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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 アーサー王と円卓の騎士と、
373/398

page.372

       ***



 円卓の騎士。

 佐和でさえ聞いたことのある有名なアーサー王の騎士達。

 これが……この世界の円卓の騎士……。

 なんて誇らしい、輝かしい人達だろう。互いが互いを見つめ、頷き合い、信頼を確認し合っている。

 その中には、この国で差別すべきとされてきた魔術師の姿もある。だが、円卓の騎士達はアーサーとランスロット以外初耳であろうにも関わらず、マーリンを訝しげな目で見たり、嫌悪する様子は全く無い。


「つーか、マーリンって魔術師だったのか!?すっげーびっくりしたわ!え?びっくりしたの俺だけ?」

「私も驚いてはいるが……マーリン殿が魔術師と聞いて、驚くよりもどこか納得してしまった。北部の防衛戦でも不思議なことが起きていたし、それを解決してくれていたのがマーリン殿なら納得がいく」

「実は僕はアヴァロンの湖に同行した際にお伺いしていたので」

「え!?じゃあぜんっぜん気付いてなかったのって俺だけ!?」

「安心しろってー、ガウェイン。アーサーもつい最近まで全く気付いてなかったから~」

「ケイ!余計な事は言うな!!」


 驚くガウェインに、納得しているイウェイン、苦笑するランスロットにアーサーをからかうケイ。反応はバラバラ。でも、誰もマーリンを円卓の騎士に迎えいれることには反対しなかった。

 ほんとにすごいや……。

 この感動をこの胸を締め付ける光景を、喜ぶ気持ちを的確に表すことができない自分の語彙力の無さが憎いぐらい。

 全ての騎士の中心で輪になるその姿を佐和は涙を拭ってもう一度目に焼き付ける。


「……ったく、いいか!改めて、エクター領内までは全部隊、私が指揮を採る!ティンタジェル城のあるゴルロイスの元領地コーンウォール手前で部隊を分ける!そこからはエクター卿及び、各部隊を指揮する騎士達で状況判断を的確に行ってくれ!私はこの五人……円卓の騎士と共にティンタジェル城からは見えぬよう侵入経路へと接近する!出発は一時間後だ!各自準備にとりかかれ!」


 「はっ!」と会議室が揺れるようなはっきりとした返事が返ってくる。続々と敬礼した騎士が会議室を忙しなく後にしていくが、その背は皆、力に満ち溢れている。

 その背を見送ってから、佐和もこっそり円卓に近寄った。次々と会議室から騎士達が出て行く中、マーリンがみんなの前で改まった。


「なんだ?マーリン、何かあるのか?」

「これを」


 マーリンはずっと片手に持っていたトランクケースを円卓の上に置いた。見た目通りずっしりと重そうな音がする。

 厳重に取り付けられていたトランクの金具をマーリンが丁寧に外し、中身を他の5人に見せた。

 トランクの中には丁寧に折り畳まれた服が入っている。一番上に置いてあるのは佐和の中で騎士といえばこれ、と小説の表紙から想像するような深紅の騎士ジャケットだ。金のボタンに、裾は黄色の刺繍。荘厳な見た目の服なのに不思議と派手な感じがしない。


「何だ?これは」

「ヘトが……ヘーベトロットっていう妖精の血を引いた子が夜なべして作ってくれた戦闘服だ。普通の鎧なんかより軽いし、ある程度魔術のダメージを防いでくれる。人数分ある」

「まるで予言者だなー、数までぴったり」


 ケイの言う通り、トランクの中には円卓の騎士のメンバー分ぴったりの数の服が用意されていた。


「それに一人一人違うんだ。はい」


 マーリンがそれぞれ服を手渡していく。まだ畳まれた状態なのでよくわからないけれど、確かに作りがそれぞれ違う。


「鎧よりも優れているというのは本当だろうな?」

「うん、鎖帷子(くさりかたびら)なんかよりよっぽど軽いし、丈夫」

「……わかった。各自この服に着替えて支度を整え次第、正門前で合流だ」


 アーサーの号令に皆頷き、会議室を後にする。ヘトの作ってくれた服に着替えて最後の支度を済ますのだろう。


「それから、サワにはこれ」

「私?」


 マーリンが円卓に近寄っていた佐和を手招きする。もうほとんど会議室に騎士は残っていないので遠慮なくマーリンに近付いた。マーリンが佐和に手渡してきたのは、ムルジンの家に置いてきてしまっていた海音のコートだ。


「あ!これっ……!」


 すぐにマーリンから上着を受け取る。確かな重み。腕に載せたそれに、ようやく安心できたような気がした。


「ありがと、マーリン。わざわざ持ってきてくれたんだね」

「いや……ヘトに、サワの分の防護服は作ってくれないのか聞いたら『サワにはそっちの方がいい』って言われて……」


 ……ヘト……。

 佐和は手にしたコートにもう一度目を落とした。

 これは、湖の乙女の衣装。本来なら私みたいな人間が袖を通す機会なんて無いはずの物。

 だからこそ、これさえ着ていれば代役であれるような気がした。海音のようにうまくやれるかもしれないとおまじないのように言い聞かせていた。まるで戦闘もののヒーローのように。これさえ身に着けてれば……って。

 受け取ったコートを持ったまま、佐和はいつの間にか会議室に唯一残ったままでいるマーリンと―――それからアーサーの顔を見た。

 私がやってきたことはただ、この二人を見守ることだけだった。それでもこの二人は前へ前へ進んで行ってくれた。

 そしてマーリンは生まれて初めて……佐和の事を好きになってくれた。誰かに思いを募らせてもらえることがこんなにも幸せでくすぐったいことだなんんて、きっとマーリンがいなかったら私は知らないまま人生を終えてたのかもしれない。

 でも、それは本当は海音が手に入れるはずだった幸せ。マーリンは私が傍にいたことに、味方でいたことに喜んでくれた。特別だと思ってくれた。救われたと言ってくれた。だけど気付いてた。本当は海音がマーリンの傍にいるはずだったんだって。海音がただ見ていただけの私とは違う方法でもっとマーリンを幸せにしたはずなんだって。だからマーリンの気持ち自体は嬉しかったけど、心に空いた穴は埋まらなかった。

 あぁ……やっぱ『私』じゃなきゃダメだったことなんて何一つ無いんだって。

 『私』だったから、『私』がいてくれたからと思ってもらえることなんて結局こっちの世界でも無いんだって。

 それはわかりきってたはずのことだったのに。覚悟していたはずのことだったのに。

 いつの間にか、みんなのことが大好きになって欲張りになってた。

 だから余計寂しかったし、悔しかった。向こうの世界とこっちの世界。結局私は変わらないし変えられない。

 

 心の底から『私』じゃなきゃ駄目だって想ってくれる人なんていなかったんだって。そう諦めようとしてたのに……。


 アーサーは私に海音の代わりでも無い。湖の乙女としてでも無い。脇役でも無い。確かにここにいる意味をくれた。

 『私』と一緒だったからこそ生まれた言葉で騎士を兵を奮い立たせた。その偉業の言葉の根底に佐和(わたし)がいると叫んでくれた。

 ……だから本当はこれをもう着たく無い。私は……『私』で頑張りたい。代役でも脇役でも無い。みんなの仲間の佐和としていたい。

 だけど……


 静謐(せいひつ)な洞窟の泉に揺蕩(たゆた)う海音の姿が目に浮かぶ。

 瞼を一度閉じて深呼吸を一つした。


 ……今、大切なのは私の気持ちじゃない。最初の決意を忘れちゃいけない。だから―――佐和は海音の上着に袖を通した。

 ありがとう、アーサー。私に、他の誰でも無い『私』がここに来た意味をくれて。

 それでも、佐和は『代役』として『傍観者』でなければならない。


 海音は佐和のせいで死んだ。その過去は変えられない。それなのに佐和はそれを変えなければならない。

 だから―――私は最後まで、湖の乙女の代行者でなきゃ、ダメだ。

 そんな奇跡を起こせるのはきっと『佐和』ではない。『湖の乙女』のはずだから。最後まで演じきらなきゃいけない。

 それに佐和に直接的な魔術は効かないのだから、わざわざヘトの手を煩わせて防護服を作ってもらう意味は薄い。


「……うん、私はこれがいい」


 羽織ったコートを抱きしめる。その姿にマーリンが安心しているのを見て、これで良かったと心から思った。


「話は終わったか?俺たちも部屋に戻って身仕度を整えるぞ」


 マーリンと佐和の会話を大人しく待っていたアーサーが歩き出す。

 部屋に戻って、アーサーの最後の準備をするために。


「それにしてもお前、本当にぎりぎりだったが、まさか演出とかじゃないだろうな。そうだったら怒るぞ」

「そんなわけ無いだろ。本当に大変だったんだからな」

「なら、さぞかし立派になってるんだろうなー?」

「そういうお前こそエクスカリバーちゃんと扱えるのか?」

「さっき抜くところを見ただろうが!」


 今までと変わらない。いや見えなかった壁が無くなって遠慮なく小突きあうアーサーとマーリンの後ろを笑いながら佐和は付いて行く。

 もう少し。

 もう少しだけ、

 待っててね、海音。


 きっともう、代役の幕間話は終幕するだろうから―――



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