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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 ブレイズの選択
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       ***



「よーし、そろそろ出発するぞー!」


 新天地に向け、支度の済んだ僕らドルイドの一行は、北から攻めて来ると予知された大国と蛮族の被害が少ないであろう土地を目指して南下する事を決めた。

 道中は行商人を装い、街を通って行く予定なので最初の街で何かしらの仕入れをして、商いをする体裁を整える予定だ。


「さてと、今回は距離が長いからな。気を引き締めねば」


 今までの移動とは比較にならない距離を移動する事になる。

 何よりも危惧しなければならないのはアミュレットの安全だ。いくつもの領地を越えるという事はいくつもの国を越える事に等しい。

 行商人に身をやつす(てい)なので今回は大きな荷馬車と馬を用意した。それに積んだ荷物を確認しているアミュレットとムルジンの背中に僕はこっそり近づく。


「これで全部だな」

「うん、ね。最初に行くとこ、結構大きい街なんだよね?楽しみだなぁー!私そこまで大きな街に行った事ないの。いっつもお留守番で。今回は行けるかな?」

「今回も留守番だろ」

「そんなぁ……ムルジンといろいろ回れるかと思ってたのにぃ」


 ぷっと頬を膨らませた妹を見て、ムルジンが赤い顔を手で覆っている。


「どうしたの?ムルジン?」

「なんでもねぇよ!」

「そうだとも、何でもないのさ」

「うわ!てめぇ!いつの間に!!」


 僕は狼狽するムルジンをおもしろおかしく見つめた。


「ムルジン。何時如何なる時も気配には敏感でないとなー。魔術師としてそこそこになってきたとしても、それではナイトとしては失格だぞぉー?」

「っるせ!黙れ!てめぇ!」

「おい、あれ?誰だ?」


 わいわいはしゃいでいた僕たちはその声にすぐに振り返った。集団の一人が遠くを指差している。

 指先の遙か遠く森の木立の隙間に人影が見える。どうやらこちらに向かって来ているらしい。


「……こんな森の奥に」

「ムルジン」

「わかってる。アミュレット。こっち来い」

「え?でも……おねいちゃんは……」

「僕はおじい様と事に当たる」


 僕は意志魔術で視力を強化し、人影の正体を探った。この距離なら向こうから僕たちの一団はまだ視界に捉えられていないだろう。

 ……相手は三騎。全員馬。さすがにこの距離では顔や服装までは見てとれないな……。


「待って。おねいちゃん……おねいちゃんも一緒に……」

「何を言ってるんだ、アミュレット。大丈夫。どうせここいらの領主の見回り騎士か兵士だろう。行商のふりをしてやり過ごすさ」


 実際今までもそうやって何度もこの集団は人間社会の隙間をくぐり抜けてきている。今回もそれで通せるだろう。


「僕がおじい様についておくのは万が一の場合に備えてだ。安心して隠れているんだ。いいね?」

「……ならおねいちゃんが側にいなくてもきっと大丈夫だよ。お願い。一緒にいよ」


 珍しくアミュレットがわがままを言っている。

 普段なら自分の安全よりも集落の皆の事を気に掛ける彼女の事だ。僕が行くことに反対など今までしたことがなかったのに、今回に限って僕が矢面に立つのが不安らしい。


「……聞いてやりたいのは山々だが、万が一という事もある。おじい様ではなく、僕がその場にいれば犠牲が少なくて済む可能性が高いんだ。我慢しておくれ」


 まだ何か言い掛けた様子の妹を安心させようと僕はムルジンにいたずらっぽい笑顔を向けた。


「大丈夫。君の事はそこにいる出来損ないのナイト君が守ってくれるさ」

「おい、こら。そりゃ誰の事だてめぇ」


 そう言いながらもムルジンはアミュレットの肩にそっと手を回し、荷馬車の影に誘導している。

 その手に従いながらアミュレットはまだどこか不安げな表情を浮かべていた。


「……わかってるな、ムルジン」

「ああ」


 互いにしか聞こえない魔術の伝達で確認しあう。

 ムルジンには、たとえ僕やほかのドルイドの皆がどうなろうとアミュレットを守れと言ってある。

 僕は妹たちとは反対方向、相手がやってくる側に足を向けた。

 そこには既に来訪者に気付いて立ち止まっている祖父がいる。


「……おじい様」

「いつも通りやり過ごすが、万が一の場合には頼んだぞ、ブレイズ」

「わかっています」


 背後の気配を探ると、ムルジンとアミュレットの気配だけが消えていた。

 ムルジンの魔術で姿を隠し、かつ気配も絶っている証拠だ。

 ……まあまあ上手になったじゃないか。

 ほかの皆にも緊張が走るが、それは顔に出さないように作業を続けてもらう。あんな距離から誰かが近づいて来る事に気付く行商人など怪しすぎる。

 やがて近づいて来た相手の姿が視認できるようになったところで僕と祖父が向かって行く。

 向こうは既にこちらに気付いているようで真っ直ぐ向かって来ていた。


「どうやら単なる通りすがりというわけではないようですね」

「……うむ」


 相手は三人。全員男。身なりからして―――騎士だ。

 立派な鎧を身にまとい、剣を携えている。しかし、この領地の騎士には見えない。ここを隠れ蓑にすると決めた時に僕は単独で領主の城に忍び込んで主立った騎士の顔は把握している。その誰にもこの三人は当てはまらなかった。

 何より……彼らは立派すぎた。

 堂々とした佇まい。姿勢。真っ直ぐな視線。そのどれもが凛々しい。

 ここの領主はわりと頭が悪く、土地の管理も行き届いていない。だから僕らにとっては暮らしやすい場所でもあったが、そんな男にこの三人が仕えているとは思えなかった。

 そう相手を見聞しているうちに、三人の騎士はおじい様と僕の目の前まで来て馬を止め、颯爽と馬から降りた。

 その瞬間、僕は中央の人間に目を奪われていた。

 鮮やかな短い金髪。きりっとした目つき。己に厳しそうな鍛錬を積み重ねた人間独特の洗練された空気。

 年は僕より少し上ぐらいにしか見えないのに、その纏ったオーラは圧倒的なものがあった。


「失礼。我が名はウーサー・アンブロシウス。騎士だ。貴殿たちはこのような森の奥深くで一体何をしている?」

「アンブロシウス……?もしかして・・・・・アレリウス前国王陛下の親戚……?」


 男の口上に他の者がざわめき出す。普段なら余計な事は口にせず、おじい様と僕に対応を任してくれる皆だったが、登場した人物が予想外すぎた。


「……これはかのアンブロシウス家の。お会いできて光栄です」


 祖父は平民が騎士に取るべき一般的な礼を取った。僕もそれに習いお辞儀をする。しかし、心は彼に釘づけだった。


「私どもは旅の行商人でして、カメリアドを目指している途中です」


 祖父の口上にウーサーと名乗った騎士は訝しげに顔をしかめた。


「カメリアドに?それにしてもこのような森の奥深くまで入る必要はないだろう」

「ええ、秘密にしていただければ幸いですが。こちらの森の奥深くで手に入る薬草がとても貴重でして……カメリアドに向かう前に仕入れを済ませてから出立するところだったのです。きちんと領主様からも採集の許可は得ております」

「証拠はあるか?」

「はい。許可証が。ブレイズ、取って来てくれるか?」

「はい、おじい様」


 僕はいくつかある荷台の中で重要そうな物を積んでいるように偽装してある馬車から紙切れを取り出した。その場で小さく呪文を呟き、何も書かれていなかった紙に採集許可の旨と領主のサインを入れた書類を作成する。

 これも僕は先に領主の城に潜入して筆跡、サイン、文の言い回し全て記憶し再現している。見破れるわけがない。


「どうぞ」


 僕から許可証を受け取ったウーサーは一通り目を通すと「確かに」と頷いた。


「して、騎士様はどうなさったのですか?このような森まで……何かあったのですか?」


 ここは尋ねない方が不自然だろう。祖父が自分達の旅路に何か良からぬ事が起きるのでは?という風に不安がってみせた。皆もそれに合わせてくれている。


「いや。心配には及ばない。事件や犯罪者の捜索ではない。我らは人を探しているだけだ」


 その言葉に僕は魔術で祖父にこっそり話しかけた。


『アミュレットのことでしょうか?』

『早合点はならぬ。さて……探りを入れるべきか。深入りせず後から調べあげるべきか……』

「ウーサー」


 僕たちの思考での会話を遮ったのはウーサーの後ろに控えていた別の騎士だ。それなりに若いのに厳格そうな顔立ちとどこか苦労性の雰囲気の男。


「何だ、エクター」

「彼らはどうやら大規模な行商人。しかもこのように未開の地にも明るいときている。もしかしたら我々の探している人物について何か知っているかもしれない」

「それもそうだな……」


 エクターと呼ばれた男の助言にウーサーが頷く。期せずして彼らが探している人物がアミュレットかどうか情報が手に入りそうだ。


「そなた達ドルイドの集団を知っているか?」


 その言葉で全員に緊張が走り抜けた。勿論顔には出さないが、先程までとは一気に状況が変わった。


『……すぐに片をつけますか?おじい様。敵は三人。手練れと見えますが、私とおじい様二人がかりなら遅れを取る事はないでしょう。地の理もこちらにある』

『待て。最後まで情報を引き出してからだ』

「ドルイド……と言いますと、魔術師の集団でしたっけ?」


 魔術の会話を打ち切り、祖父はそう返答した。

 世の中の多くの人間はドルイドという言葉すら知らないが、行商人はその性質上、僕たちの事を風の噂ぐらいには聞いているはずだ。


「その通りだ。彼らは人目を忍び、森や山の奥深くで暮らしているらしい。見たことはないか?」

「はい、あいにく……」

「そうか……」

「しかし、ウーサー。彼らは各地を旅するだろう。我らの言付けを彼らに各地で触れ回ってもらえば、探している人物の耳に届くかもしれない」


 どうやらこのエクターという騎士が参謀のようだ。

 僕は気取られないよう彼にも注意を払った。

 エクターの意見に納得したらしい。ウーサーは「頼めるだろうか?」と前置きをしてきた。

 騎士の頼みを平民が断る訳がない。祖父も「はい、お力になれるのでしたら」と快く相槌をうつ。

 これでもしも彼らがアミュレットを狙っているようであれば僕の出番だ。

 この場で彼らを片付けるか。それとも黒幕を引きずり出すまであえて踊らせておくか。慎重に見極めなければ……。

 しかし、次の瞬間ウーサーが口にした名前は意外すぎる人物のものだった。


「魔術師ブレイズという人物を探しているのだ」


 …………僕?

 予想外のことに僕は呆気に取られてしまった。




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