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「何を考えているんだ!?ウーサー!イグレーヌ様にあんな事を言うなんて!」
怒鳴り散らした僕にウーサーが顔をしかめた。
しかし、ウーサーに怯んだり、反省している様子は全くない。
「何を責められる必要がある!恋愛事など自身の都合ではないか!」
そう、彼はなんと既にゴルロイス公の妻であるイグレーヌに―――迫ったのだ。
式の最中に少し一人になりたいとウーサーが言った時、僕は何も疑わずに手を貸した。魔術で会場の人間がウーサーの不在に気づけないようにしたのだ。
……てっきり、周囲の囁き。それからイグレーヌへの許されぬ恋情から頭を冷やすためだと思っていたら、ウーサーはその実、イグレーヌを秘かに連れ出し、己のものになれと言い聞かせていた。
「ある!君は……王だ!恋愛事に自由を許される立場じゃない!」
だから…………僕も諦めたんじゃないか。
女性として、君の側にいることを。
そう叫んでしまいたかったけれど、それは僕の事情であって、話がそれとこれとではまるで違う。
国がようやく落ち着いた今、唯一の反乱の種はゴルロイス公だ。それでも彼をアルビオン王国内部に組伏せなかったのは、王宮に仕えさせるより立場を重んじてコーンウォールの一領主でいてもらった方が周囲に与える影響が少ないと考えたからだった。ゴルロイス本人はそんなことを考える人物ではないが、彼が王宮にいればウーサーの敵対勢力に御輿として担ぎ上げられかねない。
僕の叫びを聞いたウーサーは愕然としている。その目が見開かれ、僕の両肩を激しく掴んだ。
「痛……」
「貴様まで!私に押し付けるのか!!」
その言葉にはっとさせられたのは、僕の方だった。
苦労と心労で厳しく疲れた顔つきだが、出会った頃と同じ端正な顔が間近に迫る。
「兄上がいた時は兄上と比べられ、兄上の弟なのにと器を疑われ!今度はボーディガンの……弟の不始末は兄が片付けるべきだと罵られ!国を救っても感謝どころか、送られるのは侮蔑と身勝手な責任転嫁ばかり!私は……好きで王になったわけではないっ!」
「ウーサー、頼むから落ち着いてくれ……!」
「それなのに、貴様まで私に押し付けるのか!?何があっても味方だと、あの言葉は偽りだったのか!?」
違う。そんなつもりで言ったのではない。
そう言いたいのに声が出なかった。
あの日封じたはずの恋情。イグレーヌの清廉な横顔。熱情を携えたウーサーの瞳。さざなみの音がごちゃ混ぜになって。
ウーサーの心からの悲鳴に僕は何も言えなくなってしまった。
「頼む!ブレイズ!」
彼はまるで僕の名を自分の物のように呼ぶ。
「彼女が……欲しい!どうしようもなく!哀れな男の願いを叶えてくれ!何もかも押し付けられた私の、初めての自分自身の願望なんだ……!!」
その時、僕の心に浮かんだのはウーサーではなかった。
遥か昔のことのように感じる家族との離別。その際の妹の何かを堪える表情。
…………ああ、アミュレット……。
……君はこうなることを知っていたんだね。
だから、僕とウーサーが出会うのを嫌がった。だけど君は嫌がりきれなかった。
ーーー僕がどうしようもなく、この男に惹かれてしまうことも知ってしまっていたから。
「ブレイズ!」
実るはずのない恋。それでも彼の最も側にいるのは自分。
それが僕が、僕に言い聞かせた幸せのかたち。
僕はローブの胸元を握りしめた。
「……わかったよ、ウーサー」
僕の返答にウーサーは憔悴しきった顔を晴らした。
見ていて、痛々しいほどに。
……僕は君の望みを叶えよう。
君がこれ以上壊れてしまわないように。
君が王様でいられるように。
これが代償。
君の一番近くにいるために、僕が選んだ選択の結果。




