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「それでねー、ムルジンったらそれ見てー」
書店巡りから宿に戻ってきた僕のしばらく後に、アミュレットとムルジンも帰って来た。妹は初めての街探索が余程楽しかったらしく、帰ってきてから永遠僕に今日の出来事を話続けている。
「って勘違いしてて、笑っちゃったー!」
「ああ……うん……」
「……おねいちゃん?」
「す、すまない。何の話だったっけ?」
上の空だったせいで、気がつけば妹の話がかなりとんでしまっている。話を聞く側としてあまりに失礼な態度だ。だが、妹は怒っていない。ただきょとんとしている。
狼狽えた僕の様子を見たアミュレットが上目遣いで様子を伺って来た。
「……何か、あったの?」
「いや、特に何もないよ。アミュレットが心配するような事は何も」
「……うそ」
そう小さく断言した妹が真っ直ぐ僕の瞳を捉える。
心配そうにするその目に、僕は苦笑せざるを得なかった。
さすがたった一人の妹。
僕の嘘などお見通しか。
「……例の騎士がまだ僕を探してこの辺りにいるらしい。その事について少し考えていただけさ」
黙ったままの方が妹に心配をかけるかもしれない。僕は大したことじゃないとでも言いたげに軽く話してしまうことにした。
「……やっぱり、興味ある?」
「んー、いや。罠の可能性は否定しきれない。だが、彼の絵空事が一興だったのも事実だ」
魔術師も人権を獲得した世界。もうこのように息を潜め、人混みの隙間を縫うような生き方ではなく、堂々とアミュレットとムルジンが買い物に出掛けて行けるような国。
それを……彼は本気で創れると、信じているのだろうか。
「……ごめんね、おねいちゃん……」
妹の唐突な謝罪に僕は驚いた。今の会話の流れのどこに妹が謝るべき場面があっただろう。
「どうしたんだい?唐突に」
「……おねいちゃん、私のせいで好きな所に行くことも出来ないし、私の側から離れられないし……おねいちゃんの自由、私が束縛してる……」
「…………」
今日、まさに少しだけ過ってしまった考えを口にされ、僕は固まってしまった。
「……そんな事を考えていたのかい?馬鹿だなぁ、実の妹を守るのに姉に特別な理由が必要かい?」
両親が亡くなった今、血の繋がった家族は祖父と妹だけ。
しかも家族の中で今、最も力を持っているのは僕だ。大黒柱として妹を護ることが当然だと思っているのは事実だ。
「おねいちゃん……」
「それに今はムルジンもいるしな。負担は……まぁ、減ったと言えなくもないと言ってやってもいいかな」
「それ聞いたら、まーたムルジンに怒られるよー」
そう言いながら肩の荷が下りたようにアミュレットが笑う。その笑顔を見て、僕もようやく安心できた。
「ほら、明日もムルジンと街探索に出かけるのだろう?早く寝ないと寝坊するぞ」
「おねいちゃんは明日も一緒に来ないの?」
ベッドに横になったアミュレットが上目遣いでこちらを伺ってくる。相変わらず血が繋がっているとは思えないほど可愛い。
「ああ、僕は魔術書の取り置きを頼んでおいたからね。それを取りに行く予定だ」
「私たちも一緒に行って、それからじゃだめ?」
「駄目だ。魔術師の多く集まる裏通りだぞ。君の事を狙う輩は魔術師にもいるし、そういう所は兵も重点的な見回りを行っている。君が行くには危険すぎる」
「でも……ムルジンもおねいちゃんも一緒でしょ?」
「それはそうだが、わざわざやっかいごとを釣りに行く必要は無いさ。僕だけなら十分に逃げきれるしね」
それでもまだ何か言いたげな様子の妹の頭を僕は撫でた。
「……おねいちゃん」
「ん?何だい?」
「もしも……ううん、何でもない。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
途切れたもしもの続きが気になったが、言うべきではないとアミュレットが考えているなら聞くべきではない。
……何か、僕に関連する予知でも見てしまったのだろうか。
この力故に、妹は抱えなくてもいい他人の痛みや悲しみを抱え込んでしまう。妹はただ未来を予知しているだけであって、その現象を引き起こしたわけでもないのに、まるでその未来が自分のせいだと言わんばかりに己を責め立てる。
……大丈夫さ、アミュレット。
僕だけはたとえどんな未来が訪れようとも、僕の未来を君のせいにしたりなんてしないから。




