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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 アーサー王と円卓の騎士と、
369/398

page.368

       ***



 出発の日がやってきた。

 いつもより少し早く起きてアーサーを起こし、朝食を取らせ、準備を手伝う。

 いつもと変わらない雰囲気。いつもと同じようにアーサーの武装を手伝う。

 最初は……こんな鎧を着せられるようになるなんて思わなかったなぁ……。

 佐和にとってはきっと最後になるであろう作業に、一つ、一つ気持ちを乗せて手際よく準備を進めた。

 仕上げにペンドラゴン家の象徴、深紅のマントを羽織らせて、完成だ。


「……ばっちり!」

「そうか」


 珍しくアーサーも自分の身支度を佐和と一緒にやっていた。

 最初の頃を思えば、本当に大した変化だ。

 ……意地が悪いところは変わってないけど。

 アーサーの脱いだ服を片付けていた佐和に対して、「お前はいちいちわかりづらい」とか。「可愛げがない」等言いたい放題相変わらず暴言の数々。決戦前とはとても思えないその不敵な態度は出会った頃から変わっていない。

 もう……昨日はちょっとカッコイイかもとか、優しい人だとか思った私が馬鹿だった……!

 ぷりぷりしながらアーサーの食事を片付けに調理場に食器を返して部屋に戻ると、アーサーは既に完璧に身支度を整え終わっていた。佐和が部屋を出る前は身に付けていなかったはずの聖剣エクスカリバーをしっかり腰に差している。


「片付けは終わったか?」

「え、あぁ……うん」


 「なら、行くぞ」とアーサーが先に歩き出した。慌てて佐和も後ろを付いて行く。

 今……一瞬、アーサーの雰囲気が変わったような気がしたんだけど……気のせいかな?

 目の前の背中はいつも通り真っ直ぐで凜々しいが、それだけでなく、何かこう……ずっと足りなかった何かがようやく手に入ったような、欠けていたピースがカチリと嵌まったように見える。

 今まで王子として、緊張し、背筋を必死に伸ばし続けていたアーサーではなく、地に足を着け、今ここを歩いている『アーサー・ペンドラゴン』としての彼の背中は広く、近く、けれど遠くなったような、そんな感覚。

 ……何だろ?

 昨日からずっと変だ。ムルジンの元から戻って来てからずっと。

 ---私、変。

 昨日だってそうだった。あそこまでアーサーに話すつもりなんてなかった。でも、気付いたら話してた。

 今日が一緒にいられる最後の日だからだろうか?

 今まで見てきたアーサーの不遜な態度、強く剣を振る姿、必死に叫ぶ声、悔しそうな拳、人をおちょくる意地悪な言葉、撫でられた時感じた手の温もり……そして、昨晩、篝火に照らされた青年としてのアーサーの笑顔。

 そういうものが、彼の背中に次々と浮かぶ。

 ……走馬灯みたいに。

 縁起でもない事は言いたくないけど、それが一番しっくりくる。

 この世界に来てからの時間は、そんなに長くはなかったと思うのだけれど……。

 まるで何年も一緒にいたような気がするアーサーとの思い出が次々と浮かんで浮かんできてしょうがないんだ。 



       ***



 前回の北部国境防衛戦の時と違い、今日はまず主立った騎士達を集め、最後の作戦会議と最終確認を城で行い、そこから兵士達と共に出陣式を行う。

 これもウーサーの時代と違い、アーサーが提案した事だ。なので向かうのは城門前広場ではなく、キャメロットの王宮で最も広い会議室だ。その会議室が着々と近づいている。

 ……マーリン。

 まだ、彼は姿を現していない。

 この後の流れのどこか、最悪ティンタジェル城突入前でも合流できれば良いのだが……。

 でも、なるべくなら……早く、来てよ……マーリン……。

 会議室入口の衛兵がアーサーに敬礼し、扉を開いた。

 堂々と足を踏み出すアーサーに続いて、佐和も足を踏み入れる。

 ……あれ?

 王宮で最も広大な会議室。佐和も初めて足を踏み入れる質素なその部屋の中央に、見たことも無い円形の大きなテーブルが、一つ置かれていた。

 そのテーブルの周りを囲むようにして、騎士達が皆壁際に立っている。座っている者は誰一人としていない。そもそも壁いっぱいに集まった騎士に対して、円卓にある椅子の数は少なすぎる。円卓に用意された椅子は全部でたったの6席だ。

 あれ、最初何だろって思ったけど……円卓って確か……。

 アーサーが入室した途端、部屋が静まり返った。まるで圧殺するような騎士達からの視線に考えを打ち切られ、耐えきれず佐和はドアの一番近く、最も下座に下がって部屋の奥へ進んで行くアーサーを壁際から見守ることにする。

 アーサーは堂々と部屋の一番奥まで進み、振り返った。鮮やかな真紅のマントが翻る。


「皆、おはよう。まずは今日までの皆の奮闘に感謝の意を述べたい」


 アーサーの言葉に騎士達の顔が引き締まる。顔ぶれを見渡してみると、アーサーに友好的な騎士も、反アーサー派の騎士達も一同に会している。どうやらこの部屋には、キャメロットの全ての騎士が集められているようだった。


「改めて、本日の作戦を説明する。エクター卿」

「かしこまりました、殿下」


 アーサーの右手側に控えていたエクター卿が自分の従者に抱えさせていた大きな地図を円卓に広げさせた。キャメロットの町に赤いピン。そして目的地であるゴルロイスの領地コーンウォール領のティンタジェル城には青のピンが刺された。


「進軍経路は以前ご説明差し上げた通り。最短の道のりを使い、疲労を最小限に抑え、ティンタジェル城のある崖、そこより少し離れた位置に陣を築きます」


 エクター卿が赤のピンを移動させ、陣地を築く予定位置に刺し直した。例え魔術で攻撃しようとしても遠距離すぎてぎりぎり届かないであろうこの場所が後方支援を行う基地(ベース)になる。


「そこから先行部隊と第一部隊が出立。先行部隊の様子を見て、第一部隊は援護と敵の戦力、戦法を後方部隊に伝達。その後第二、第三部隊の投入」


 ここまでは北部の海岸防衛戦と変わらない。


「しかし、あくまで先行部隊、第一部隊は偵察、観察。第二、第三部隊は防衛……死者数を抑えることを徹底するように」


 エクター卿のこの説明に騎士の何人かがざわつき始めた。「守りに徹するるだけでは勝てないではないか」とあちこちから不満の声が漏れ出す。

 その声にアーサーが前に一歩進み出た。


「今回の敵は通常の敵軍とはわけが違う。相手はたったの4人だが、皆いずれも魔術を悪用すると考えて間違いないだろう。ティンタジェル城城門までの道は、見通しの良い一本道。そこを進めば恐らく、いや確実に魔術師エイボンと魔女モルガンの魔術によって門に辿り着く前に我らは呆気なく全滅する」


 敗北をはっきりと認めたアーサーの発言に、またしても会場がざわついた。

 不安に声を潜める騎士達の中に、動揺している様子のない騎士が何人かいることに佐和は気付いた。それは、あちこちに散らばって凛と立っているのはーーーアーサーの騎士達だ。皆、身支度を終え、姿勢を正したまま静かにアーサーを見つめている。


「そこでだ。本作戦。少数精鋭での潜入を行う」


 アーサーの断言に、今度は会議室が一斉に騒ぎだした。これは佐和も初耳の話だ。

 ……確かに、佐和がアーサーに教えたブレイズの作った秘密の地下通路からでは狭くて軍隊は入れないし、第一、潜入する前にゴルロイスに感づかれるかもしれない……。

 理には敵ってるとは思うけど……。


「潜入部隊が潜入する間、敵の目を正門側に誘導する事。それが本隊の役割だ」

「……ほ、本部隊を囮に使うということですか?」


 思わず声を上げた騎士に一気に視線が集まった。ウーサーの古参騎士だろう。アーサーの案を嫌悪していると言うより、単純に戸惑っているような顔をしている。その顔が集まった視線のせいで居心地が悪くなったのか、小さくなった。

 ……気、弱そうな人だなぁー。まぁ、私も人のこと言えないか。

 縮こまる騎士を見たアーサーは、穏やかな顔で騎士の質問に答えた。


「その通りだ。皆もサフェール卿のように何か疑問や意見があれば遠慮無く言ってほしい。より良い万全の作戦と態勢で此度の戦には臨みたいと思っている。勿論、今まで数多くのここに居る騎士達と会議を重ねて来たが、思いついたことはすぐに言ってくれ。最初の一言(ひとこと)を勇気を持ち、発言したサフェール卿のように」


 アーサーの明確な賛辞に幾人かの騎士の士気が高揚するのを肌で感じる。縮こまっていた騎士サフェール卿も名指しで褒められたことで、先ほどまでとはうってかわって背筋が伸び、その目に力が宿り始める。

 ……空気が、変わった。

 アーサーの言葉で。サフェール卿の言葉で。部屋の空気が軽くなった。

 ……本当に変わってる。変わっていってるんだ。この国は……


 新しい時代へ。


「敵の魔術をできるだけ防ぎ、本隊は進軍を装いつつ、敵の目を惹く。その間に発見された隠し通路から少数精鋭の部隊で侵入。ゴルロイス……いや、インキュバスを叩く」


 その言葉に騎士達が肩を鳴らす。皆、ウーサー王の時代から名を連ねてきた猛者達ばかり。自分こそがその精鋭だと言わんばかりに肩を張り合っている。


「して、その精鋭はどのように選ばれるおつもりですか?殿下」


 全員がエクター卿の質問に息を飲んだ。アーサーは一度目を閉じ、騎士達の顔を見渡した。


「人数は6人。―――私を含めてだ」


 アーサーの明瞭な宣言にさっきまでの騎士達の威勢は吹っ飛び、一同が仰天した。


「殿下!お考え直しを!!貴方様がいなくなれば、ペンドラゴン家の血は絶えてしまいます!」

殿下御自(おんみずか)らがそのような危険な場所に行く必要は……!拠点での全体指揮を執るべきです!」


 あらゆる騎士から一斉にアーサーを制止する声が上がる。しかしそれに対するアーサーの答えははっきりとしていた。


「敵はこの世ならざる者。聖剣を持つ私以外には斬ることの叶わない敵。私が行かなくてどのようにしてインキュバスを滅する?」


 アーサーの言う通りだった。

 インキュバスを倒せるのは、アルビオンにおいてたった二人だけ。

 騎士達が全員、反論の余地もない言葉に黙り込む。


「……はっきりと断言しよう。此度の戦いは今までの歴戦とは全く異なる戦になる。敵は人の姿をしているとは限らない。常識的な武器で攻めてくる可能性も少ない。未知の技術と魔術で私達を苦しめるだろう。刃の通らぬ敵、盾で防げない攻撃。本部隊よりも潜入する騎士達の危険度は桁違いだ。命の安全を保証する事はできない」


 ここにいるほとんどの騎士はウーサー王の時代から仕えてきた騎士達。

 彼らは捕らえられた魔術師達を一方的に処すことは今まで何度も経験してきている。だからこそ、最初は我こそはと意気込んだに違いない。

 でも、アーサーの今の話でたぶんようやく思い出したんだ……。

 前回ゴルロイスがキャメロットの城に進行してきた際に使った―――不死者を創り、操る魔術。その不気味さを。この場にいる全員がその目で確かめている。

 古き同僚を斬った騎士もいる。同期だった仲間を斬った兵士もいる。黒く変色した最早人とは呼べない存在に怯んだ者もいた。

 全員がその時のことを思い出してたのだろう。さっきまでの勢いはみるみるうちに萎んでいき、停滞した空気が流れ始めた。

 魔術師を散々殺してきた彼らウーサーの騎士達は、初めて魔術師に反抗され、その異形さと力の強大さを今頃理解したのだ。

 捕らえ、縛った状態の魔術師や逃げ惑う善良な魔術師をただ斬り殺すのとは、今回はわけが違うと。


「それを理解した上で、私と共にティンタジェル城への潜入を望む者は円卓の座に座ってくれ!!」


 騎士達がひそひそと牽制し合い、小さな声で周囲の騎士となにやらぼそぼそ話している。

 ほんとにっ……根性無しが多いんだからっ……!

 騎士達の考えなんて佐和でさえお見通しだ。ここで潜入作戦に参加し武功を打ち立てるのはハイリターンだが、圧倒的にリスクがリターンを上回る。死前提の作戦と言っても過言ではない危険度。それでもその利を取るか。もしくは正門の本隊に参加し、安全かつ多少の恩賞で満足を得るのか天秤にかけているに違いない。

 口々に互いの様子を伺い「貴殿は?」「いや、私は……」等と下らないやりとりが囁かれる中、一際大きな声が人垣を割った。


「……魔術師ごときに怯えるなどありえん!!」


 怒鳴り散らしたのは散々アーサーを非難していた派閥の騎士の一人だ。部屋がその声に水を打ったように静まり返る。


「あんな蛮族!ウーサー陛下の御代(みよ)にもっと徹底的に弾圧し、処罰するべきだったのです!だからこそ、これほど調子に乗った!今こそ、その代表格であるゴルロイスを殺し、首を晒してアルビオン全土の魔術師を一斉淘汰すべき時が来たのですよ!殿下!自分は潜入部隊に志願いたします!」


 佐和は入り口近くから遠くにいるその騎士を冷ややかな目で見ていた。

 大きな体格。それほど老いているわけでもないが、若くもない。やたらと大きく張り上げた声。

 ……自信が無いやつの特徴そのものだ。現に目が泳いでいる。

 あんな騎士に、アーサーの背中を預けられるわけがない。


「そもそも魔術師(やつら)はゴルロイスのように我ら人間とは違う化け物のようなそんざ」

「サレグモール卿」


 大声で演説を続けようとした騎士―――サレグモール卿に対してアーサーは静かに言葉を打ち切った。


「まだ、話は全て終わっていない。落ち着いて最後まで聞いてもらいたい」

「……まだ、何かあるのですか?」


 アーサーのアイスブルーの瞳が強くサレグモール卿を射抜く。サレグモール卿はアーサーの目力に怯み、言葉尻をすぼめた。

 その強い意志を宿した瞳が正面にある閉じられた扉へと移る。一呼吸置いて、アーサーが声を張り上げた。


「潜入部隊への編成に組み込む私以外の5人の選抜には条件を二つだけつけさせてもらう!一つは私が掲げる騎士の七戒を如何なる場合においても遂行すると、命と騎士の名誉にかけて誓えること!そしてもう一つはゴルロス、いやインキュバス達魔術を悪用する者達を打ち倒すために必要なことだ!もしもこれに同意できぬのならば、円卓の座に座る資格は無い!」

「……そのもう一つの条件とは、一体……?」


 ……まさか……?

 騎士の中から代表でエクター卿が首を傾げ訪ねる。それに対してアーサーが不敵に笑ったその瞬間、閉ざされていた会議室の扉が突如開け放たれた。

 薄暗かった部屋に外からの光と風が滑り込む。突然の事態に全員の視線が一気に入り口へと集まった。


 吹き込む風に揺れるローブ。

 陽の光で柔らかく見える藍色の髪。

 鋭い鳶色の目は前よりも少し柔らかく、でもどこか大人びて見えた。手にした長い杖の先端の蒼い宝石が陽光を受けて瞬く。

 逆光に照らされ、小さく微笑んだ顔。

 …………あぁ……良かった……。


 間に、合った……。


 懐かしい彼の姿に佐和の胸に安心と歓喜が込み上がる。

 誰もが唖然とする中、アーサーが意地の悪い笑みを浮かべた。


「遅いぞ、この馬鹿」

「悪かった」


 待ち焦がれて止まなかったマーリンが、そこに立っていた。





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