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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 ブレイズの選択
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        ***



 今日もアミュレットと出かけるムルジンを散々苛めた僕は、昨日の宣言通り魔術書を購入し、大量の本を胸に足取り軽く大通りを歩いていた。

 これでしばらくは退屈せずに済みそうだ。

 鼻歌まじりに歩き出した僕は思考の中で言葉にした「退屈」という言葉にひどく驚いた。

 ……僕は今までの日々を退屈だと思っていたのか?

 確かに属する集団の魔術すべてをマスターしてからというもの、自身で新たな魔術を産み出す研究に打ち込むぐらいしか僕にはする事がなかった。

 ムルジンが来てからは多少その退屈も和らいでいたが、今では彼にわざわざ教える事も少なくなっている。


「……退屈、か……っと、わ!?」


 考え事をしていた僕は突然、目の前を横切った人物に反応できず、思い切りその人に衝突してしまった。その反動で手にしていた魔術書が地面に落ちる。


「済まない!」

「ぎゃああああ!!!僕の本んんんんん!!!」


 もちろん、店を出る時に魔術書には一般の本に見えるよう魔術を施してあるので、見られても問題は何もないが、問題はそんなことではない。


「折れてないか!?曲がってないか!?ああ……これほど貴重なものを……!」

「本当に済まない。拾うのを手伝おう」

「当たり前だっ!」


 こちらからぶつかっておきながら、親切心で同じように膝をついて本を拾う相手の顔に噛みついた瞬間、僕はそこで固まった。


「ん?貴殿は確か行商人一行の……」


 なんと僕がぶつかったのは、あの森の中で「魔術師ブレイズ」を探していた騎士―――ウーサー・アンブロシウスだった。

 さーっと血の気が引くのが自分でもわかる。ここは通商の要の街。僕がここにいても何ら不思議はない。しかし、まさかもう一度会うなんて想定していなかった上に、魔術書を落とすという失態をやらかした僕は珍しく、パニックに陥っていた。

 な、な、なぜこのような所に……!?

 僕が固まっている間にウーサーは落ちた本をすべて拾いあげてくれている。

 ……つまり、騎士が魔術書を抱えている。


「あ、えっと。申し訳ございません。騎士様に物を拾わせるなど……」


 吹き出しそうになる汗を押しこめ、営業スマイルを作った僕の顔をウーサーが凝視した。


「……おい」

「はい?」


 営業スマイルのまま僕は固まった。

 ウーサーが拾い集めてくれた本。一般書に見えるようにかけておいた魔術が――――消えていた。


「―――っ!?」

「これは……もしやお前……って、待て!」


 僕は勢い良くウーサーに体当たりをかまし、本をかっさらって駆け出した。背後から追い掛けてくる足音が聞こえる。

 くそっ……!何でよりにもよってこのタイミングで魔術がきれるんだぁ!

 いや、原因はわかっている。さっきぶつかった時の衝撃で僕の意識が中断してしまったのだ。それほど僕は彼にもう一度出会ったことに動揺していた。

 なるべく人気のない方角へ向かう。この街の構造はもう頭に入っている。重い本と体を意志魔術で軽くし、僕は誰もいない路地裏へと飛び込んだ。

 路地の行き止まりにたどり着いた瞬間、背後から強引に手首を掴まれる。


「待てっ!やはり……お前が……」

「…………」


 腕を取られたまま、僕はウーサーの顔を睨み付けた。彼は憎しみに駆られ魔術師を生い立てるような貴族と違って、ただ信じられないという顔をして僕をまじまじと見つめている。


「まさか……女性だったとは……」

「女が有能だったらおかしいかい?」


 『魔術師ブレイズ』と言っていた時から少し疑ってはいたが、どうやらてっきり男だとばかり思い込んでいたようだ。ウーサーは驚きを隠しきれていない。

 だからこそ、最初の邂逅では誤魔化す事ができたのだろう。


「いや、それより。貴殿が本当に『魔術師ブレイズ』ならば話は早い。以前にも話した通りだ。私はお前の力を必要としている」

「生憎だが、僕の力は国じゃなく家族のためにある。他を当たるんだな」


 周囲に人影はいない。目撃者はこのウーサーという男だけ。

 ……殺せば一緒にいた残り二人の騎士が違和感に勘付くかもしれない。ここは気絶させ、洗脳系の魔術で記憶を混乱させる辺りが妥当か……。

 使う魔術を素早く考えめぐらせた僕はそっと上着の内に隠し持っていた杖に触れた。しかし、その瞬間、さすがというべきか相手は僕の微かな挙動に気付いたらしい。杖に触れる直前、もう片方の手も取られてしまう。


「っ!」

「頼む!話を聞いてくれ!」

「きゃ!」


 両手を掴まれた僕をウーサーは熱がこもるあまり、そのまま壁に押し付けた。

 端正な顔立ちと綺麗な金髪で視界が埋まる。その必死な表情に思わず、息をのんでしまった。


「ちょ、は、放してくれ……!」

「いいや、放さぬ!私の話を聞いてくれるまでは!」

「ち、ち…」


 近いっ!

 こんな至近距離で男性に迫られた事など一度もない。大抵の相手は自分に近付く前に蹴散らしてきた僕にとって、こんなにも他人の異性に間近に迫られるのは、初めてだ。


「ちょっ……!放してくれっ!ち、近いっ!」

「なら話を聞いてくれるか!?」

「い、いやだっ!僕にはやらなきゃならない事があるんだ!君の計画に付き合う余裕はないっ!他の魔術師を当たってくれたまえ!!」

「貴殿でなければ駄目だ!!」


 その言葉に僕は驚いた。

 ……今まで、こんなに僕の事を真正面から見つめてきた人間がいただろうか。

 ウーサーの歯切れの良い叫びがなぜか僕の思考の一切を止めた。

 腕を掴まれた程度、普段の僕ならば意志魔術でどうとでもして逃げられたはずだった。それなのに、その時の僕はなぜか彼の腕を振り払う事ができなかったのだ。パニックに陥っていたのは否定しない。でもそれ以上に、

 ただ、目の前で必死に僕を……僕の事だけを求める彼の瞳に、動けなくなった。


「手荒な真似をしてすまない。しかし、事は重大なのだ」

「……例の大国と蛮族が攻めて来るという話か。各領主の現状も聞いているし、君の立場には同情もする。だが、僕が手伝う義理はない」

「ある」


 ウーサーの強い返事にまた僕は驚いた。そんな風に返されるとは思ってもみなかった。


「……何故、僕が君に手を貸す必要がある?わざわざ自分の身を危険に晒してまで」

「貴殿が選ばれた『持つべき者』だからだ」

「持つべき……者……?」

「そうだ。持つべき者には義務がある。私も、貴殿も、『持つべき者』だ」

「……それは……その考えは貴族の特権階級に対する『ノブレス・オブリージュ』と呼ばれるものの話だろう?僕は平民だ、関係ない」

「いいや、ある」


 ウーサーが僕の手にさらに力をこめて握る。

 そこからじんわりと滲みだす熱が、熱い。


「どの魔術師に尋ねても、貴殿ほどの魔術師は存在しないと誰もが口を揃えて証言した。実際、貴殿にはその力があるのだろう?力のある者は義務を負う。その力を奮うべき義務だ」

「……それなら、僕はとうに間に合っている」


 止まりかけていた思考の中に、アミュレットやおじい様、ムルジン、ドルイドの皆の姿が思い浮かぶ。

 僕が力を授かった事に、この男が言う通り理由があるのだとすれば


「僕のこの力は―――家族を護るためのものだ。国を守るためではない。だから君の要求には応えられない」

「国を守る事は家族を護る事と何が違う!?確かに貴殿ほどの腕前ならば一団は死守できよう。しかし、いかに偉大な魔術師といえど、所詮は女子。蛮族に、大国に支配された後もこの大陸で家族を護り続ける事ができるか?奴らは非情だ。そして何より膨大だ。時に、量は質を上回る。奴らはそれに胡坐をかいてこの地を……我らを支配しようとしているんだぞ!」

「…………」


 ウーサーの言っている事は正しい。

 それは随分前から僕が危惧している最も大きな懸念事項の一つだ。

 今、この大陸は小国に分かれたような状態。妹を隠し、影を縫うように生きて行くことは容易い。しかし、これが大国の支配下に治まった瞬間、状況は一変する。

 彼らは異端をとことん嫌う。魔術師など今の魔術師嫌いの領主の比ではない。徹底的な弾圧が始まるだろう。

 ―――それこそ、ウーサーの言う通り、数に物を言わせた方法で。

 その中でアミュレットを護り切れるのか。それはここ数年僕の頭を悩ませている事項だ。

 大国に妹の力が渡れば、どのような悲劇が巻き起こるのかは想像に難くない。


「……正直に話そう。次の(いくさ)。こちらの分はあまりにも悪い」


 ウーサーは強く握りしめていた僕の手を下ろした。しかし放そうとはしない。

 僕は生まれて初めて―――異性に手を繋がれ、正面から瞳を覗き込まれた。


「……手は貴殿しかないのだ。私には―――貴殿が必要だ」


 声が、出なかった。

 その時、僕が感じた感情を何と言い表せば正確に伝えられるのかはわからない。

 まるで身体中に電流が走ったような痺れ。しかしそれは苦痛でもなく、ただ甘美で。

 ……僕が、必要。

 この騎士は、僕を、僕だけを求めている……?

 今にして思えば、あれは理屈ではなかったのだと思う。

 僕は抵抗する事もできず、ただ彼の瞳に吸い寄せられていた。



       ***



「……あれが……若い頃のウーサー王……」

「そうだ」


 佐和達の目の前で白い壁に映写機が映すように、ブレイズの過去が流れて行く。

 その中に現れた騎士は年こそ若いが、佐和達のよく知る魔術師嫌いの王だった。


「……初めから彼も魔術師を恨んでいたわけではないのだよ。そしてそのきっかけをつくってしまったのは他ならぬ―――この僕自身だ」

「じゃあ……もしかしてウーサーに仕えた魔術師って……」

「そうだよ、マーリン。―――僕の事だ」


 マーリンの育ての親、そしてこの大陸一の魔術師にして、ウーサーとともにアルビオン王国の礎を築いた人物。

 それが、彼女ブレイズの正体……。

 途方もない偉業を成し遂げた。それなのに……




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