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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 今、できることを。
356/398

page.355

       ***



「ここです」


 佐和はボードウィン卿とラグネルを連れて、書記室の二階、陽の最も当たらない通路の奥で立ち止まった。近くに置いてあった梯子はしごを持って来て、目的の本を探し出す。


「本当にこんな所に?」

「ただの壁にしか見えないですね……」

「まぁ、見ててください」


 見つけ出した例の本を開くと、以前と変わらず魔術がしっかりと作動し、姿を隠していた扉が通路の奥の壁に出現した。そして佐和が本を開く動きに合わせて扉もまたゆっくりと開く。


「……何と」

「まぁ……!」


 この光景にボードウィン卿もラグネルも言葉を失くしていた。

 梯子から降りた佐和が先頭をきって部屋へ二人を案内する。そこはゴルロイスの侵攻以前と何ら変わらず、穏やかな陽光に包まれた小部屋のままだった。

 良かった……ここが無事で……。

 ボードウィン卿から現状を聞いて佐和が思いついたのは、この部屋の存在をボードウィン卿とラグネル、そしてアーサーにだけは知らせるという案だった。

 元々ボードウィン卿はウーサー、アンブロシウス家に忠誠を誓う騎士ではあるが、『汝己の敵をよく知れ』精神の持ち主で、魔術に対しても憎しみや憎悪でなく、相手の戦術のようなものと割り切って考えているフシがあったし、ラグネルに至ってはつい最近まで魔術にかかっていた身だ。二人ともウーサー直属の騎士達よりも魔術に対する抵抗感が少ない。

 その上、この二人なら人の命を救うために魔術を頼る事を恥だとは考えないだろう。

 そう考えた佐和はすぐにアーサーの私室に取って退き返し、事情を説明してアーサーにこの部屋の存在と二人に知らせる事の両方を提案、許可を得てきたのだった。


「このような場所がキャメロット城内に残っていたとは……」

「すごい蔵書量ですね……」


 二人ともおそるおそるだが、部屋に足を踏み入れ、所狭しと並べられ積み上げられた魔術書の量と存在感に圧倒されている。


「以前、ウーサー陛下の焚書から免れた魔術書です。もしかしたら何か疫病の対策になる本が見つかるかもしれません。ただ」


 浮き足立つ二人には申し訳ないが、佐和は心持ち声を低くした。


「絶対に他の人には他言無用との殿下からのご命令です。例え誰であってもここの事は内緒にしてください」


 まだ城の内部には反魔術師の思想を持つ兵や騎士は多い。いいや、それどころかゴルロイスの一件でその数は増した。

 そんな人達にこの部屋の存在を知られたら、今度こそ本当に重要文化財であるこれらの書物は一片も残さず、焼き尽くされるに違いない。

 神妙な面持ちの佐和に対して、顔を見合わせた二人は胸に手を当てた。


「殿下の名誉にかけてお誓い申し上げます」

「では、私は夫ガウェイン卿の名にかけて、恥じぬ行いをせぬ事を誓います」


 二人とも最も重い誓いを佐和に立ててくれた。この言葉を後から「そんな事は言っていない」などと言いだす二人ではない。

 良かった……。


「それにしても……よくこのような場所をご存知でしたな」

「へっ!?あ、まぁ……」


 まだマーリンの正体自体については伏せている。そこを避けて説明しようとするとどうしても難しい。


「い、以前、キャメロットの森にゴーレムが出た事件の時に」

「そうでしたか」


 嘘はついていない、嘘は。

 大事な部分を端折っただけだ。それだけでボードウィン卿は納得してくれたのか、それともボーディガンの策略で怪我を負ったアーサーを助けるために、マーリンがカラドリウスを連れて来た時の事で、薄々マーリンと佐和の正体に感づいているのか。とりあえずそれ以上深入りはしてこなかった。

 すぐにボードウィン卿が本を物色し始める。とりあえず手短にあった分厚い本を手に取り、中央の机に置いて開いた。

 その姿に一瞬、マーリンの姿が重なって見える。

 な、なに変な風に見えてんだ?自分!全然年も背格好も違うじゃん……!

 ただゴルロイスが攻めて来る直前まで、この疫病の魔術の解き方を探していた懸命な表情と鳶色の瞳が柔らかい色合いで脳裏にこびりついている。

 その懸命な姿を唐突に思い出してしまった。


「サワさん?どうかしたんですか?」

「え、あ。何でもないよ、ラグネル。それよりどうですか?ボードウィン卿。読めそうですか?」


 魔術書は大抵アルビオン王国の公用語とはまた違う言語で書かれている物が多い。

 マーリンは何とか読めていたようだが、果たしてボードウィン卿が読めるかどうかは賭けだ。


「……ほぼ読めませんね……単語がいくつかわかる程度、と言ったところでしょうか……」

「そうですか……」


 もしかしたら昔、魔術を勉強していたボードウィン卿ならあるいは、と思っての提案だったのだが、無駄足だったのかもしれない。


「……変に期待させてしまって、すみませんでした……」

「いえ、これだけの蔵書が私も知らずに残っていた。それを知った事で、まだ何か私が見落としている解決策がどこかにあるような気がする。そんな気持ちにさせてもらえました。お礼を言わなければならないのは私の方です」


 ……本当に……何て、人ができてる御人ごじんなんだっ……!!

 感涙にむせび泣きそうである。ボードウィン卿の爪の垢をゴルロイス始め、ウーサーやカンペネットに吐き出すぐらい飲ませてやりたい。


「しかし、何かのヒントは得られるかもしれません。無駄な実験を繰り返す前にある程度何かできる事が……最悪、字は読めませんが挿絵も載っていますし……」

「オトギリソウ……こちらは効果があるのは炎症ですか……皮膚が変色しているのは炎症ではないですから効かないですかね……?」


 辿々しい朗読に、今後の方針を相談していたボードウィン卿と佐和は同時に目を剥いた。

 ボードウィン卿が読めずに机に起きっぱなしにしておいた魔術書をラグネルが顔をしかめ目を懲らして、懸命に文字を追っている。


「ラ、ラグネル!?」

「読めるのですか!?」

「ふぇ!?は、はい。少しですが……」


 二人に詰め寄られ、おどおどラグネルは視線を迷わせているが、責めるどころかそれが本当なら……


「すごいよ!ラグネル!何で!?」

「わ……私が魔術にかかった時、自力でどうにかできないかと魔術書を読み漁っていましたので……多少は……です」

「サワ殿、どうやら無駄足にはならずに済みそうですね」


 ボードウィン卿が微笑むところを初めて見た。その微笑(びしょう)に頷き返す。


「ラグネル!そっちの棚じゃなくて、こっちの棚から関係ありそうな本がないか探してみて!」


 小さな部屋なのに、どういう仕組みかはわからないがこの部屋の面積的には入りきらないような魔術書がここにはある。しかし本の位置はあの日、ゴルロイスが城に攻めて来た時と変わっていない。

 マーリンが以前、疫病魔術を解く手がかりがないか探して読み終わっている本を調べるのは飛ばしても問題ないはず。だとすれば、ラグネルが調べるべき魔術書は暖炉側の本の山だ。


「わ、わかりましたっ!」

「手伝いましょう」


 ボードウィン卿がすぐにラグネルの補佐に入る。

 その様子を見ながらサワは安堵の息を思わず漏らしてしまった。

 どうにかなればいい……。魔術書を読めない自分にできる事は少ないけれど、それでも希望を繋げた微かな昂揚感が佐和にはあった。




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