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「私がこの子を護るの。インキュバスから。―――命を賭けて」
「……アミュレット?一体、何を……」
「おねいちゃん、私の命を使って、この子に共感魔術を……魂をインキュバスから護る加護の魔術をかけてほしいの」
「な……!?」
妹の提案に僕は驚愕した。
アミュレットの……母親の命を媒介に、子どもの魂を護る結界魔術を創る?
「り……理論上は可能かもしれないが、そんな魔術上手くいくわけがないっ!」
共感魔術の媒介は魔術をかける対象との縁が深ければ深いほど影響力を増す。そういう意味で母と子。それもまだ母親の胎内にいる子というのは、深すぎるほどの縁で肉体的にも精神的にも繋がっている。
「だが、インキュバスから護るというのは無理だ!奴はこの世界の半分。闇を持たぬ人間などいない。悲しみや怒り、そういった感情を持てば、あっという間にインキュバスとその子は結びつくぞ!」
「だから……『私』が産むの」
「アミュレット……君はまさか……」
そこでようやく僕は何故妹が『自分』が産もうと決意したのか、理由がわかった。
「私の力は……特別。本来手繰り寄せられないはずの縁を手繰り寄せる力。存在しないはずの縁を扱う力。それを逆手に取るの。…………私の魂と力でこの子を護れば、インキュバスからの縁を弾くことだってできるかもしれない。インキュバスがこの子の縁を辿って感知できなくなる可能性、充分にあるよね?」
アミュレットの力なら、可能だろう。
だが、そのためには……
「それは……君が、その子の魂を包む膜になるようなもの……その子の魂を護る加護の魔術そのものになるということだ。君は……人間としては死を迎える。肉体も意志も魂もその子の魂を護る魔術になってしまえば……君は輪廻の環から外れてしまう。それが何を意味しているか、本当にわかっているのかい?」
妹は静かに頷いた。
彼女は……何もかもわかった上でここに来たのだ。
幾ら彼女の力が特別でもこの魔術はかなり高度だ。そして、この世界に残った数少ない魔術師の中で、そんな高度な魔術を行使できる可能性のある魔術師は、たった二人。
「……おねいちゃんにしか頼めないの。お願い」
「…………」
強い、強い妹の目が僕を射ぬく。
僕らは姉妹。
世界でたった二人の姉妹。
僕の強がりなんて君が見抜いていたように。
君の決意がどれほどのものかなんて僕に説明は必要なかった。
「…………わかった」
僕は妹の手を、強く、強く握りしめた。
ようやく彼女の顔が安堵で綻ぶ。
久し振りに見る、妹の満面の笑顔だった。
「…………産もう、その子を」
今度は、僕が君の我が儘を聞く番だから、ね。




