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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 今、できることを。
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page.353

        ***



「会議の結果、偵察に送った者からお前が言っていたティンタジェル城の抜け道らしきものが発見された」


 嵐のようなアテナの猛特訓を終え、会議に無事小綺麗にして参加できたアーサーは会議終了後、私室で佐和にも会議の結果を教えてくれた。


「魔術で感知されるのを避けるために、遠方からの確認だったため不確かではあるが、崖側に自然現象で出来たとは思えない通り道になっている岩場があったらしい」

「多分、そこだと思う。私がブレイズの日記で見た景色と同じだ……」

「しかし、確認できたのは外壁の通路のみで、内部に確実に通じているかまでは距離が遠すぎて確認できなかったようだ……ゴルロイスが塞いでいたら元も子もない」

「……それは……」


 思わず反論しかけて佐和はすぐに口を引っ込めた。それにアーサーが眉を潜める。


「何だ?言いたい事があるならはっきり言え」

「や……気のせいかも、というか考えすぎかもで……私の意見当てにならないし……」

「サワ」


 思ったよりも芯のある顔をあげる。見上げた先にあるアーサーの表情は真剣に、そして佐和の事を真っ向から見つめていた。

 思わず心臓が跳ね上がるほど強く。


「お前の意見が役立たなかった方が少ないと俺は記憶している」


 まさかあのアーサーからこんな言葉が出てくるなんて……。

 しかもアーサーの口調は真面目そのもので、ただ真実を告げているだけと言わんばかり。それが余計に佐和の胸を打った。

 この人は、こんな風に人を真っ正面から見つめる人だったっけ……?

 そして、その瞳の力強さと深みのある声が、佐和の身体の奥底を震わす。


「第一言ってみなければ、役立つ意見かどうかなどわからんだろうが。何でお前はそんなにいちいち意見を挙げるのを躊躇ためら)うんだ?」

「それは……」


 こっちに来てからの濃密な時間が薄めてくれても……佐和の現実は、元の世界にある。

 生まれて、育って、人と関わって。学校、バイト、仕事。様々な場所で色んな立場の人と意見をくみ交わす。佐和はそういうのは割と好きな方だ。

 けれど、大人になってそれは変わった。

 会社の上司の顔がぼんやりと脳裏に浮かび、低い圧力のような声だけが、はっきりと脳内でこだまする。


「……元々いた国で働いてた場所は、意見を言うと干されるようなところだったもんで……つい、癖で」

「……」


 佐和の言葉にアーサーは何も言わない。

 彼にだって思い当たる節があるのだろう。

 意見を言えとか。もっと積極的に参加しろとか。そういうことを上の立場の人達は言う。

 なら、と意見を挙げて、積極的になればどうなるか。

 優秀な人なら評価され、上へ上へ、上がって行けるだろう。でもそれはほんの一握りの人間、選ばれた人の人生であって。

 ……私みたいな普通の人間が意見を挙げればどうなるか。

 的を射た発言なら、それは採用される事だって勿論ある。だが、大抵会社で意見を挙げれば返ってくるのは叱責と嘲笑だった。

 それも佐和の意見のレベルの問題ではない。佐和の意見がどれほど正しくても、『会社の方針』と違う。それだけで意見は攻撃材料になった。

 どれほど自分の意見が正しいとわかっていても、どれほど会社全体がやっている事がおかしいと思っていても、口にすれば社会から居場所を奪われる。そういう職場だった。

 実際、そうやって佐和の前の席の同期は会社に来なくなった。

 波風を起こせと大人は言う。しかし波風を起こした責任は押しつけられる。

 なら何もしない方がいい。そうやって口をつぐむ名も無き村人Aは大勢いる。

 そして、佐和は絶対的にそのポジション側の人間だった。


「……気持ちはわかる」


 それはファンタジーの溢れるこの世界でも変わらない。

 聖剣も、魔法もあるこの世界でも、現実もまた、確かに存在している。

 アーサーも佐和の言いたい事は理解してくれいているだろうし、痛感してきただろう。

 彼もまたたくさんの悪意にまみ)れ、意見を言えばあげつらわれ、善意を行動に起こせば、批難される。そういう世界で生きてきた人だから。


「……だがな、やはり言わなければ、それは無かったことになってしまうんだ。そしてそういった行いを繰り返していれば、必ず後で後悔する時が来る」

「……それは、バリン達の事?それとも……ウーサーの事?」


 気付けば無意識に問いかけていた言葉にアーサーは苦く笑った。


「その場は傷つくかもしれない。だが、以前イウェインにも言ったようにお前の発言が誰かの発想のきっかけになる可能性だってあるんだ。だから言うだけはタダというやつだ」


 佐和に向かって語りかけるアーサーの動きに金髪がさらりと揺れる。アイスブルーの瞳が細められた。


「その勇気を叱責するなんて、そんな人間、その程度の器だったと笑い飛ばしてやればいい。そんな事を繰り返して貴重な意見の吸い上げをしにくくする者など、上に立つ者としてふさわしくない」

「……『持つべき者の義務(ノブレス・オブリージュ)』?」


 佐和の返答にアーサーは佐和の髪をくしゃりと撫でた。


「お前の主は、その程度の人間か?」


 いたずらっぽいアーサーの笑顔に緊張が解けた。

 アーサーは違う。佐和のあんな会社の人達とは絶対に違う。

 アーサーなら例え佐和が馬鹿な事を言っても、きっとそれはそれで正しい意見に直してくれるし、意見を問答無用で切り捨てたり、佐和個人の人格や思想を罵ったりなんて、しない。

 そう思うと肺が軽くなった気がした。


「そうかもしれないけど、とりあえず言ってみるわ」

「おい」


 佐和の軽口に対するアーサーのツッコみに笑って、改めて佐和は自分の考えを口にした。


「昔ブレイズが作った秘密の隠し通路をゴルロイスが塞いだかどうかって話だけど……多分、その可能性は低いんじゃないかなって思って……」

「何故そう考えた?」

「陛下はゴルロイスの姿になってティンタジェル城に潜り込んだ。本物のゴルロイスは既に正門から和平交渉の場所へ出発してた。という事は、イグレーヌすら自分の寝室に現れたゴルロイス……の姿をした陛下がどこから入って来たかどうかなんて知らないと思うの。それに、いくらインキュバスと一体化したって言ったって、通路が使われた時、ゴルロイス公は間違いなくティンタジェル城にはいなかったわけだし、その瞬間の事は知らないんじゃないかって」

「……なるほどな」

「ただ……イグレーヌに対して陛下がどうやってティンタジェル城に忍び込んだのか意気揚々と語って聞かせてたら、敵側に通路の存在が知られちゃってて、塞がれてるかもだけど」


 自信を失い、小さくなった語尾に対してアーサーは腕を組んでいたが、佐和が話し終わるときっぱりとその考えを否定した。


「恐らく。いや、十中八九その可能性は無いな。俺が知る限りでも父上と……母上が話している機会など数えるほどしかなかったし、そのような雰囲気でもなかった。まず間違いなく言っていないだろう」


 イグレーヌを「母上」と呼ぶのに少しだけ間があったが、あえて佐和は気にせず話を続けることにした。

 まだ……きっとアーサーの中でイグレーヌの事は整理が追い付いてないんだろうな……。予想外だったし、何より唐突すぎた。

 アヴァロンの湖でマーリンに吐き出したとはいえ、そんなに簡単に人間の心は整理がつくようにはできていない。

 アーサーが腕を組む。深く考え込む時の無意識の癖だ。


「その仮定を元に、今回のティンタジェル城攻略作戦を立案しよう。万が一、通路が繋がっていなかったとしても、マーリンの魔術を使ってモルガン達に対抗しながら正面突破を図る作戦も同時に立案しておく必要があるな。それに……通路もなく、マーリンが出発に間に合わなかった場合も……。いずれにせよ、もう一度、エクター卿とケイと話さなければ」


 でも……本当にアーサー変わったなぁ。

 出会ったばかりの頃なら「言いたいことは、はっきり言え!」ぐらいだったかもしれない。あんなに優しい顔で、労わりで佐和の意見をすくい上げてくれるなんて事をする余裕は彼にも無かった。

 国を守るため、仕方のないことは割りきってやる。

 小を見ず、大を取る。我が儘で不遜で傲慢にならざるを得なかった魔術師嫌いの王子様。

 しかし、今は違う。

 アーサーは知っている。割り切られる相手も、切り捨てられる相手もまた、



 自分と同じ、痛みを感じる『人』なのだと。



「うん、それがいいと思う」

「そうか」


 佐和の後押しに安心したようだ。アーサーは肩の力を抜くと定位置の執務用の席に腰かけた。


「だとすればそれを踏まえ、幾つか案を練った状態でエクター卿の所にケイと行くのが効率がいいか。とりあえず他の者達には一旦マーリンの素性は伏せ、うまく誤魔化して説明する必要があるな……それから疫病の……」


 机に溜まっていた報告書の数々に手早くアーサーが目を通して行く。既にその顔は仕事モードに切り替わっていた。

 ……何だろう。

 その姿が不思議な光景に見えた。見慣れたはずの景色なのに、全然違うものに見える。

 言葉ではうまく言い表せない。

 でも、書類に向かうアーサーの真剣な顔。意外と男らしい節のある手。羽ペンと紙をめくる音。文章を追う瞳の澄んだ色。それらがぼんやりと佐和の胸に染み渡る。

 ……って、ぼーっとしてないで、私は邪魔にならないように自分の仕事に戻ろう……。

 我に返り、邪魔しないよう下がろうとしたところでアーサーが顔をあげた。


「サワ、待て。少し遣いを頼みたい」

「もちろん、何?」

「ボードウィン卿が疫病に関する報告書をあげてくれる予定のはずなのだが、まだ届いていない。書面に起こす余裕が無さそうなら話を直接聞いて来てくれ。頼めるか?」


 ……頼めるか?だって。

 命令は幾らでも受けてきた。だが、今までこんな風にアーサーに『頼まれごと』をされたのは初めてだ。


『お前も……そういうのはもういい』

 アヴァロンの湖の畔でそっぽを向き照れている顔を思い出した。

『国を変えるんだろうが……お前達には俺と同じ立場でいてもらわなければ困る』


 そこに……マーリンだけじゃない……私も、いるんだ……。

 今更かもしれないけれど、アーサーの言葉に胸がぎゅうっと締め付けられる。

 苦しくない。辛くない。ただその痛みはどこか甘かった。

 だから、返事は決まってる。


「もちろん!」


 今は誰よりもアーサーの味方に。

 それがマーリンとの約束。そして何より佐和にできる唯一で最大限のこと。

 佐和の小気味良い返事にアーサーが微笑んだ。


「ボードウィン卿は自室でもある研究室にいるはずだ。行ってきてくれ」

「りょうかいっ」


 与えられた役割を胸で何度も唱えながら、佐和はアーサーの部屋を足取り軽く後にした。




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