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「はっ!」
「その調子です、殿下!少しは勘が戻って来たのではありませんかっ!?」
城の中央部。広大な芝生の訓練場でアーサーとアテナが剣をぶつけ合っている。昨日よりもアーサーの気迫は真に迫るものがあり、アテナの方もただ受け流すだけでは済まなくなってきているようだ。何度か鍔迫り合いにまで持ち込んでいる。
うっわ……一日で、こんなに……。
ちなみに今日はアテナはちゃんとズボンを履き、戦闘できる軽装を身にまとっている。
感心して見惚れていた佐和は、アーサーの視線がアテナではない空間に向けられたことに気付いた。次の瞬間、アテナの死角からケイがアテナに斬りかかる。
「っ!!」
鈍い剣のぶつかる音と金属音が反響する。
アーサーの作った死角からの攻撃に対して、アテナはアーサーの剣を右手で受けながら左腕の小さな盾でしっかりとケイの斬撃を受け止めていた。
「お見事!しかし」
「わ!」
「ぐわっ!!」
盾でケイの剣を押し上げたアテナが素早く盾を持ち替え、がら空きになったケイの胴体に強かに一撃を見まった。それに目を見開き、僅かに緩んだアーサーの剣も弾き、こちらは肘鉄を食らわせてアーサーを吹っ飛ばす。
二人の騎士が完全に地面に倒れ込んだ。
あ……相変わらず、つえぇ……!
これ反則級でしょ、なんじゃこりゃ……。
唖然と立っていた佐和の前でアテナが剣を鞘に収める。
「連携の時間差は短くなりましたね。着実に剣の腕も鋭くなっていますが、仲間がやられた程度で隙を見せてはなりません。敵は確実に殿下のその心の隙を突いてきます。心あそばせ」
立ち上がるアーサーに厳しい言葉をかけていたアテナが、アーサーよりも先に傍観していた佐和の存在に気付いた。
「あら?殿下、ご用事があるみたいですよ」
「サワか?どうした?」
起き上がったアーサーが歩み寄って来る。汗が滴り、息も荒いが昨日とは打って変わってその表情は引き締まっているような気がした。
やっぱりまたどっか逞しくなっている気が……。
いや!それよりも……!
首を傾げるアーサーの前で呆然としそうになった佐和は、訓練場に来た目的をすぐに思い出した。
「報告があって!ボードウィン卿とラグネルが、もしかしたら魔術の伝染病に効くかもしれない薬草を本で見つけて!今、ボードウィン卿の部下の人たちで探し回ってます」
「そうか……!効くと良いのだが……」
それをアーサーに報告しにわざわざ来たのを危うく忘れかけるところだった。
本当なら功労者のラグネルかボードウィン卿が言いに来るべきだが、ボードウィン卿は薬草の捜索で手一杯だし、ラグネルは一応身分上ただの一騎士の家内という扱いなので、アーサーと直接会うためには面会の申請待ちをしなければならない。そこで、ラグネルに頼まれて即座にアーサーに会える立場の佐和が伝言を預かって来たのだ。
勿論薬草が見つかったからといって、根本解決するわけではないし、決して楽観視もできない。けれど、どことなくアーサーの顔にも微かな希望の色が横切った。
ゴルロイス侵入の一件以来、疫病に伝染する患者の数の勢いは弱まったものの、それでも死者が出ていることに変わりはないのだから。アーサーが少し安堵した姿を見せてしまうのも無理はない。
「……今は一縷の希望に託すしかないな」
「……うん」
「引き続きボードウィン卿には疫病対策に当たってもらってくれ。何かあればすぐに俺に。俺がしゃしゃり出た所で役に立つ分野ではないからな」
「わかった」
「では、殿下。続きを」
「お願いします、アテナ様。あぁ、サワ」
どこかエネルギーを充填したように駆けだしたアーサーが佐和の方を振り返った。
「何?」
「俺が訓練している間に、次の会議の準備と、それから机の上に各所に向けた伝達書を置いておいた。それを宛名の主に届けて回っておいてくれ」
どうやら会議、訓練と忙しい合間にもアーサーは各所からの報告にすべて目を通し、意見を返す準備をしていたらしい。
い……いつの間に……全然気がつかなかった……。
「わ、わかった」
「不明な点は遠慮なく、身分関係なしに私室に訪ねに来るようにとも伝えてくれ。昼夜は問わない。今は面会の手続きなんて面倒な事をしている余裕は無いからな。では、アテナ様お願いします!」
そう佐和に言い残し、気力十分のアーサーに続いて立ち上がったケイもアテナに向けて剣を構える。一対多人数を想定した訓練が今日は中心らしい。
その背中をしばし見つめる。
……あんな背中してたっけ?
まっすぐ伸びた背筋。汗が弾け、光を反射した。
……やっぱり変わったね、アーサー。
出会った頃が嘘のように。
彼は今、あの伝説の、そしてアルビオンの希望の王になろうともがいている。
その背中に無意識に微笑んで、佐和は今、自分が為すべきことを成すために城へ引き返した。
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