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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 過ちの魔術師とウーサー王
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       ***



「ウーサー……」

「ブレイズか……」


 互いに疲労しきった声で焚火を囲む。海岸線近くのこの野営地、耳を澄ませばさざなみの音がよく聞こえてくる。


「……今夜は静かなようだな」

「ああ、明日。決着を着けるつもりなのだろう」


 蛮族と大国を退け続けてどれほどの月日が流れただろうか。

 実際にはそれほどの年月は流れていないはずなのに、時が悠久のように感じられる。

 倒しても、倒してもキリがなく。

 救っても、救っても死んでいく。

 僕もウーサーも体力以上に、己の無力感に打ちのめされていた。


「そうか……だが、向こうの戦力も僕の調べでは次が最後だ。今回の(いくさ)さえ乗り越えれば、しばらく攻めて来る事は不可能だろう」


 僕の魔術で調べた事だ。情報に自信はあった。

 だから、最後の夜だと思うと少しだけ気が楽になった気がして、ウーサーにもそうなってほしくて僕はそう言った。

 しかし、この話を聞いてもウーサーの反応は芳しくない。


「何を不安がる事がある。あとたったの一回、乗り切るだけだ。その後は君が王になってから、ゆっくりと再襲来に向けた対策を練り直せば良い。君が統一し、きちんとした国の態勢を作り上げれば、これほど個の力に頼る戦にもなるまい」

「……ああ、そうだな」

「……ウーサー?」


 焚火に照らされた彼の表情は……まるで死神に憑りつかれてしまったかのようだった。死に直面しているわけではない。彼自身が死そのものになってしまったかのような陰鬱さと影。

 焚火に照らされる顔と彼の影がちらつくたびに、僕の心も揺れた。


「ウー……サー……?」


 生真面目な彼の事だ。恐らく、救えなかった人達からの罵倒に……身を焦がされていたのだと思う。

 敵は蛮族と大国だけではなかった。

 救えなかった人々からの罵倒。異形の力を使うウーサーと僕への誹謗中傷。戦況有利と見るやこの機を逃すまいと虎視眈々とウーサーの立場を狙う者達。強大すぎる力の前に怠惰になり、ただウーサーに救いを懇願する身勝手な民。兄や弟との比較。

 味方こそが……ウーサー・アンブロシウスの敵だった。


「……ウーサー……」


 僕はそっと彼の隣に座った。それでも彼は俯きがちな顔を上げようとはしない。

 僕は様々な声に打ちのめされる彼の手をそっと取ろうとして、思い留まった。

 ……彼は自分に忠誠を誓った騎士、例え右腕と呼ばれているエクター卿の前ですら決して弱い所をみせやしない。

 それが彼の意地でもあり、主君としての訓辞であり、国主になるべき男としての決意でもあり……魅力でもあった。

 そんな彼が僕には……僕にだけは見せる弱った姿。

 でもそれは、僕が特別な『女性』だからではない。

 僕は伸ばした手を膝に戻し、そっとウーサーに声をかけた。


「……僕がいる」


 ウーサーが僕に弱いところをさらけ出してくれるのは、僕が特別な『女性』だからではない。


「君には僕がいる」


 僕が『彼』だから。

 この国を救うウーサー王を創り上げた影だから。

 彼にとって僕は……彼の一部なのだ。

 魔術師ブレイズがいなければ王ウーサー・アンブロシウスは生まれない。

 王ウーサー・アンブロシウスがいなければ魔術師ブレイズはここにはいない。


「例え世界中が敵になったとしても……」


 常に影がそのものと共にあるように。

 僕も君とともにあろう。

 僕が望むような愛は手に入らないけれど。

 誰よりも君の側にいるのは僕だ。


「……僕だけは、ずっと君の味方だ」


 その言葉にウーサーが表情も変えず、静かに涙を流した。

 僕の気持ちを言えば、影は肉を持った人になる。

 そうあってはいけない。

 そうなってはいけない。

 だから大好きな君のために。

 君が君であり続けられるように。

 僕はこの気持ちを封じよう。



       ***



「最終的に大国と蛮族を退けた僕らは凱旋を果たした。誰もがウーサーを認めた。王として。彼はアルビオン王国の王となった。たった一つ、同盟相手であった領地を自治区として認め、それ以外の領地については彼が総べるはず……だった」


 ブレイズの顔が暗くなる。ウーサーのたった一人の同盟相手。その名前を佐和もマーリンも嫌というほどに知っている。

 ……話が核心に近づいて来たのだ。


「先生は……本当にウーサーの事が……」

「……育てた子どもに言うのも少し恥ずかしい気がするが、ああ、君が想像している通りの気持ちを僕はウーサーに抱いていたよ」


 そう言うブレイズの表情は―――ただの女性、そのものだ。


「でも……先生が、その気持ちだけで……妹を、家族を捨てるなんて、俺には思えない。何か理由があったんじゃ?」

「……君は僕を最後まで、いや僕の最期が訪れた後も信じてくれているんだね」


 ブレイズは穏やかに静かに悲しげにマーリンを目を細めて見つめる。

 そんな顔ができる人生を送った人があんな風に妹と、家族同然のドルイド達と別れたなんて佐和にも信じられなかった。


「……ムルジンが現れ、力をつけていく中で僕は察してしまったんだ。僕らは……ムルジンとアミュレット、そして僕。二人と一人なのだと。三人いつまでも一緒というわけにはいかないのだと。妹を守るのはムルジンの役目になり、彼らは家族になる。その間に入り込む余地など僕には一片も無いのだと」


 姉妹といえど夫婦の間に入り込む事はできない。

 そう聞かされた佐和の胸がちくりと痛んだ。

 そう、入り込む余地など無い。

 海音と『彼』。そして海音とマーリンの間に、私が入る余地など無いのと同じように……。


「……でもそれは、ムルジンを僕たちの集団に受け入れると決めた時から覚悟していた事だ。あの日ムルジンを見つめるアミュレットの目を見た時から、僕の心は決まっていた。そしてそれに応えるようにムルジンは強くなった。もう―――僕などいなくとも彼女を護れるほどに」


 その顔が悔しげに歪む。


「そう……覚悟していたはずだったのに。僕はどうしようもなく……孤独だった」


 新宿の雑踏。行き交う人々を見て、自分に特別な誰かなど現れるわけがない。

 途方もない奇跡は自分には降り注がない。

 絶望はない。でも希望もない。

 あの時の間隔が佐和にも蘇ってくる。

 目の前の女性と雑踏の中立ち尽くした自分が重なる。


「だから、僕は『僕だけ』を必要としてくれたウーサーにどうしようもなく……惹かれた。それは事実だよ」


 『それは』という事は、それだけじゃ、ないんだ……。

 考え込む佐和達の前で過去は遂に、ウーサーの即位式の宴の場面へと移っていく。玉座に腰掛けるウーサー。その背後に控えるブレイズ。

 二人の前に現れたのは……紛れもなくゴルロイスとイグレーヌだ。


「……さぁ、クライマックスに向けていこうか。君たちが知りたい過去の事実はここからが本番だ」


 ブレイズの言葉で映像がより迫ってきた。




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