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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 アーサー王と円卓の騎士と、
370/398

page.369

       ***



 突然の王子の従者の登場に、会議室は驚愕のあまり時が止まったようだった。

 マーリンの登場に喜んだり、笑ったりしているのはアーサーの騎士達と佐和だけだ。

 マーリン……!良かった、間に合った……!

 マーリンは大勢の騎士達の視線を全く気にも止めず、部屋の中央に置かれた円卓に向かって真っ直ぐ進み、アーサーの向かいに立った。


「本当に待たせやがって」

「いいだろ、間に合ったんだから」


 たった数日会わなかっただけなのに堂々とした佇まいのせいか、マーリンが妙に大人びて見える。

 ムルジンさんの修行が終わったんだ……!

 喜ぶ佐和と違い、大勢の騎士達は突然の来訪者、しかも王子の単なる従者であるはずの青年が主人であるアーサーに向かって生意気な口を効いているという事態に、頭が真っ白になっているようだった。

 しかし戸惑っていたのはほんの一瞬のことで、すぐにマーリンの姿を見た騎士の中から金切り声が上がった。


「ま、魔術師だ!!」


 途端、会議室に動揺と緊張が走り抜ける。そこにいたほとんどの騎士が反射で腰にある剣の柄に手を伸ばした。


「何故キャメロットに再び魔術師が!!」

「どういうことだ!お前殿下の従者ではなかったのか!?」

「まさか殿下を裏切っていたのか!?」


 様々な怒号を受けてもマーリンは普段と変わらない無表情で立っている。その時、嵐のような罵倒の内から一際甲高い声が喚いた。


「やはり殿下は魔術の申し子だったではないか!!」


 不快な、しかし聞き慣れてしまった避難の声を浴びせてきたのは案の定カンペネットだ。もはや以前のような整然とした様子はなく、反乱狂に喚き散らし、マーリンを指さしている。


「最初から殿下は魔術師と手を組んでいた!そいつが証拠に他ならない!!こんな……!こんなことを陛下がもしご存命であれば許されるはずが無い!!殿下!あなたこそ、この国に災厄をもたらした元凶なのではないですか!?……聞けば、ゴルロイス公が狙っているのはあなたの命!だとすれば……だとすれば!被害者を最低限にし、キャメロットを疫病の魔の手から守る簡単な方法があるではないか!!」

「カンペネット卿!!口が過ぎるぞ!!」


 珍しく声を荒げ、エクター卿がカンペネットを(たしな)める。しかし、カンペネットの罵倒は止まらない。


「何を言っている!エクター卿!陛下の右腕と呼ばれたあなたがそのような体たらくだから王宮に魔術師を招き入れることになんてなったのですぞ!!聞けば、あの従者を雇ったのはあなたの息子だ!これは陰謀だ!!陛下の死も殿下の」


 何言い出すんだあのクソ野郎っ……!

 佐和が次にカンペネットが口にしようとした言葉に苛立ちを覚えた瞬間、マーリンが持っていた杖で床を軽く突いた。

 まるで水滴が落ちたように波紋が広がる。杖の先の蒼い宝石が瞬いた刹那、突風に乗ってダイヤモンドダストが会議室を吹き抜けた。痛くも痒くも寒くも無い。だが、そのあまりに幻想的な光景に全員が声を失った。

 ……綺麗。

 吹き抜けた蒼い小さな結晶が今度は天井からゆっくりと降り注ぐ。手の平で受け止めると淡い光になって溶けて消えた。

 光の……雪?


「カンペネット卿」


 マーリンの魔術に圧倒され、静まりかえった部屋にアーサーの明瞭な声が響く。


「本当にマーリンがインキュバスの手先であれば、(さき)の瞬間にここにいた者は(みな)死んでいたはずだが?」


 アーサーが薄く笑って放ったこの言葉に、カンペネットの顔が一気に青ざめた。

 もしもこれが幻想的な光を見せる魔術ではなく、首を切り落とす風の魔術だったなら、この部屋に集まった騎士の首は―――今頃全て地に転がっている。


「しかし、殿下!毒という可能性も!」

「それならばマーリン本人も浴びているのはおかしいだろう」


 マーリンも平然と降り注ぐ青い光の雪を浴びている。勿論他の騎士も、佐和もだ。


「こいつには効かないに決まっている!魔術師だぞ!我らとは違う!!」

「どこが違う?」

「は?」

「どこが違うと思うのだ?カンペネット卿」


 アーサーの問いかけはただ静かで、日常会話と同じ穏やかさで発されている。しかし、問いかけられた側のカンペネットは勢いよく「それは!」と言っただけで後に言葉が続かない。

 泳いでいた嫌らしい目がマーリンを捉え、隅から隅までつぶさに観察し粗を探している。その内、何かひらめいたのだろう。カンペネットの声が弾んだ。


「魔術を使えます!王宮に反抗します!人を殺し、陛下を殺した!!こいつらは……化け物だ!!」


 カンペネットの答えに納得している者、眉を潜める者、表情を変えぬ者、明らかに不快感を表す者。様々な反応の中心で、アーサーはやはり穏やかなまま質問に質問で答えた。


「では、剣術を扱え、敵国に反抗し、人を殺す我ら騎士も化け物か?」

「……き、騎士と魔術師とでは全然違う!」

「魔術と剣術、どちらも敵に対抗する(すべ)であり、相手を殺すものだ。根本的な違いがそこにあるのか?」


 ぐっとカンペネットが言葉に詰まった。

 アーサーの言う通り、魔術師はただそういった才能があるだけ。(すべ)を持っているだけの人達だ。

 簡単に言い換えれば足が速い人や計算が得意な人、剣術が得意な人がいるように、魔術を使う才能があるというだけのただの人間なのだ。


「違いなどあるものか。第一、陛下を殺したのは魔術師ではない。元王妃イグレーヌだ」


 はっきりと断言されて戸惑う騎士達を見渡し、アーサーは声を張り上げた。


「皆、聞いてほしい。古くから王宮に仕え、過去の真実を知る者もこの中にはいるだろうが、かつてこのアルビオン王国が平和になり、国として一つにまとまることができたのは父上―――ウーサー・ペンドラゴンの力だけでは無い。父には史上最強の魔術師が味方していた。聖剣カリバーンを創ったのもその魔術師だ」


 若い騎士は初めて聞く話に動揺し、古参の騎士は辛酸を舐めたような顔で俯く。

 多分、昔からウーサーに仕えていた騎士達は真実を知っているに違いない。かつて共に戦った魔術師ブレイズの存在を。彼女がウーサーにどれだけ貢献していたのかを。

 そして何より……彼女もまた、普通の人間と何も変わらなかったことを。


「しかし、その魔術師は誰よりも父を…………いや、父の味方だった。それなのに、ゴルロイスの一件で父はその魔術師を裏切った。だからその者は父の元を去った。……私が虚偽の話をしていると思う者もいるかも知れないが、私以外にもここにいて真実を知っていながら口を閉ざしてきた者も少なくは無いはずだ。そして私はそれを咎める気は無い」


 ようやく俯いていた古参の騎士達が安心してゆっくりと顔を上げた。―――それこそが、アーサーの言葉の真実性の証明に他ならないとは気付かずに。

 一連の老齢の騎士達の動作や表情で、新鋭の騎士達は言わずとも察したようだった。

 どちらの言っていることが真実で、どちらが偽りなのか。


「父はゴルロイス公を討ったことにより、皆から批判された。当たり前の話だ。この件に関しては当時父を諫めた皆が正しかったと私も思う。だが、そこから父は変わり、魔術師を差別し徹底的に排除するよう命じた。実際に魔術を悪用し、王国に害を成そうとしていた魔術師もいた。それは間違いない。しかし、ただ魔術を使えるというだけで、普通の暮らしを送るつもりだっただけの無実の魔術師もまた、処刑された者の中に大勢いたのだ」


 皆、バツが悪そうに顔を背けている。

 ここにいる騎士のほとんどが魔術師狩りを経験していると言っても過言では無い。それほどまでにウーサーの治世において魔術師の弾圧は明確に設立されたルールだった。


「……私もまた、自分の生まれ故に魔術師を恨んだ。憎むべき相手だと思っていた。しかし真相はどうだ?先に裏切ったのはどちらだ?いや。どちらが先かどうかなど最早関係無い。だが、今回のインキュバスはそういった我らの傲慢さ、与えてしまった恐怖、買った怨みが力を持ち、国を滅ぼそうとしているのだ」

「だとすれば、やはり魔術師のせいでは……?」

「そうでは無い。なら貴殿達は逆の立場だったらどう思う?魔術師が創った王国にもし我ら騎士が住んでいて、例え家族を守ろうと振るった剣でさえ凶器を扱う野蛮人扱いされ刑に処されたとしたら、魔術師達を怨まずにいられるか?」


 ―――アーサーの質問に答える人は誰もいなかった。

 それは考えることを諦めている沈黙なのか。反論が出てこないのか。どちらの沈黙なのかは佐和にもわからない。


「……私達は、常に弱きを助け、強きを(くじ)く騎士だ。しかし、『魔術を使う』たったそれだけで、未知の技術を恐れ、根本的に同じ人であるはずの魔術師を悪と決めつけて一方的に弾圧してしまった。それは……騎士道に反した行いだ。魔術師であろうと騎士であろうと貴族であろうと農民であろうと商人であろうと、アルビオンの民を守る。それが我ら騎士の務めではなかったのか……!?その剣は畏怖する者を斬るために磨き上げたものか?違うだろう!その誇り高き剣は、愛し守るべき者達を護るために掲げた剣だ!」


 アーサーが聖剣エクスカリバ-の柄に手をかけた。


「そう思える者こそがこの円卓に座る資格を持つ者!影で私を支え続けてくれた従者―――これから共にインキュバスに立ち向かう友、マーリンを魔術師という肩書きだけで侮辱する者に円卓に座す資格は無い!それが第二の条件だ!それを理解した上で改めて潜入部隊へ志願する者は前へ!」


 マーリンが一歩、アーサーの向かいの円卓の席にさらに近づく。そしてアーサーもまた円卓へと足を進めた。

 アーサーの宣言。魔術師マーリンの登場。

 会議室は完全に沈黙した。誰も、動こうとはしない。空気はまとわりつくように重く、張り詰めている。

 そんな中、聞き慣れた大声が人垣を割った。


「ほい、ちょっくらごめんよっと!」


 騎士達の集団から窮屈そうに出てきたのは、ガウェインだ。その姿に、俯いて誰とも視線を合わせないようにしていた騎士達の目が全て向いた。

 前に進み出たガウェインは、あっさりアーサーの右手の席の椅子を引いた。その途端、どっと騎士達に動揺が走る。


「ガウェイン」

「ま、俺はアーサーの騎士の中でも一番勇敢な騎士であれと言われてるもんでね!いっち番のりー!!って!おい!ケイ!お前いつの間に座ってたんだよっ!?」


 ガウェインがどさっと円卓に座ったその向かい側、アーサーの左手の席にいつの間にかちゃっかりケイが腰掛けている。


「はっはー、残念だったなー、ガウェイン?一番乗りは俺だったー」

「くそぉー!やられたー!」


 会議室の重苦しい空気を全く気にする事無く笑う二人に、アーサーが顔を綻ばせる。


「……ケイ」

「……殿下一番の騎士として、最も篤い忠誠を」


 喜びを滲ませたアーサーの声にケイが胸に手を当て、真剣な表情でアーサーを見上げた。


「い……いちいち格好つけるなっ!」


 そんなケイの真顔の言葉に真っ赤になりながら騎士の人混みをかき分けて、今度はイウェインが前に進み出て来る。イウェインは円卓までやって来るとアーサーに向けて正式な騎士の礼を取った。


「イウェイン・アストラト。殿下第三の騎士として、必ずや殿下のお背中を御守りいたします」

「ありがとう、イウェイン」

「いえ」


 アーサーの謝辞に照れながら、イウェインがケイの横の席に座る。「あれ?わざわざ俺の隣?」とからかわれ「ここが一番近かったんだから仕方ないだろうがっ!!」と真っ赤な顔で反論しているのが可愛い。

 他の騎士達は、とてもこれから死地に向かうとは思えない様子の若きアーサーの騎士達の即決に呆気に取られているようだ。

 誰もが口を開けたまま呆けていると、続いてランスロットがゆったりと一歩前に足を踏み出す。


「……勿論、私もです、殿下。お供させていただけますか?」

「構わない、よろしく頼む。ランスロット」

「ありがとうございます」


 丁寧にお辞儀したランスロットはガウェインの横に腰掛けた。それを見てガウェインが嬉しそうにランスロットの首根っこに腕を回す。

 老齢の騎士達は皆、円卓に座った騎士達を見てまだ呆然としている。

 とても国の命運、いや世界の命運をかけた戦いに臨むには若すぎる騎士達。しかし、それを遮ってまで椅子に座ろうとする者はいない。

 ……ここにいる騎士達は皆知ってる。実際、前回のゴルロイス襲撃の時に、まともに魔術に対抗できた騎士は彼らぐらいしかいなかった事を。


「後、一人ですな」


 円卓の席は残り一つ。アーサーの真正面の椅子だけが空のままだ。しかし、壁際の騎士達の中に手を挙げて、自ら前へ進み出ようとする者はいない。

 エクター卿が人数を確認してから、一歩アーサーに歩み寄った。


「殿下、恐れながら、もしよろしければこの老体を」

「エクター卿、私も貴殿と共に行きたい気持ちは山々なのだが、貴殿には本隊の指揮を一任したい」

「ならば私が!!」


 大声を張り上げたのはボール卿だ。それにもアーサーは苦笑する。


「ボール卿。貴殿抜きで先行部隊は成り立たない。気持ちだけ有り難く受け取らせてくれ」

「では、私が」

「ボードウィン卿、貴殿には城の防衛指揮と引き続き疫病患者の対策を。城をがら空きにするわけにはいかないからな。三人とも信頼しているからこそ、潜入部隊に組み込む事はできないんだ。わかってくれ」


 三人とも拒絶されたことに多少なりともショックを受けたようだったが、アーサーの最後の言葉でみるみる瞳に力を取り戻した。

 確かに……ウーサーの頃から仕えてる騎士で、信頼できる騎士ってこの三人が筆頭だもんね……。

 下手に反アーサー派の騎士に城を任せたりしたら、それこそ留守の間に玉座を奪われかねないし、本部隊の指揮を任せればアーサーを見殺しにするかもしれない。

 だとすれば、あと1人足りない騎士。その人物をアーサーは一体どうするつもりなのだろう?

 何にも考えないで六人って言ったとは思えないんだよなぁー……。なら……アーサーがあの席に座るのを望んでいるのは……

 アーサーの考えを読もうとして騎士の間からアーサーの姿を覗いた佐和の視線とアーサーの視線が重なる。

 その瞬間、心臓を掴まれたような気がした。


 何で……私を見るの?


 何で、そんな目で私をまっすぐ見るの?


 ……いや、本当はわかっている。アーサーが何を言いたいのか。

 ……もしかして……私を呼んでるの……?

 見たことの無いアーサーの穏やかで、でもとても頼もしい微笑。そんなアーサーの瞳から目を反らすことができず、固まってしまう。


「おい!他に誰かいねぇのかよ!我こそはって骨があるヤツ!!」


 ボール卿の怒鳴り声に皆バツが悪そうに視線を落とした。

 それもそうだ。ここにいる残りのほとんどの人は無抵抗の魔術師を斬り殺して来たウーサーの騎士達。そして大半は次の玉座を狙う野心家達だ。

 下手に潜入部隊に入れば、例え無事生きて戻れたとしてもアーサーの治世になることが決定づけられるだけ。それなら本隊で身の安全を守りつつ、アーサーの死を期待している方が良いと考えている輩が大半だ。

 本当に、なんで、こういう人達ばっかり……!

 そう憤るけれど、佐和だって他の人の事は言えない。この人混みの中から場違いなメイド服であの席に進み出る勇気も…………つもりも無い。

 ……私の勘違いじゃなくて、アーサーが本当にそう思ってくれてるならそれは……すごく、すごく嬉しい……。

 でも、佐和は座れない。

 (だいやく)に―――座る資格なんて、無い。

 佐和はもう一度、アーサーを見返した。

 ごめんね……私は……座れない……。

 てっきり速くしろと顎で催促されるかとでも思ったが、意外にもアーサーは佐和の困り果てた顔を見て優しく微笑んだだけだった。


「……良いんだ。ボール卿。最期の席は実は先約があってな」

「と、言いますと?」


 首を傾げたボール卿の前で、アーサーが微笑み、その目線に促されたマーリンが椅子に座った。

 今までの中で一番大きな衝撃と動揺が騎士達の間を駆け抜ける。

 アーサーのいたずらっぽい笑みにボール卿も口角を上げた。


「なるほど、確かに。円卓の座に生まれも『肩書き』も関係無いのでしたな」


 他の騎士達は結局何もできず、その光景を口を開けたまま見ている。


「な……!信じられん!!何を一体考えているんだ!!そいつは魔術師であり、それ以上に騎士ですら無い!!それなのに円卓に座るなど!!」


 またしても反乱狂でカンペネットが金切り声を上げた。イウェインやガウェインがその声に眉を潜める。


「……カンペネット卿。先程の殿下のお言葉をお忘れですか?マーリン殿を『魔術師』という肩書きだけで量る者に円卓の座に座る資格は無いと。殿下がお決めになった事です。意にそぐわないのであれば、カンペネット卿は本隊に参加されれば良いだけの事でしょう」

「そうだぞー。カンペネット卿。お前、ブロセリアンドの森でもさんっざんアーサーの悪口言いやがって、いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ」


 二人の若い騎士の物言いにカンペネットの怒りが頂点に達した。


「舐め腐りおって!!この若造どもが!新参者のくせに!」

「確かに年の功には敬意を表すべきものだと思います」


 穏やかな声でカンペネットにランスロットが笑いかける。


「しかし、それはその御仁に徳あってのお話。失礼ながら貴方が敬意を表すべき徳を持った御方だとはとても思えないのですが」

「なん……だとっ……!」

「ほいほい、お前ら落ち着けって、な?」


 憤るカンペネットに対してケイが笑顔で席から一度立ち上がった。


「これほどまで王国の事を考えてカンペネット卿は発言してくださっている。それに対して失礼だろ」

「……ふんっ!何を今更!機嫌を取ろうなどと……!」

「カンペネット卿。貴方は魔術師はこの円卓の座に座る資格は無いと、そもそも騎士で無ければ座る資格など無いとそうお考えなのですよね?」

「それがどうした!」


 ケイの確認に噛みついたカンペネットに、ケイが薄く笑った。二度目に見る。見た人を凍り付かせるような冷たい微笑。


「ならば、席をお譲りいたしましょう。これほどの大演説、感激いたしました。貴方ほど円卓の座に座る者の資格に対して深くお考えの方はいないでしょう。どうかその思慮深さで、殿下の聖剣の力も、マーリンの魔術の力も汚れたものとのお考えのまま、どちらの力も頼らずに―――インキュバスの首を取って参られよ」


 ケイの迫力に、カンペネットがあからさまに怯んだ。

 他の騎士も、普段はおどけてばかりのケイの初めて見る低く温度の無い声に背筋を凍らせている。


「どうしました?さぁ、私の席にどうぞ」

「…………っ!!」

「ケイ、いい加減にしろ」


 竦んで動けなくなったカンペネットと満面の笑顔のケイの間にアーサーが割り込む。


「私の騎士達が無礼を働いた。済まない、カンペネット卿」


 軽く頭を下げたアーサーがあげた顔。その蒼い瞳が鋭くカンペネットだけを捉える。


「しかし、カンペネット卿。批判や反論をただ発言するだけでは何も成せない。作戦をより良くするためならば私はどのような意見も受け入れ、皆と供に吟味する所存だが、何か代案はあるのか?」

「だ……代案?」

「私がこの疫病の原因だという証拠。そして私さえインキュバスに渡せば疫病の魔術は収まるという保証。マーリンという貴重な相手の手の内を知る魔術師の協力。それら無くしてこの国を救う手立てがあるのであれば、教えていただきたい」


 ―――もう、カンペネットは何も言わなかった。

 同じようにアーサーにただ不満を抱いていただけの騎士達も押し黙った。

 文句を言うだけなら簡単だ。ただ穴を見つけてひたすら重箱の隅を突き続ければ良い。

 アーサーの言う通り。大事なのはその先なんだって、どうしてわからないんだろう……。

 佐和は一人で拳を握りしめた。

 昨日の夜アーサーに話した通り、ファンタジーに溢れるこの世界も元の世界と……現実は何も変わらない。

 どうしようもない奴らは確かにいて、ただ批判して、気にくわない事を気にくわないと言うだけでそこからどうするかは何も考えない。ただ彼らは周囲を怒鳴りつける事しかしない。自分達がじゃあ代わりにどうするか、なんて言い出しもしないし、考えようともしない。

 どうして……そういう奴らばっかりのさばっていくんだろう。

 カンペネットにウーサー、アーサーをただ批難するだけの騎士、玉座の権力を狙っているだけの人、それから……佐和の会社の上司の顔が浮かんだ。

 歯を食いしばった佐和の視線の先で、姿勢を正したアーサーがはっきりと宣言した。


「他に言いたい事はあるか?カンペネット卿。本日の戦をより良く勝利するための意見があるならば発言してくれ。貴殿に私以上の考えがあるならば教えて欲しい」

「……」


 黙りきったカンペネットが周囲に目を走らせる―――助けを求めて。

 だが誰一人として、アーサーを玉座から引きずり下ろそうとカンペネットと同じく画策していた騎士達は、皆カンペネットと目を合わせないようにしている。逆にカンペネットをしっかりと見据えているのは、若い騎士や、古参の騎士の中でも魔術師というだけで人を憎むような事はしていない者ばかりだ。


「……他に反対意見は無いようだな。それでは改めて確認する!」


 アーサーが円卓の自分の席に手を触れ、高らかに宣言する。


「円卓に座る資格のある者は先の条件を承知した上で残ってくれ!我らは同じ立場、同じ人、同じ愛すべき者を持った人間。この卓に着く者に上も下も存在しない。『円卓』はその証。肩書き、生まれ、思想それら全てを分かち合い、理解し合い、助け合い、『持つべき者の義務』を果たすと誓える者のみがこの円卓に座る資格を持つ者とする!異存はあるか!?」


 壁際の騎士達は何も答えなかった。ただ威厳に満ちあふれたアーサーの声に惹きつけられている。

 意義を唱える人は、もう一人もいなかった。その様子を確認したアーサーが騎士達とマーリンに目配せする。

 目配せに応えて、円卓に腰掛けていた若き騎士達が一斉に立ち上がり、騎士の礼をアーサーに向けた。自分の騎士達の敬礼を見て、アーサーは少しだけ目を細めるとすぐに引き締まった表情で会議室中に宣言した。


「それでは異存がなければ、この者達を潜入部隊とする!」

『はっ!!』


 アーサーの騎士達とマーリンが一斉にアーサーの激に応える。

 誰も反論しない。アーサーの演説に会議室中の騎士が魅入られていた。


「我ら潜入部隊はティンタジェル城においてインキュバスを滅する!ここに各々誓いを立てよ!その宣言に恥じぬ行いをするとこの円卓に誓え!」


 アーサーの明言にまずガウェインが身の丈はある大剣を背から抜いた。その切っ先をテーブルの中心へと向ける。


「どのような敵にも恐れること無く勇敢に挑み、困難なる一歩を切り開き」


 どこかで聞き覚えのある言葉。

 ……これって…………確か、アーサーの騎士の七戒……。

 しかし、少しだけ前に聞いた時とは言葉が変わっている。

 次にランスロットがガウェインの剣に自分の剣を重ねた。


「全ての弱き者を慈しみ、救いの手を差し伸べ、(まこと)を貫き」


 互いに頷き、さらにケイが、イウェインが自分の剣と誓いを重ねていく。


「己の誇りと王に真の忠誠と剣を誓い」

「友を信じ、隣人を愛し、手を取り合い、背中を預け」


 幾重にも重なった剣に―――杖が重なる。


「己の信念に恥じぬ行いを常に遂行する事をここに宣言し」


 そして、最後にアーサーが聖剣エクスカリバーを―――鞘から抜き放った。

 神々しいその刀身に皆が息をのむ中、四本の剣と一本の杖の上に聖剣が重なる。


「『持つべき者の義務(ノブレス・オブリージュ)』に従い、共に崇高なる目的を果たそう!」


 六人が互いに顔を見合わせ、微笑む。その中でアーサーが高らかに言い放つ。


「我らの目的はインキュバスの消滅。そして何より、キャメロット……いや、アルビオン全土の平和を護る事!ここに―――潜入部隊改め、『円卓の騎士』の結成を宣言する!」


 円になり、重ねた剣と杖を六人が掲げる。

 その眩い光景に、宣言の気高さに、誰もが見とれていた。それは、佐和も同じで。


 ……ほんとうに、すごいね。

 みんな、やっぱりかっこいい。


 人混みの中。佐和はあの光り輝く輪の中には入っていないけれど、それでも胸がいっぱいになった。

 これが……新しい時代の幕開けの第一歩……。

 騎士達の視線を一身に浴びながら背筋と剣を高く伸ばす誇らしい円卓の騎士達をずっとずっと見つめ続けていたい。


 あまりに眩しい光景に目を細めながらも、佐和は、そう思った。


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