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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 ブレイズの選択
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page.329

       ***




「……魔術師ブレイズ……ですか?」


 祖父も多少動揺しているようだった。

 今までアミュレットを探してやってきた人間や権力者は星の数ほどいたが、僕だけを探しに来た人間なんて一人もいなかったのだから当たり前だ。


「ああ、そうだ」

「して……その、どのような話を行く先の街で触れ回れば良いのでしょうか?」


 話が本題に入り、にわかに緊張する。

 アミュレットのことならいざ知らず、自分の事だと思うと調子が狂う。

 一体彼らは僕にどんな用事があるというのだろう……。


「今まで数々のドルイドに話を聞いたのだが、魔術師の中で最も優れた魔術師は誰かという問いに、多く挙げられたのがその名の人物でな。ウーサー・アンブロシウスが魔術師ブレイズを探していると触れ回ってくれれば良い」

「はぁ……それは勿論、騎士様のお役に立てるなら喜んで……。しかし、申し上げ難いのですが、騎士様が探していらっしゃるからという理由だけで、白昼堂々騎士様の前に魔術師が姿を現しますかね?」

「うむ。故に困っている。情報を得ようにも魔術師達は人里離れた場所で暮らしている。ブレイズの名もようやくわかったぐらいだ。そこでだ、広める話には理由も付け加えてほしい」

「理由……ですか?」


 そこでウーサーはまたしても信じがたい事を口にした。


「近々、北の蛮族と大国がまたこの土地を狙い、侵攻を企んでいる節がある。しかし、こちらは先の愚弟のせいで領主も兵も意識がバラバラ。自分達の領地の保守しか考えていない者が続出している。そこに攻め込まれれば、この大陸の覇権はあっという間に()の者達に奪われるだろう。今必要なのは、この現状を束ねられるだけの印象的な力ーーー象徴だ。そのために、最高の腕を持つその魔術師に助力を願えないかと考えている」


 ……騎士が魔術師と手を結ぶ……?

 それはとんでもない絵空事、夢物語だ。騎士や兵、特権階級の人々がどれたけ魔術師を……僕たちを虐げてきたのか。この男は知らないとでも言うのか?


「歴史を鑑みれば難しい事だとはわかっていますが、それほどまでに現状は切迫しています」


 もう一人の騎士がそう付け足す。こちらも神経質そうな騎士だが、残りの二人より幾分か大人びて見える。


「無論、此度の戦に勝利した暁にはその者の尽力を広く知らしめ、魔術師への待遇を改善する譲歩の準備もしている」


 ウーサーの言葉に僕は驚いた。

 いつも日陰者だった僕たちに、人権を得る機会など早々に無い。


「それに彼ら魔術師とて、この大陸を蛮族と大国に支配されることは望む所ではあるまい。故に共同戦線の申し入れをしたい。そのために探していると、そう触れ回ってほしい」

「わかりました。街を訪れた際には必ず」


 祖父がそう締めくくると、用事の済んだ彼らは元来た道を引き返そうと馬の手綱を引いた。


「……そういえばそこの娘」

「はい?」


 ウーサーの近くにいた娘は僕だけだ。僕はウーサーの端正な顔立ちをじっと見上げた。


「そういえば、貴殿の名前もブレイズと……」

「……ええ、ですが僕は生憎としがない商人の娘です。騎士様が探していらっしゃるような大層な人間と同じなのは、名前だけですよ」

「そうか。では、済まないがよろしく頼む。もしも魔術師ブレイズに関する情報を持つ者がいれば、恩赦を与えるとも触れ回ってくれ」

「かしこまりました」


 ようやく三人の騎士が引き返して行く。彼らの姿が見えなくなってから集団の皆も張りつめていた気を解いた。


「……済まなかった、ブレイズ」

「いいえ、おじい様の過失ではありません。まさか僕の名前まで掴んでいるとは……」


 誰もそんな事は夢にも思わなかった。それに彼らに魔術師と一般人を見分ける術など無い。僕本人が名乗り出るか、目の前で魔術を使う、もしくはこの集団の誰かが僕の事を教えない限り個人の特定には至らないだろう。


「ああ、そうだな。先ほどの騎士の甘言。罠という可能性も十二分に有り得る話。気を引き締めるのだぞ」

「わかっています」

「さぁ!皆の者!出発しよう!」


 おじい様の合図で皆がそれぞれ持ち場に戻る。集団がゆっくりと動き出したところで、僕はアミュレットとムルジンと合流した。


「おねいちゃん……」

「なあに、大丈夫さ。もしも罠だったとすれば潜り抜けただけの事だ」

「……うん、そうだ……ね」


 荷馬車の影から出てきた二人と、割り当てられた馬車に乗り込む。ムルジンは馬を扱うので御者台だ。

 僕は先に馬車に飛び乗り、アミュレットを引き上げた。

 妹はどこか戸惑った様子でその手を取り、馬車に乗り込んでからも浮かない顔を浮かべている。

 ……そんなに心配する必要はないのに。

 うまく誤魔化す事ができたし、彼らは恐らく僕らとは反対に戦地になるであろう北へ向かうはずだ。

 ……もう二度と、会う事もあるまい。


『魔術師ブレイズという人物を探している』


 唐突に先ほどの騎士の低い声が蘇る。

 綺麗な金髪だった。見たこともないような人物。ドルイドの中に彼のような人物はいない。

 空気そのものが違ったようだったな……。

 洗練され、澄んだもの。高貴という言葉は恐らく彼のような人物を指すのに使うべき言葉なのだろう。

 ウーサー・アンブロシウス……。

 確かアンブロシウス家の領地はここよりも南にあったはず。となると僕を探してわざわざかなりの距離を北上して来た事になる。

 僕を探すためだけに……。


『最高の腕を持つ魔術師に助力を願えないかと考えている』

『魔術師への待遇を改善する譲歩の準備もしている』


 人と魔術師の共同戦線か……。

 僕はなぜかその時自然と、ウーサーの言葉、声、表情、雰囲気、そればかりを脳裏に思い描いていた。




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