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叫んだ佐和の声に合わせてミルディンが剣を振りかざした。
もう駄目だ。
目を強く閉じた佐和の耳にガラスが派手に割れる音が響き渡った。
「え……?」
「なぜ……ミルディン……」
「……お前は……先生はもう……死んだ……俺は、魔術師でも……サワを……傷つけたく……ない!」
院長先生の後ろに浮かんでいた水晶玉にミルディンの投げつけた短剣が突き刺さっている。
短剣が刺さった場所からヒビが広がっていき、院長先生の姿も水晶も光の破片になって教室いっぱいに砕け散った。同時に佐和の首を絞めていた触手も蒸発するように消えて行く。
「……ミルディン」
「はあ……はあ……」
「ミルディン!!」
片膝をついたミルディンに慌てて駆け寄る。その瞳にさっきまでの影はもうない。
「……サワ……?」
「そうだよ……良かった……正気になったんだね」
「俺は…………?」
「ここが魔術師の保護施設なんてそんなの出鱈目だったんだよ。本当は魔術師たちを集めて洗脳してたの」
「……じゃあ」
「水晶は壊れたし……ミルディンと同じように皆正気に戻ってるはず」
床の上には粉々に砕けた水晶散らばっている。これを使って洗脳していたのなら、他の人の洗脳もミルディンと同じように解けているはずだ。
「ミルディン……ありがとう」
杖はこの洗脳は強力だと言っていた。
いくらミルディンがSクラスに選ばれるような魔術師といえど、この疲弊した様子から察するに意志で魔法をねじ伏せたのは生半可なことではないに決まっている。
ミルディンが洗脳に勝ってくれなかったら、佐和はいまごろあの世行きだ。
「礼を……言うのは俺のほう……」
「え?」
「おかげで目が……覚めた。ずっと……後悔してたんだ。俺が魔術師じゃなかったら、あんなことは起きなかったんだって」
あんなこととは疫病のことだろう。院長先生がミルディンのせいで快楽殺人者となってしまった事件。
「先生は絶対、あんなことをする人じゃなかった……やっぱり、考えられるのは俺が魔法で、先生をおかしくしたんじゃないかって」
真相は闇の中だ。
そんな人の精神を狂わせられるほどの魔法を幼いミルディンが果たして使う事ができたのだろうか。佐和にはわからない。だから軽々しく慰める事はできない。
苦しげに吐き出すミルディンの気持ちがどんどんとこぼれていく。
「小さい時からずっと……俺は、魔術が使えて、他の人間とは違った……そのせいで親にも捨てられて、うまく魔法を使えなかったころは傷つけた相手に化け物呼ばわりされることもあった……。俺は異常なんだって、ずっと思ってきた。何もかもが俺のせいなんだって言われたこともあった……」
この数日この施設で暮らしてわかったことがある。
それは佐和の住む世界なら天候や天災と呼ばれるものも魔術師のせいに往々にしてされるということだ。人々の不満が向かう対象として魔術師は存在しているのではないかと疑いたくなるほど、自然現象の類も魔術師のせいにされ、人々の不満のはけ口にされている。それはきっとミルディンも例外ではなかったのだろう。
「でも、マーリンとブリーセンは違うんだ。本当は……大切なんだ……守りたかったんだ……家族……だから」
「……うん」
「でも、あの二人はそれを、きっともう許してくれない」
そんなことないよ。
そう言ってあげたかった。
「あの洗脳に身を任せてしまえば楽になれるってわかってた。けど、違うんだ。俺は……もう、大切な家族を失いたくない……」
「……ミルディン」
「先生のことはわからない。本当は俺のせいなのかもしれない。もしそうじゃなかったら……いや、たとえもしそうだったとしたら、余計に。これ以上俺は大切な家族を悲しませたくない。だから……サワ」
うめいていたミルディンがあげた苦しげな顔を正面から佐和は見た。その表情に今までのかげりはなかった。
「俺と一緒に……来てほしい。マーリンとブリーセンを……助けに行きたい」
1人ではきっとマーリンの所まではたどり着けない。そしてミルディンは佐和を望んでくれている。
「たとえ、拒まれても、もう、あの二人が死ぬなんて、嫌なんだ」
「……いいよ、ミルディン」
なんにもできない私だけれど、あなたと一緒に行く事ぐらいはできるから。
「一緒に行こう」
佐和はミルディンに手を伸ばして、笑いかけた。