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「約束が違う……!僕は一晩だけだと、あれほど念を押したじゃないか!!」
キャメロットの城に戻り、ウーサーと二人きりになった僕は彼の背に非難を浴びせた。ウーサーはこちらを振り返ろうともしない。
「ウーサー!自分が何をしたかわかっているのか!?これでは君は各騎士達からの信頼を失う!自分で自分の首を絞めたんだぞ!」
僕の叫びにウーサーが勢いよく振り替える。その顔は憤怒で満ち溢れていた。
「誰のせいだと思っている!?」
「何を言って……」
「一夜だけの夢だと?笑わせるな!あんな風に夢をちらつかせられ、これ以上余に堪えろと貴様は言った!どれ程残酷な事を余にしでかしたのかわかっていないのは貴様の方だ!」
……返す言葉もなかった。
盟友ゴルロイス公を裏切れば、ウーサーの求心力が落ちる?
騎士達からの信頼を失う?
道義的に他者の妻を魔術で奪うなどありえない?
そう、そんなのは……建前だったのだ。ウーサーの言葉で僕は気付かされた。
ただ僕は…………イグレーヌを彼のものにしたくなかった。
だから、彼女は手に入らない。ウーサーは僕を必要とする。そんな道を―――最も愚かしい選択を無意識だったとはいえ、確実に選んでしまったのだ。
「余にはイグレーヌが必要だ!何もかもがのし掛かる日々の中、彼女がいれば余はやってゆける!そう、あの晩確信した!どうしても、余にはイグレーヌが必要なのだ!」
そうか…………君は…………。
「反対するものなどいない!カリバーンの力を知らぬ者など最早このアルビオンには存在せぬ!」
怒鳴り散らすウーサーの瞳。
いつからだったんだろう。
その目が、出会った頃のような輝きと清廉さを失っていたのは。
「余が国王だ!重圧と責務を背負う分の代価にたった一人の女性さえいればいい!それのどこが我が儘だというのだ!」
君は…………もう
ずっと前から壊れてしまっていたんだね……。
それは君の元来の性格だったのか。
それは君を囲む環境がそうさせたのか。
元々そうだったのが表に出てしまったのか。
そう変わってしまったのかはわからない。
ただひとつ確実に言えることは、
この王がこんな風になってしまったのは、
ーーー僕のせいだ。
君の傲りは全て僕が生んだもの。
君の行き場のない気持ちを生んだのは他ならぬこの僕自身。
もっと方法があったはずなのに。
もっとやり方があったはずなのに。
僕は自分の恋心に無意識に誘導され……僕なしでは王足り得ないような脆い脆い玉座を君に差し出したんだ。
「ウーサー…………ごめんよ」
「ブレイズ?何を……」
僕はウーサーが動くより速く、杖を取り出し呪文を唱えた。
途端、ウーサーの体が傾ぐ。
前のめりに倒れてきた彼の体を、僕は抱き止めた。
「……ブ……ブレイズ……?」
「……ごめん、本当にごめん。ウーサー」
僕にもたれ掛かる彼は、僕の魔術に抗い、意識を何とか保とうとしている。しかし、それも時間の問題だろう。
「君をそんな風に変えてしまったのは……他ならぬ僕自身だ。僕は我が身の可愛さのあまり、君の王としての幸せより、僕の幸せを選び取っていたんだ……」
「何を……言って……」
「だけど……それももう、今日で終わりにしよう」
この人はきっと僕が側にいれば……力を持てば持つほど周囲との距離をうまく取れなくなり、孤高の王になる。
それが今ようやくわかった。
例えイグレーヌをどれほど心から求めていたとしても、奪うだけの力が無ければ、それは単なる願望で終わったはずなのに。
僕がいたから。僕という力があってしまったから。
君は、諦める事ができなかった。
そうだろう?
「きっとこの先も僕がいる限り、君は僕の力を奮わずにはいられないだろう……そして、それをはね除けられるほど……僕も強くはない」
君が好きだから。
大好きだからこそ。
「力を奮えば奮うだけ、君は孤独になる。傲慢になる。不遜になる。恐れを忘れてしまう。そんな人になってほしくない……」
僕の目から初めて涙が溢れた。
両親が死んだ時すら泣かなかった僕の心を、初めて震わせた深い哀しみ。
「だから……僕は君の元を去ろう。これ以上僕たちが間違いを起こさないために」
「ブレイズ…………待て…………待って……くれ……」
彼が僅かな残りの力を振り絞って僕を抱き寄せる。
「余を……私を…………独りにしないで……くれ……」
僕も彼を強く、強く抱き締めた。
涙が溢れて溢れて、止まらなかった。
「お前だけはずっと……私の味方だと……言ってくれたではないか……」
「そうだよ。ウーサー。僕は、ずっと君の味方だ。例え世界中が君を嫌っても、僕だけは君の味方だ」
ごめん。
ごめん。
こんなになってからしか気づけないなんて、ごめん。
「だからこそ、僕は君の元を去るんだ。君が大切だから、君に幸せになってほしいから、新たなる王、ウーサー・ペンドラゴンを……傲慢な王にさせないために……僕は君の側にいてはいけない」
「ブレイズ…………行くな……」
「ウーサー、君の今までの行いの誉れは全て君の物だ。アルビオンを異民族と大国から守ったのは他ならぬ君自身だ」
僕はウーサーに告げる。
それは魔術でも何でもないただの言葉。
だけど、これは―――呪いだ。
僕は君に呪いをかけよう。
「しかし、その後の傲慢なる振舞い、ゴルロイスの暗殺、イグレーヌの奪取。それは全て君に仕えた魔術師ブレイズの犯した過ちだ。君は何も悪くなかった。君はただその魔女に唆されただけなんだよ」
僕はずっと君の味方だよ。
だから。
「恨め、怨むんだ。そんな女を、君を後ろ指さされる王に仕立てあげた魔女を…………憎んでくれ」
「ブレ…………イズ……」
「そしてどうか清廉の王に。君の罪は……全て僕が引き受けよう」
それが間違え続けた僕の唯一の贖罪。
最も愛した男に、最も恨まれる事で、どうか君が救われますように。
「……それでも、もし次に目が覚めた時、僅かにでも僕を哀れんでくれるのならば……」
僕は意識を失う直前のウーサーを強く、強く抱き締めた。
初めてで、最後の抱擁。
「……どうか約束を果たしておくれ。魔術師達に優しい世界に」
僕は気を失ってしまった彼の耳元に精一杯の気持ちを込めて伝えた。
「僕は、君が…………大好きだったよ、ウーサー」




