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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 鬼神、来る
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page.350

       ***



「さて、それでは始めましょうか」


 散歩にでも行くかのような気楽さでアテナが振り返る。

 正門から移動し、王宮中央にある芝生の訓練場に四人はやって来ていた。佐和もアーサーやケイに続いて足を踏み入れる。

 そして、アテナの手にはドレスには全くふさわしくない剣が握られていた。

 もしかしなくとも、やっぱりこの後の展開って……


「時間が惜しいですから、まずは殿下から」

「し、しかしアテナ様。手紙でもお伝えしたように、私はまだ聖剣を鞘から抜く事ができません……そこで御力添えいただきたいと確かにお願いしましたが……抜けない剣で戦え、ということですか?」


 やっぱり、この人がアーサーの言ってた『エクスカリバーを抜くための手段』の人なんだ……。

 アーサーが何を考えて、育ての、しかも母親であるアテナを呼んだのかはまだわからないが。

 とりあえず何となく身の危険を感じて、今のうちに数歩下がって安全に見学できる距離に移動しておく。ケイも同じようにアーサー達から距離を取った。


「勿論、現状は殿下から承った手紙にて存じ上げています。しかし殿下。殿下のお話によれば、殿下すら無自覚な意識が妨げとなり、聖剣はその刀身を露わにしない……さすれば、最も心の深淵を覗くことができるのが、剣での対話でありましょう?それにゴルロイス公……いえ逆賊ゴルロイスの単純な剣術の実力も相当なもの。殿下も鍛え直さねば、ね?」


 「ね?」の可愛い語尾とは打って変わり、話終わるや否やアテナが手にしていた剣をアーサー目掛けて抜き放った。慌ててアーサーはエクスカリバーではなく、腰にもう一本指してあった元から愛用している方の剣を抜き、防ぐ。

 速っ……!でも、アーサーもさすがっ!

 剣を押し付け合う中で、アテナの唇の端が微かにあがった。


「殿下……お強くなられましたね……」

「アテナ様……」

「ですが…………脇が甘いっ!!」


 息子の成長を喜ぶ聖母のような笑顔から一転、叫んだアテナは鬼神のごとくアーサーの脇腹を蹴り飛ばした。……もちろん、ドレスのまま。


「ぐっ!?」

「えぇ!?」


 よほど強く蹴られたらしく、アーサーが芝の上を転がる。そこに容赦なくアテナが追撃にかかる。


「回避行動から姿勢を正すまでの時間が遅いっ!攻撃を食らったならば回避は次手を考える時間!痛みに翻弄されているんじゃありません!」

「くっ!」


 その後もアテナが猛攻し、アーサーが防ぐ。しかしアテナに一撃を次々と決められ……罵声と区別のつかない激しい叱責と指導が降り注ぐ。

 ……あのアーサーが防戦一方だなんて……。

 佐和は、横で戦いを相変わらず汗を流しながら静かに見守っているケイに声をかけた。


「ケイ、あの人、一体何者?」

「あー……、うーん……」


 ここまでケイが言葉を濁すのも珍しい。


「……まぁ、一応?俺の母上で、名前はアテナ・エクター。アーサーの乳母でもあるな……」

「いや、それは今までの会話聞いてたら何となくわかるよ。私が聞きたいのは何で聖剣が抜けなくて、アテナ様が来て」

「どぅお!!」

「アーサーがあんなにフルボッコにされてるのかが、聞きたいんだけど……」


 話している最中も全くアテナの太刀筋は怯まない。今まで数々のアーサーの戦いっぷりを見てきたが、彼は本当に強かった。しかし、アテナの前ではそんなアーサーすら子供扱い。

 あのアーサーが、剣で弄ばれている。


「あー……まぁ、話すと長いんだけど、簡単に言うと俺とアーサーに剣術を仕込んだのは母上なんだわ」

「え!?エクター卿とか武芸の教育係とかでなく!?」

「とかでなく」

「だってアテナ様って普通の貴族の御婦人だよね!?そもそもなんであんなに剣使えるの!?」

「あー、それはなぁー」

「ケーイー?」


 その瞬間、定規を背中にぶっ刺されたかのようにケイの背筋が異常に伸びた。

 既にこちらを見て微笑んでいるアテナの足元に……アーサーが無惨に転がっている。

 ひぇええ!?もうアーサーをダウンさせちゃったの!?

 かろうじて息はあるようだ。その証拠にうつ伏せた背中がぜいぜい上下している。


「殿下は少しの間、ご休憩です。その間あなたの剣を見ましょう」

「いや、お……私は結構で」

「遠慮できるほど強くなったということね?楽しみだわぁー……母にかすり傷程度は負わせられるようになったのかしらぁ?」


 後半のセリフは聞いただけで相手を凍らす事ができそうなほどの迫力がある……。

 自分に向けてではないのに、横にいた佐和の喉が思わず「ひぃ」と鳴った。


「ち、違います母上!そういう意味では!」

「問答無用!剣術対話!!」


 アテナは標的を完璧にケイに変え、一気に襲いかかってくる。慌ててケイは佐和から離れ、訓練所の中央まで走って行った。その後をアテナが般若顔(えがお)で追いかけて行く。


「サワー!アーサーを頼んだ!……って、うわあ!?母上!?いくら何でもそれは!」

「母の愛、受け止めてみなさーいっ!」


 言葉に相応しくない激しすぎる金属音が響いてくる。唖然としていた佐和はようやく我に返り、倒れているアーサーに駆け寄った。


「だ、大丈夫!?アーサー!」

「…………」

「な、何?」


 外傷はないが、この短時間でよくこれだけかけたものだと思うほど、アーサーは汗だくで疲労困憊している。その口から嗄れた声が微かに漏れた。


「……み……水…………」

「い、今取って来るからー!!」


 佐和は激しい金属音を背に井戸に向かって全力で駆け出した。



       ***



「アーサー!お待たせ、水……ってケイまで!?」


 すぐ近くの井戸から水を汲んで来た僅かな時間の間に屍が2つに増えていた。その側ではアテナが腰に手を当てて眉を潜めている。ぷりぷり怒っている姿からはさっきまでの苛烈さは感じられない。


「全く……少し鍛練の手を抜いているのではありませんか?この程度で音をあげるなど……」


 あ……あははは……。

 これには苦笑するしかない。世界広しといえど、この二人の騎士にこんな説教ができる人はそうそういないだろう。

 佐和は持ってきた水筒をアーサー、続いてケイに手渡した。

 こうなるかもって思って、余分に汲んで来て正解だったなぁ。


「あの……宜しければ、アテナ様もどうぞ」

「あらっ?ありがとうっ。気が利くのね~」


 佐和からもらった水を必死にがぶ飲みしているアーサー達と違い、アテナは一滴も汗をかいていない。それでも嬉しそうに佐和から水筒を受け取った。


「さて、それじゃあ折角汲んで来てくれたお水ですから、しっかりと味わうとしましょう。倒れている男達は放っておいて、あっちの木陰で女の子同士お喋りでもしながらっ」

「へっ……?」


 佐和の返事も待たず、アテナが佐和の両肩をがっしりと掴んで歩き出す。


「へ?あ、あのっ?」

「その間だけ休憩にしましょう」


 救いを求めて二人を見ると、アーサーもケイも死んだふりをしたまま佐和に親指を立てている。

 「なるべく休憩を長引かせろ!」という強い意志とメッセージがひしひしと伝わってきた。


「といっても五分程度ですが。休憩が終わったら次は二人纏めて相手になりますからねー」


 アテナのトドメの一撃に、二人の立てていた親指がばたっと倒れた。







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