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佐和がミルディンに笑いかけたその時、扉の外から大きな歓声が聞こえてきた。
「せ、洗脳が……解けたのかな?」
「見に行こう」
先に動いたミルディンについて部屋を出ると、声は施設の入口から聞こえてくるようだった。方角からして最初に佐和たちが連行されたときに使われた門のところだ。
渡り廊下を走り出すミルディンの後ろを必死でついていくと、いつもは堅く閉ざされている門が今日は開いている。
「門が……!」
門の向こう側。太陽の光が眩しくてよく見えないけれど、歓声は確実に大きくなってきている。
門を潜り抜けた先、小さな広場になっているそこに信じられない光景が広がっていた。
「これは……!」
絶句するミルディンの背中越しに見えた景色に佐和も息を飲んだ。
そこには揃いのローブに身を包んだ大勢の魔術師たちが一斉に杖を掲げて、雄たけびを上げている。
どう見てもこれからの戦いに向け、まさに士気を高め合っている様子だ。
「なんで……!?洗脳は解けたはずなのに!?」
横にいるミルディンも目を見開いて、目の前の光景を見つめている。
「強い魔術は使用された魔法道具を壊しても、効果は持続すると授業で聞いた」
「そんな…!どうすればいいの!?」
「……術者に解かせればあるいは」
苦虫をつぶしたような顔で魔術師を見つめるミルディンの顔は険しい。
ここからではブリーセンがどこにいるかもわからない。
「術者って……」
「……コンスタンスだ」
ミルディンの推理を聞いて、佐和の脳裏にコンスタンスの顔が浮かんだ。
額に汗を浮かべ、とてもこんな大層なことはできなさそうな気弱な顔。とてもこんな大それた事をしそうな人間には見えない。しかしミルディンの声には確信があった。
「なんで?コンスタンス?」
「昨晩、コンスタンスに呼ばれた所から記憶がない。あの時にたぶん魔法をかけられたんだと思う」
なるほど。普通ならかかる洗脳魔法にミルディンはかからなかった。それを見つけたコンスタンスが直接ミルディンに魔法をかけたなら、犯人は間違いない。
そんな風に思案していた佐和の耳に遠くから爆音が響いてきた。平和な日本に暮らしていた時は生で聞く機会のない、ただテレビでなら何度も聞いたことがある音だ。
「ねえ!ちょっと、どうなってるの?」
近くにいた魔術師を捕まえると、杖を掲げていた魔術師が虚ろな目のままこちらを向いた。
「敵が急襲してきたらしい。けれど魔術師たちは皆イグレーヌ様のために立ち上がった。負けはしない!それにSクラスの方々はもう前線に出立されたしな!」
そう言った魔術師の目になんの感情も宿っていないことが怖くて、思わず一歩引いた佐和の肩を後ろからミルディンが掴んだ。
「あ、ありがとう」
「洗脳はやっぱり解けていないみたいだな」
「うん。それにSクラスはもう前線って……」
佐和が声をかけた以外の魔術師も妙な熱っぽさをたたえていることから洗脳されていないのはミルディンと佐和だけのようだ。
どうにかこの人達が出陣する前に洗脳をやめさせなければならない。
「どうしよう……」
コンスタンスを探さなければ、罪もない魔術師が大勢死ぬことになる。けれど、佐和とミルディンの優先順位からすれば前線に行ったマーリンを助けるのが先だ。
「先にマーリンの所に行って事情を話そう」
「でも……ここの人たちとブリーセンは……」
「コンスタンスを捕まえたところで俺たちじゃ返り討ちに合うに決まっている」
確かに。
さっきの魔法道具を壊すのでさえ、息も絶え絶えだったのにこれが本人となればミルディンはともかく佐和には手も足も出ないだろう。となれば、できることは一つだ。
「……ミルディン。マーリンを探そう!それで皆の洗脳を解いてもらおう!」
「ああ」
一緒に走り出したミルディンの強い決意の表れた表情に佐和はなんだか頼もしさを感じた。
この一瞬だけかもしれないが、仲間がいることがこんなに心強いことだとは思いもしなかった。
「サワ、こっちだ!」
勢いよく出て行こうとした佐和を慌てて止めたミルディンに引きずられるようにして門の横に向かう。
そこには何匹かの馬が繋がれていた。そのうちの一匹の縄を外しながらミルディンが藏などの装備を確認している。
「サワも確認して乗ってくれ」
「……え?」
さも当たり前のように馬に乗ったミルディンを佐和は唖然として見上げた。馬の上のミルディンがいぶかしげに佐和を見下ろしている。
「……サワ?」
「え……私、馬乗れないんだけど……」
見つめ合ったまま、ミルディンは硬直していた。