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佐和が王宮に戻って来てから、一日目はアーサーの剣の師匠兼ケイの母アテナの襲来と猛特訓、午後からはボードウィン卿とラグネルと共に対処療法を探し回り、それは翌日も続いた。成果が出たのはその日、佐和が王宮に戻って二日目の事だった。
「あった……ありました!!ボードウィン様!サワさん!!」
興奮を抑えきれない様子でラグネルが腕いっぱいの大きさの魔術書を抱えて、調査済みと未調査の魔術書を仕分けしていた佐和とボードウェイン卿に駆け寄って来た。
「本当ですか!?」
「本当に!?」
「はいっ!これが正しければ……ですが」
ラグネルが開いたページに大きく植物の挿絵が載っている。かなり小さな薄紫がかった白の花弁。中央からつくしのような雄しべが飛び出ている変わった形をした小花だ。
「ヴァーベラと言うそうです。魔術の伝染病に広く効果があり、どちらかといえば森林よりも荒れ地に咲くようです」
「物は試しです。早速私の部下を捜索に当たらせましょう」
すぐに挿絵の花の特徴を羊皮紙に書き写したボードウィン卿が足取り荒く部屋から飛び出して行く。その様子を見届けたラグネルがすとんと椅子にへたり込んだ。張り詰めていた気が解けてしまったようだ。
「ラグネル!お疲れ様!!ほんとにすごいよ!!」
「いえ……お役に立てて嬉しいです。それに……まだ効果が実証されたわけではありませんし……」
ラグネルの言う事は最もだが、何の手も打てなかった頃の絶望を思えば、ラグネルがした事は国民栄誉賞ものだ。
「でも、ラグネルが頑張ったから可能性が開けたんだから!ほんとにすごい!」
椅子に座り込んだラグネルの足元に行儀悪くしゃがみ込んで見上げた佐和を、なぜかラグネルはぽかんとして見ている。可愛らしい顔が小さく口を開けた後、くすくすと楽しそうに笑い声を漏らし始めた。
「え?何?何か私の顔とかに付いてる?」
「いえ、そうじゃないです」
そう言っているのに、ラグネルはまだ佐和を見て口元を手で押さえ、肩を小刻みに震わせている。
佐和は慌てて自分の身なりを確認したが、変なところは見つからない。穏やかに笑っていたラグネルが前触れもなしに目を細めて佐和の事を見つめた。
「サワさん。私、サワさんの事、とても好きです」
「へ!?なに!?突然!?そりゃ、わたしだってラグネルの事、す、好きだけど……え?ラグネルってそっち系だったの!?ガウェインが夫にいるのに!?」
佐和の焦った様子にさらに楽しそうにラグネルが笑う。
「そういう意味じゃありませんよー」
……なら、どういう意味なんだろう?
不思議に思ったけれど、ラグネルは笑顔のままで何も教えてくれそうにない。わからない理由で笑われれば、普通不愉快になるものだが、不思議と今はラグネルの笑い声が癪に障ったり、不愉快に感じたりはしなかった。
なんでだろ……?ラグネルがすごいのはほんとの事なのに……。
何で笑われているのか全くわからない。それでも気になることは気になる。
「ねー!ラグネルー!何で笑うのー!?」
「ふふっ、何でもありませんよ~」
「絶対嘘だぁ!」
やっぱりラグネルはただただ楽しそうにするだけで、理由を教えてはくれない。
……まぁ、いっか……いや、ほんとは気になるけど。
ひと仕事終え、ラグネルが一息つく。その姿を見ている内に佐和の中で1つの考えが過った。
その考えは、実はこの魔術書の書庫に三人で来て、ラグネルが魔術書を解読している内に、どんどんと佐和の中で大きくなってきていた。
……マーリンとブレイズの日記を見て、マーリンと別れて、アーサーの所に戻って来てからずっと誰にも言わないで、心配している事が一つだけある。
もし、その不安が現実になったら、私はラグネルみたいにできるのかな……。
ううん、したい。
傍観者かもしれない。脇役かもしれない。それでも、今できる精一杯のことをしておきたい。
……心配性は、私の専売特許。
もし、もしもこの不安が現実になった時のために、私にできる事があるとすれば……。
「ラグネル」
「何ですか?サワさん」
達成感に満ちているラグネルの顔を真剣に見つめた。
「……実は、お願いしたい事があるの」
少しでも多く不安の芽を潰すために、佐和はラグネルにある『お願いごと』をした。




