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こちらを向いていたマーリンが振り向きざま、血の槍をコンスタンスへと放った。
「く!!」
突然の奇襲に魔術を唱えることもできなかったコンスタンスは意志魔術だけで後ろへ跳躍し、いくつもの槍を躱す。
しかし、何本かはコンスタンスの体に当たり、そのうちの一本はコンスタンスの持っていた人形に当たった。人形は槍に弾き飛ばされ、地面に落ちる。
「ちぃ!!貴様ああ!!」
地面に落ちた土人形を見たコンスタンスは目をむき出して怒りをあらわにしている。その体に刺さったいくつもの血の槍からコンスタンス自身の血が流れ出す。
その隙をミルディンは逃さなかった。
佐和には聞き取れない速さでミルディンが呪文を呟くと、杖の周りにさっきの盾とは比べ物にならない大きな炎の塊が出現する。
「……消えろ!!」
ミルディンの杖の動きに合わせ、繰り出された炎がコンスタンスに向かって一直線に飛んでいき、爆発した。
「……やった?」
「違う。あそこだ」
空を見上げたミルディンの視線の先に宙に浮くコンスタンスがいた。
体中の傷から血を流し、避け損ねたのか焼け焦げた左腕を抱えている。
「……見てろ。必ず貴様らは後悔することになる!!貴様らの変革など夢物語にすぎないことを思い知るがいい!!」
そう言い残したコンスタンスの姿がまるで灰色の空に混ざるように消えた。雨は止んだものの、今まで光り輝いていたあたりは元通りの暗さに戻った。
「マーリン!マーリン!」
コンスタンスが消え、先に我に返ったのはミルディンだった。
佐和より先に走り出したミルディンが杖を投げ出し、倒れているマーリンに駆け寄る。
血を流し、青白くなったマーリンの顔には力がない。ミルディンがマーリンを抱えて揺さぶり続けていると、ようやくうっすらと目を開けた。
「……ミルディン?」
「そうだ!俺だ!」
「僕は……ああ……そうか……」
「ああ、お前は操られてたんだ。でも、もう大丈夫。操ってた触媒も壊れたし、コンスタンスもいない」
「ごめん……ミルディン……」
「いいんだ、マーリン」
佐和もミルディンの後ろから少し離れて、マーリンの顔を覗き込んだ。その顔に生気はなく、さっきまであった覇気もない。
どこか穏やかな表情な気もするけれど、保護施設で会った時のような狂気に満ちた笑顔ではなかった。
「ごめん……ミルディン……」
「いいんだ」
「違うんだ」
「え?」
マーリンがミルディンの顔を見つめる。その瞳に妙な陰りはもうないけれど、光も徐々に弱っていっているのが佐和にはわかった。
「確かに僕は……コンスタンスに洗脳されてたかもしれない。けど……キミに復讐したいと思ったのは……僕自身なんだ」
「何を言って……」
たちの悪い冗談を聞いたと思っているのだろう。ミルディンは苦笑いのような泣き笑いのような顔をしてマーリンを見ている。一方見つめられたマーリンは切れた息の合間に少しずつ言葉を紡いでいった。
「俺は……キミを恨んでたんだ……ずっと、ずっと……消してやりたいって思ってた」
「マー……リン……やっぱり、先生の事、恨んで……」
「……それもある。キミさえいなければ先生はキミを庇って汚名を受けて、死ぬことなんてなかったからね。でも、僕が、キミが恨めしい一番の理由は……キミが、僕から何もかも奪ったからだよ」
ミルディンの肩が震える。ただ、佐和はその姿を見つめた。その間にもマーリンの言葉は続いていく。
「両親が死んだあとの僕にとって、世界は院長先生とブリーセンだけだった。あの二人さえいれば、僕は何もいらなかった。……でも、院長先生はキミを守るために命を投げ出した……。僕やブリーセンを置いて行ってでもキミを守ることを優先したんだ。それに……唯一大切だったブリーセンもきっと、いつか僕よりキミを選ぶ日が来る……それがわかってた」
マーリンのことがなければブリーセンはミルディンと仲が良いままだったに違いない。
もし、そうだとしたら、いずれミルディンとブリーセンが恋に落ちるとでも思っていたのだろうか。
ミルディンの過去を知らない佐和には突拍子もない空想のように思えるけれども、マーリンの気持ちがわからない気がしないでもない。
いや、嘘だ。
佐和には痛いほどわかった。
脳裏に海音の背中と「彼」の背中が並ぶ姿が浮かぶ。
嬉しいけれど、置いてけぼりを食らうようなその感覚を。
「だから僕から何もかもを奪うキミが憎かった。キミの手にはなんでもある。先生の愛も、ブリーセンの未来も、約束された役割も……だから僕がキミに取って変わってやりたかったんだ……」
「そんなことは……ない……俺よりもお前の方が色々なものを持ってる」
「何を?何か具体的に挙げられる?挙げられないだろ……?」
「マーリン……」
ミルディンの呼びかけにマーリンは一度瞼を閉じるとゆっくりと目を開いた。
「そうだ。それすら、僕じゃない……僕じゃないんだ……」
「何を言ってるんだ?お前は……」
「僕はマーリンじゃない」
その否定に佐和も目を剥いた。ミルディンに向けられていたマーリンの瞳が一瞬だけ佐和に向けられる。
「マーリンは――――君だよ」