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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十二章 鬼神、来る
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page.349

遅くなって申し訳ございません。

二話目です。

       ***



「というわけで、ケイを連れて来いってアーサーに頼まれて」

「なるほどね~」


 疫病の流行、国王の訃報、王妃の裏切り。そんな重苦しい空気を相変わらず全く意に介していない様子のケイと並んで、佐和はアーサーから言われた通りケイを連れて正門に向かった。

 そこには既に身仕度を完璧に整えたアーサーが立っている。


「あれ?どうしちゃったの?式典とかなの?」


 アーサーは黒を基調とした騎士の正装に身を包み、あろうことか第一ボタンまで襟をしっかり締めている。いくら王子とはいえ、こんなにかっちりした服を普段から着ることなんてほとんど無い。


「……いや、まぁ……あれだ……無礼があってはならないからな……」

「誰かお客でも来るのかー?俺、普通の格好なんだけどー」


 アーサーがぶつぶつと呟いたのを見て、ケイが自分の服を摘まむ。どうやらケイも呼ばれた理由を知らないらしい。

 珍しい……ケイがアーサーのやる事を先読みできてないなんて……。

 ケイは自分のラフなシャツと柔らかい生地のシンプルなジャケットを摘まんでぶらぶらさせている。


「……事前に知らせたら逃げるだろうが……」


 どういう意味だろ……?

 アーサーがこっそり呟いた次の瞬間、アーサーの背筋が唐突に真っ直ぐ伸びた。

 何!?こんなに緊張してるアーサー、初めて見たっ……!

 まるでカチコチに瞬間冷凍されたように棒立ちになり、その目が正門に釘付けになっている。その視線の先から小さな影が少しずつ少しずつ近づいて来た。

 あれは……馬?

 影の数は全部で三つ。一人を先頭に後ろに二人付いて来ている。その姿が近づくにつれて見えてきた乗り手の正体に、佐和は口をあんぐりと開けてしまった。

 女の……人、だ……。

 なんと先頭をきって手綱を操っているのは、ドレス姿の妙齢の女性だった。

 多分佐和のお母さん世代ぐらいだろう。柔らかい薄ら赤みのかかった茶の髪を結い上げ、茶目っ気のある瞳の人物で、恐らく実年齢より若く見えるタイプ。


「わー、綺麗な人ですねー。どなたなんですか……って、アーサー!?ケイ!?ひどい汗!」


 振り返ると、アーサーとケイの顔から冷や汗が滝のように流れ出している。しかも表情は笑顔が貼り付いたまま。

 こんな二人、見たことない……!

 向かうところ敵無しのこの二人にこんな顔をさせるなんて……。

 一体、彼女は何者なのだろうか。


「……アーサー、俺、ちょーっと用事があって……」

「逃がすものか……!死なば諸ともだ!俺の騎士だろうがっ!」

「ちょ……!アーサー!ケイがなんか痙攣してる!目!目が、すっごく遠いけど大丈夫!?」


 アーサーが逃げ出そうとしたケイのジャケットを後ろ手でがっつり掴み、逃亡できないようにする。どう見ても二人とも様子がおかしい。

 小声で言い争っていた二人だったが、女性が近づいて来た途端、もめ声がぴたりと止んだ。

 息ぴったりのタイミングで二人そろってお行儀よくにこにこ笑い出す。

 変貌ぶり早っ!

 固まった二人の後ろから佐和は謎の女性の姿をこっそり見上げた。

 わぁ……すごい……。ドレスなのにしっかり馬に乗ってるぅー。

 佐和達の前で馬を止めた女性がこちらを見つめる。服装からして間違いなく貴族の女性だが、馬に乗れるのは意外だ。

 普通、貴族のお姫様、貴婦人は馬車を利用する。馬に直接乗れる貴族女性を佐和はイウェイン以外には知らない。

 女性がこちらに笑いかけるのを見て、アーサーがようやくぎこちなく動き出した。馬の元に行き、女性が降りられるように手を差しのべる。


「……お久しぶりでございます、アテナ様。この度は急な呼び出し。誠に申し訳ございません……が、御変わり無いようでとても嬉しく思います」

「いえ、殿下。殿下の御命令とあらば、馳せ参じるのはアルビオンの民の義務ですわ」


 挨拶に答えた女性―――アテナと呼ばれた貴婦人が、アーサーのエスコートで馬から颯爽と飛び降りた。相当慣れているようで長いドレスの丈を踏むこともなく、石畳に舞い降りる姿は優雅そのものだ。

 近くで改めて見ると、長い髪を片側に結い上げ、決して華美過ぎず、毛先だけを緩く巻いた髪が可愛らしい印象の人だった。女性がアーサーのエスコートで歩き出そうとした途端、その茶目っ気のある瞳が佐和の前で立ち尽くすケイに目をつけた。


「あらぁ!ケイではありませんか?久しぶりに、よく顔を見せてくださいなっ」

「…………はい」


 死刑判決をうけた罪人?

 それぐらい真っ青な顔でひきつった笑みを浮かべ、ケイは女性に近づき、貴族同士男女間での挨拶、手を取って甲に口づけようとした瞬間―――佐和の目の前でケイが一回転した。


「うぇええ!?ケイ!?」


 受け身は取ったようだが、ケイは石畳に倒れ、打った背中の痛みに唸っている。

 そして、それを見ているアーサーの目の焦点が合っていない。

 な!?何!?今、何が起きたの!?

 一回転したケイが体を起こしながら眼前の女性に苦笑する。


「……い、いくら何でも久しぶりの再会に、これはあんまりではないですか?」

「何を言っているのですか。あなた、怠けているのではありません?もしも賓客を装った殿下への刺客だったら死んでいましたよ!」

「……母上を疑えるわけ、ないじゃありませんか……」


 …………今、何て言った?

 ぽかんとする佐和の前でアテナは地面に伏せたケイを力強く指差す。


「甘いっ。敵は魔術を使う者達!私の姿に化けるという可能性を考慮もせず、頭を垂れるとは……殿下第一の騎士として恥だとは思わないの!?弛んでいますっ!」

「いや、完全に身体が本物の母上だと確信してましたから……」

「何か言った?ケーイ?」

「……いえ、何もイッテイマセン……」


 ……え?ちょっと待って、何これ?

 いきなり登場したおしとやかそうな貴族のご婦人が、颯爽と馬から飛び降りて、騎士のケイをいとも容易く投げ飛ばして……挙げ句、ケイはこの人を『母上』と……。

 えぇぇぇ!?じゃあ、この人がケイのお母さん!?

 言われてみれば茶髪もその髪質も、人を煙に巻くような笑顔なんか特にそっくりだ。

 じゃあ、この人が……アーサーの育てのお母さん……。


「あ、アテナ様……、どうかその辺でご容赦を。場所が場所なだけに目立ちます」

「あら、やだっ、私ったらっ!申し訳ございませんー、殿下。愚息のせいで~」


 いや、投げ飛ばしたの、あんただし!

 アーサーの仲裁の隙にケイが母親から逃げる。佐和の横まで来て「相変わらず容赦ねぇ……」と珍しく小声でぼやいた。


「何か言いました?ケイ?」

「いえ何も!」


 母親に睨まれた途端ケイが背筋を正して、緊張を全身にみなぎらせる。

 骨の随にまで恐怖が染み込まされているっ……!?

 ケイのこんな姿初めて見る。いつも通りの笑顔だが、その顔には絶えず冷や汗が流れ続けていた。

 唖然としてこの光景を眺めていたところで、次にアテナの視線が捉えたのは―――佐和だ。

 ひっ!めっちゃ見られてる……!!

 アテナの視線に気付いたアーサーが佐和を手で指し示す。


「アテナ様、あっちにいるのが私の侍女のサワです。王宮滞在中何かありましたらあの者に言いつけてください」


 聞いてねぇし!

 ここにいるのがケイだけなら遠慮なく突っ込めるものの、アテナ本人の前で言うわけにもいかない。佐和は慌てて貴族への礼を作った。


「佐和と申します。何なりとお申し付けください」

「あら?ありがとうっ。そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。自分のことは大抵自分でできますから」


 やっぱり普通の貴族女性じゃないみたい……。

 後ろに控えていた彼女の従者にアテナが目配せをすると、彼らはすぐに荷物を馬から卸し始めた。それを見てアーサーが話を切り出す。


「御用件は先に伝達でお知らせした通りですが、移動でお疲れでしょう。まずはお部屋で休憩を……」

「必要ありませんわ、殿下」


 アテナが振り返り、不敵に笑う。気遣ったはずのアーサーの方がしどろもどろしている。


「いや……しかし、そもそもアテナ様。格好が……」

「殿下?」


 ご用件?恰好?一体何の話だろ……?

 佐和は全く話についていけず、事の成り行きを見守ることしかできない。とりあえずアーサーとアテナの顔を交互に見比べる。

 胸に手を当てたまま微笑むアテナ。しかし、その目は全く笑っていない。


「ドレス程度のハンデで殿下が私に勝てるようでしたら、私を呼びつけた必要もなかったと証明されるだけのこと。それぐらい強くなっていてもらわなければ、困ります。が……」


 その瞬間、アテナの冷笑でその場にいた全員に緊張が走った。


「ドレス(それ)ぐらいのハンデで殿下に遅れを取るほど、衰えた記憶はございませんよ?」


 この人……気迫がすごい……。

 なんとなく、アーサーが彼女を呼び出した理由を佐和は直感した。




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