?」

 「そ、ここから目視できる限りでも、通路は人一人が通って少し余裕があるくらい。二人並んで歩くのはきつい幅だ。一本道に見えるからしばらく横からの急襲は無いとは思うけど、ここから先はアーサーが最初に言った通り、何が起こるかわからない。だから、その時々に最善の対応が取れるように隊列を決めて進むべきだ」


 態度は普段と変わらないが、ケイの言葉には説得力がある。

 っていうかケイって、普段おちゃらけてるだけで、本当はすごく思慮深いもんね……。

 アーサーの義兄弟でもあり、第一の騎士。

 彼の神髄は剣の腕前もさることながら、恐らく、情報収集能力の高さと交渉の巧さ。何より、円卓の騎士の中では一番の策略家であるその賢さがケイ本来の力なのだろう。

 ケイがアーサーの顔を一度見た。それにアーサーが頷く。


 「お前の考えを聞かせてくれ、ケイ」

 「……おっけー。俺が考える最善の隊列はこうだ。最前を歩くのはガウェイン、お前だ」

 「おっ?俺かー!よっしゃあ!」

 「理由をお伺いしてもいいですか?どうしてマーリン殿ではなく、ガウェイン卿が先頭なのでしょうか?」

 「ランスロット、確かに相手は魔術師だ。行く先にどんな罠を仕掛けてるのか予測がつかない。だからこそ、この中で一番反射神経が良いガウェインに先頭を切ってもらう。夜目も視力も効くしな。それにこいつなら多少の攻撃ぐらい受けたとしても怯まないから次の手を打てる」

 「盾代わりかよー」


 言われた当人は笑っている。が、逆にそれが頼もしい。


 「次にマーリン、二番手を頼みたい。俺たちには魔術の事は全くわからない。できるならガウェインが危険な目に遭う前に感知できれば最高だ。それに初撃をガウェインが防げば、すぐにマーリンが魔術で応戦できるだろ?」

 「わかった。感知もある程度の範囲ならできる。だけど、恐らくインキュバス達の魔術はかなり巧妙だから、気付いたとしても攻撃と警告は同時ぐらいかもしれない」

 「だから俺なんだろ?ケイ。俺ならマーリンが叫んだ瞬間に適当に動っけからなー」

 「その通り。それにガウェインのガラティーンは防御範囲も広い」


 確かにガウェインが背負っている大剣なら大抵の攻撃の盾代わりになるだろうし、突然の攻撃に怯むような性格でもない。


 「マーリンの次に俺が歩く。戦況を見て、指示を飛ばす。アーサーは俺の後ろだ」

 「……わかった。今回の指揮はお前に一任する」


 アーサーが渋々の体で頷く。ケイの作戦や自分が指揮を執れない事が不満なのではなく、ただ単に自ら暴れられない事をまだ拗ねているようだ。膨れた顔に笑いそうになる。

 もう……これはアーサーを守るための戦いなんだから……仕方ないのに……。

 変なところでほんとに子どもっぽいんだから。


 「で、続いてサワーがアーサーの後ろ」

 「え!?私がアーサーの後ろでいいの!?」


 アーサーを一番に守らなければならないなら、前後は騎士で守り固めるべきではないのか。

 思わず叫んだ佐和にケイが笑う。


 「サワーの役割はアーサーの暴走を体を張って止める事な。それからその鞄の中身を使うならこの位置が適切だろ?」


 確かに、アーサーの命優先の佐和には最も適した役かもしれないが……

 ケイの言葉の後半部分に他のみんなが首を傾げて佐和が背負ってきた鞄を見つめている。その視線が妙に居心地が悪い。

 ……本当にケイって、一体どこまで知ってんだか……。ちょっと気持ち悪っ……。

 誰にも言ったつもりはなかったが、佐和は疑問符を浮かべる皆に鞄を下ろして中身を開いて見せた。


 「……マーリンがもしかしたら治癒魔術を使えるようにならないで戻って来るかもしれないって不安に思って、ラグネルに魔術寄りの薬草の知識と応急手当の方法をこの数日でたたき込んでもらったの」


 佐和が用意してきた鞄の中には薬草をすぐに使える状態にしたものと包帯や綺麗な水などが入っている。万が一の場合を考えて、疫病の対策薬が見つかってから空いた時間、ラグネルに頼み込んで教えてもらっていたのだ。


 「お前……いつの間にそんな事……」

 「サワ……すごい」


 何でアーサーやマーリンが驚くんだか……。

 それがなんだかおかしくて笑ってしまう。不眠不休の勢いで動いているなんて、アーサーは全く気付かなかったらしい。でもそれはおあいこだ。

 アーサーだって人の事言えないくせに……驚くなんて。

 呆れかえるアーサーの横で、イウェインは単純に「サワ……!」と感動してくれている。

 そっちは悪い気はしない。

 佐和の白状に不敵に微笑んだケイが話を戻した。


 「手当をするなら最も安全が確保できる位置で、だ。そうなると必然的にアーサーの側になる。誰かが怪我をしたらサワーが手当。その間、戦闘を続けなきゃならないようならアーサー、お前がサワー達を守れよ」

 「わかった、わかった」


 ようやく役割を与えられたものの、思いっきりご機嫌取りのようなとってつけた役割にアーサーが軽く手を振って答える。


 「で、残りだけど、サワーの後ろにイウェイン、続いて最後尾にランスロットだ。イウェインはサワー、アーサー二人となるべく距離を空けないように。二人の護衛に徹底。逆にランスロットは少しイウェインとは離れぎみに背後からの奇襲を警戒してくれ。話に聞くところに寄ると、ランスロットは魔術は使えなくても、魔術の悪意みたいなものは感じ取れるんだろ?」

 「はい、ケイ殿のおっしゃる通りです。余程殺気を殺されない限り魔術を発動させようとした瞬間には悪意に気付くと思います」

 「私が最期の砦か……わかった」


 見事、全員の個性を活かしきった隊列があっという間に決まる。

 ケイはわざわざ口にしなかったが、隊列の真ん中というのは最も安全な場所だ。そこにアーサーや足手まとい兼手当係の佐和を配置するのは理に適っているし、アーサーの前後をケイとイウェインで固めたのは、このメンバーの中でケイがアーサーの次に連携を取りやすいのがイウェインだからだろう。

 ガウェインは連携するようなタイプではないし、マーリンやランスロットの力は知って日が浅い。それにガウェインやマーリン、ケイが零す敵なら恐らくスピードに長けている。それに同じくスピードに長けたイウェインをぶつけるのは合理的だ。

 ……本当に、本気になればすごいのになぁ……。

 他のメンバーも異存は無いようで、素直に頷く。それを確認したケイが改めてアーサーを見た。


 「……っと、こんな感じでどうですか?我が君ー?」

 「ふざけた呼び方をするな。お前の立てた渾身の作戦に異論があるわけないだろ」


 組んでいた腕を解き、アーサーのその手が腰の聖剣に触れた。


 「……いいか、我々円卓の騎士の目的は二つ。一つはゴルロイス公の姿を借りたインキュバスを聖剣で滅し、キャメロットに蔓延する疫病を止める事。次に魔女モルガン、魔術師エイボン……国賊イグレーヌの捕縛、及び……やむなき場合は打倒だ」


 アーサー……。

 アーサーの顔色は変わらない。それでも心の中で同じようにきっぱりとイグレーヌの事を割り切れているとは佐和には思えなかった。

 けれど、今更大丈夫?なんて聞けないし、聞いても意味が無い。

 インキュバス達に勝たなければ、キャメロットに明日(あす)は無い。そして、佐和の悲願も叶わない。

 やるしか……ないんだ。


 「よし、全員準備はいいな?―――行くぞ!」


 アーサーのかけ声と共に、ガウェインを先頭に円卓の騎士がティンタジェル城の隠し通路へと足を踏み入れた。




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