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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 それは、小さな灯火に
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page.363

       ***



 夜風に揺ればがらキャメロットの星に目を細めるアーサーの雰囲気は優しい。

 佐和の世界の事を聞くだけ聞いて満足したらしい。その目が何かこれから先の未来の事について思いつき、わくわくしているようにも見える。

 ずるいなぁ。

 そんな顔をされたらはぐらかされた事なんて、どうでも良くなっちゃうじゃん……。


「……ねぇ、アーサー」

「何だ」

「聞いてもいい?」

「断りを入れるなんて珍しいな。何でも聞け」


 城壁の上、佐和の国の事をこれでもかと聞き尽くしたアーサーが満足げに夜風で涼んでいる。だからこそ、その優しい笑顔を見ていれば見ているほど、アーサーと話せば話すほど、どうしても聞きたい疑問がはっきりと浮かんできた。そして気が付けば、考えるよりも先に佐和の口から『その質問』はこぼれ落ちた。


「実際のところ、グィネヴィア姫の事、好き?」

「なっ!?」


 まさかそんな質問が飛んでくるなんて予想していなかったらしい。

 どんな反撃にも怯まない騎士が完全に意表を突かれ、肩を跳ね上げた。


「い、いきなり何を聞く!?」

「いや、聞きたくて」

「何だ!その適当な理由は!」

「いいじゃん、対等な立場なんでしょ」


 それに友達なら恋バナくらい普通のこと。

 ……それは嘘ではない。けど、本当の意味でもない。

 佐和の心の奥底で計算高い自分が意地悪く隙を狙っているのを感じる。良心はそんな佐和の計算に罪悪感に駆られて悲しげに見ている。

 それでも、今、どうしても聞きたかった。

 この人が今、夢見ている国を。人の在り方を。優しい世界を実現してほしい。そのために、どうしても聞きたい。それと同じぐらい自分のためにも聞きたい。


「……な、何を突然」

「教えて、アーサー」


 佐和の真剣な声に、アーサーは佐和の顔をまじまじと見つめ返した。その目を佐和もまっすぐ見返す。


「教えて」

「……お前がそこまで自分の欲を素直に口にするのも珍しいな」


 アーサーは考え深げに、腕を組んだ。短い沈黙があって、答えは意外にも穏やかに出た。


「わからない」

「わかんない?」


 今度は佐和が面を食らう番だ。しかし、アーサー自身、自分の気持ちをうまく言葉にできないのか、探るように言葉を選んでいる。


「わからなくなったと、言った方が正しいのだろうか」

「……何で?」


 初めにカメリアドの森の小屋で、グィネヴィアの目隠しを外したアーサーがその新緑の瞳に吸い込まれた瞬間を、佐和はよく覚えている。

 あの時、確かに二人ともお互いのことを言葉では言い表せないような存在だと感じ取っていたのが、こっちにまで伝わって来たぐらいだったのに。

 それなのに……わからない?

 グィネヴィアは……アーサーと結婚するはずの女性なのに?

 戸惑う佐和にアーサーは腕を組み直し、言葉を続けた。


「……俺は、王族だ。結婚は義務や利権、様々な思惑が絡み合う。しかし、今アルビオンはそのような事で気を揉めるほど悠長な状況ではない」


 そりゃ、そうだ。

 ゴルロイスと……一般の兵からすれば、悪の根源や悪魔みたいなものと、この国はこれから戦うのだから。


「グィネヴィア姫と結婚する事に異存はない。しかし、この戦いが終わった後、その婚姻が王族として最も正しい選択なのか量りかねている」


 ウーサーが死んだことでカメリアド領主ロデグランス卿は一命を取り留めた。今は他の騎士の手前、牢から出す事は叶わないが、きちんとした食事と生活環境が密かに与えられているらしい。


「そういう意味ではお前の問いかけにはわからないと返答するしかないんだ」

「……結婚は義務で、恋愛感情があるかどうかはわかんないってこと?」

「……平たく言えばそうだな」


 それは、佐和にとって意外だった。

 だって、あの日。あの時。アーサーは恋に落ちたとばっかり……


「……私、てっきりアーサーはグィネヴィア姫に一目ぼれしたのかと思ってた」

「……そりゃ……確かに…………美しい姫君だろうが……目は……惹くだろ」


 そう言ってアーサーがそっぽを向く。暗いのでわからないが、赤くなっているのかもしれないと思うと、ほっとするのと同時にいたずら心がむくむくと湧いてきた。


「アーサーの女性の第一条件は顔か~、やっぱ男の人はみんな顔か胸ですなー?」

「そのにやけた笑い方を止めろっ!」


 必死に反論するアーサーが可笑しくて、佐和は笑った。

 くだらない。本当にくだらない。ただの同世代の友達とのおしゃべりみたいに。


「別に俺は顔で女性を選ぶわけじゃない!」

「ほほう?じゃあ、アーサーがもしも王子様じゃなくて、一般市民だったらどんな子がお好みですかなー?」


 完全にからかう体勢に入った佐和に向かって、アーサーが今度は意地悪い笑みで反撃してきた。


「お前よりは体の曲線が豊かな女性だな」

「てめぇ!!ぶん殴るぞっ!ゴラァ!!」

「あと、頭にきても優しい言葉づかいをする女性だ」

「……殿下、言葉が些か乱暴に過ぎますよ?好みを聞いてきた女性に対して、その女性が気になさっているところをあげつらうのは紳士として如何かと私は思うのですが、その点に関して殿下はどのようにお考えですかね?それ以前に弱者に優しくあれと教えを()いている騎士様の優しさとはそういう形で表すのであって、私が不快に感じているのは単に文化の違いからという理由だけなのでしょうか?更に言えば、アルビオン王国の人口の約半数が女性だとして、今の殿下の御言葉で殿下への不信感を募らせる女性がどれほど存在するかおわかりになりますか?」

「止めろ!止めろ!お前のその敬語で迫ってくるのは止めろ!!」


 笑顔のまま敬語で肉薄する佐和にアーサーが本気で怯え、嫌がる。

 出会った時と全く同じ展開に、ちょっとした沈黙の後、気付けば二人とも声をあげて笑っていた。



 なんだ。

 わたしたち、なんにも変ってないじゃん。

 たくさん、たくさんのことがあって。

 変わってしまったものが悲しい。なくなってしまったものが寂しい。

 でも、たくさん、たくさんのことがあったのに。

 なんにも変ってないものも確かにあったんだ。


 だからきっと、大丈夫。

 ランスロットの事も、グィネヴィアの事も。

 ---アーサーなら、きっと。




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