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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 祈りに応えて
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page.347

       ***



「大丈夫かな……サワ」

「心配し過ぎなんだよ。キャメロットの井戸水と縁を結んで飛ばした。井戸に落ちたらさすがに死ぬから避けたしな。ま、井戸水を汲んだどっかに飛ばされてるだろ。鍋の中なら火傷するかもしれねぇが、サイズ的にありえねぇだろ」


 サワという名の女が飛び去った場所を見つめているマーリンの背中に名残惜しいと書いてあるが、ムルジンは構わないことにした。


「人の心配より自分の心配をしろ。言っておくが、俺は手加減なんかしねぇからな。最悪死んでも知らねえぞ」


 ムルジンの発破に振り返ったマーリンの表情が引き締まる。


「わかってる。よろしく頼む」

「おい!ランヴァル!ぼろぼろになってもいい服にこいつを着替えさせろ!着替えたらすぐに外に出て来い」

「はーい?あ、マーリンさん!魔術の稽古つけてもらえることになったんですね!」

「うん、ランヴァルのおかげだ。ありがとう」


 嬉しそうに二人が小屋に戻って行く。それと入れ替わりにヘトが外に出て来た。


「……てめぇ、隠してやがったな」

「うむ。それもブレイズの遺言でな。君の性格だ、君に預けても君は絶対にマーリンには見せないだろう?」

「……っるせよ」

「はははっ、苦悩し葛藤し、それでも前へ進む。素晴らしい人生ではないか。良いぞ良いぞ~」


 年寄り臭いことを言ってヘトも小屋へと戻って行った。その背を見送りながら、ムルジンはあの日記に唯一書かれていなかった日のことを思い出していた。

 ブレイズがインキュバスの魔術にかかり、マーリンを助けるために自身の命を使って村から『あちら側』の勢力を撤退させる魔術を行うと決め、決行する直前、ブレイズはムルジンの元を訪ねてきたのだ。

 ……あの時、あいつからマーリンの正体も、ブレイズが行って来たことも、これから行うことも全部聞いた。

 聞いた上で、納得がいかなかった。

 ……初めてできた家族。魔術師として物心ついた頃から奴隷として売られ、虐げられる日々。

 そんな絶望の中から掬い上げてくれたたった二人の家族。

 それを奪った存在のーーー恋人を無理矢理犯した奴の子どもに手を貸すなんて、死んでも御免だ。

 そう怒鳴り散らしたムルジンにブレイズは一つだけ教えてくれた。


「僕も……最初は反対だったさ。インキュバスの子を産むなんて。アミュレットの言っていることは、確かに理に敵ってはいたけれど、そんな不幸をどうして僕の可愛い妹が背負わなきゃならないんだって……だから、僕も聞いたのさ。どうしてそこまでしてこの子を産みたいと思ったんだい?って。そしたら……」


 ブレイズの困ったような笑顔を今でもよく覚えている。

 アミュレットのことを見守る時の優しい目だった。


『本当は……私の力とか関係ないの。私はね、どうしてもこの子を産みたいの。だって…………この子、本当は―――私とムルジンの間に産まれるはずだった子かもしれないんだもん。そんな子を、殺せないよっ……』


 そう言うアミュレットの笑顔はすぐに脳裏に思い浮かべることができた。

 インキュバスが人の子を無から造り出すことは確かに難しい。

 だから……


 ムルジンは森の中から空を仰いだ。

 微笑んだ顔。少し天然なところ。顔つきは、彼女にそっくり。


 だけど、目付きが悪くて、意固地で、口が悪い。そんな


「…………変なとこばっか、似てんじゃねぇよ」


 不思議なほど久しぶりに見上げた今日の青空は清々しかった。



       ***



 ばしゃーん!と思いきり水に飛び込んだ音、感触。息苦しさ。

 慌てて佐和はがむしゃらに手足をばたつかせた。


「ぷはっ……!生ぬるっ!」


 良かった!浅いとこだああ!!でもなんか生温い!

 全身ぐっしょりだが、今いる場所は座った状態でも水位が肩より少し下くらい。

 行きのような変な息苦しさもないし、体に異常は感じない。

 疑ってごめんなさい!ムルジンさん!ありがとう……!

 心の中で非礼を侘びたところで我に返った。

 しかし、それにしてもここはどこだというのか。

 見渡すと、室内だった。しかも見慣れた高そうな調度品が並んでいる。挙げ句、佐和がいる場所は―――お湯のはった浴槽の中だ。

 ……もしや、ここは……


「なっ…………!?サワ、なの……か?」


 油のささっていない人形並のぎこちなさで無理矢理首を声のする方向へ向けた。

 そこにいたのは―――上半身裸のアーサーだった。

 衝立のこちら側で今、まさに残りのズボンを脱ごうと手をかけている状態の。

 というか弱冠脱いでいる状態の。


「…………」


 あぁ、なるほど。

 この浴槽のお湯も、井戸から水を汲んで沸かして入れてる物ですもんね。そりゃ、繋がってても不思議はありませんよ。えぇ。

 だがしかし、


「何故お前がこんな所から……」


 そこでアーサーが何かに気づき、たじろいだ。

 その視線は佐和の体。借りたままの服装で来てしまったので白シャツにスカート。

 ―――つまりは、シャツが濡れて下着が透けている状態。


「…………」

「お…………落ち着け!これは不可抗力だろ!?」


 ええ、そうですね。本当に、申し訳ない。


「第一、お前の平地に興味は……!!」


 でも、


「うるさああああいいいぃ!」


 手短にあった桶でアーサーの頭を思いっきりぶん殴った。


 アーサーの悲鳴と、乾いたすぱこーんという桶の音は、キャメロットの王宮中に響いたとか、響かなかったとか。



第十一章閉幕です。

申し訳ございません。

活動報告にも書かせていただきましたが、第十二章の更新は不定期となります。

物語の最終章となる第十二章、どうか今しばしお待ちくださると嬉しいです。


遂に手を取り合ったアーサー王と魔術師マーリン。

物語は最終局面へ、ゴルロイスーーーインキュバスとマーリン達の戦いが始まる。

その中で傍観者が見た物語の終演と、

そして、傍観者が最後に選んだ選択とは……!?


第十二章、不定期更新させていただきます。

更新再開の際は活動報告にも書かせていただきます。


脇役傍観者の物語。

どうか最後までよろしくお願いいたします。



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