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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 ブレイズの選択
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page.327

       ***



「ティーナ・クロッホ!」

「ウィスカ・クロッホ!」


 ムルジンが放った炎の球を僕は同一の数と質の水の球を生んでぶつけ、相殺した。一瞬で蒸発した水が蒸気となり視界を白く染める。


「っ!」


 視界を確保するために意志魔術の風で蒸気を吹き飛ばしたムルジンの背後から僕は杖を彼の背中に突きつけた。


「……勝負あったな」

「だあっ!くそっ!」


 ムルジンは本気で悔しいのか、その場で仰向けに倒れこんだ。

 出会ってから幾年の月日が流れ、僕らは少年少女から男性女性の領域へと足を踏み入れるぐらいの年齢になっていた。出会った頃よりも大きくなった彼の背はあっという間に僕を抜かしていったが、まだまだ魔術に関してはこちらの方が上だ。


「くそっ……!」

「ふふん、今回は良いところまで行ったと思ったか?確かに僕の繰り出した魔術を45回も防いだ事は誉めてやる。しかし相変わらず君の魔術はその口と同じで乱雑すぎる。余分な力を出さず、絶妙な相殺に押さえ、反撃に転じる感覚を磨きたまえ」

「うるせぇ……次こそ、けちょんけちょんにしてやる……!」


 始めて出会ってから数年が経ち、すっかりムルジンは僕たちの集団に馴染んでいた。

 僕に鍛えられたおかげで彼は既にこの集団では僕の次に力ある魔術師に育っていたし、単純に男手というのはこういった集落では歓迎される。

 口は相変わらず悪いものの、根が悪いやつではない。すっかり集落中の人間から彼は親しまれていた。

 未だに彼自身はそれがくすぐったいようではあったが。


「おねーちゃーん!ムルジーン!そろそろお昼だよー!」

「ああ、今行く!……残念だったな、ムルジン。今日は僕の名前の方が先だ」

「……うるせっ」


 反動をつけて立ち上がったムルジンが先に声をかけたアミュレットに歩み寄って行く。

 僕達二人と同じように数年の月日が流れ、より女性らしく育った僕の妹は贔屓目を抜いても可愛かった。

 髪は相変わらず肩まで伸ばした緩やかなウェーブ。焦げ茶の瞳は幼い頃からの輝きは曇らずにどこか優しく。何より体つきはすっかり女性のそれだ。

 ……僕の体の発育については言及を避けよう。僕の体のあらゆる養分と才は全て魔術に注がれたと言って等しい。

 昔と同じ視力の僕は丸い眼鏡はそのままに、鬱陶しかった黒髪だけは昔と違い一つに纏めて丸めていた。

 僕たちはムルジンと出会った後も何度か住む場所を変え、平和に暮らしていた。その間妹を狙った不届き者もほんの数名いたが、事が露見する前に片がついているので、集落の皆は最近は平和だと思い込んでいる。

 ……実際には、僕と魔術を会得したムルジンの暗躍によって、何事にもならず、消え去って行った訳だが。



       ***



「また集落の場所を移す?」


 妹の予期せぬ言葉に僕は驚いた。三人で昼を囲みながらアミュレットはこくりと僕の確認に頷いた。


「今回はスパンが短いな。何かあったのか?」

「あのね、ここら辺も例の傭兵がよく出るようになってきたみたいで……」


 妹はこのドルイドの集団の長である祖父の助手のようなこともこの数年で務めるようになっていた。

 将来に向けての事前準備といったところだろうが、それに厳しさを与えるように世界の情勢は傾いて来ている。


「ボーディガンが雇った傭兵くずれか……」


 ムルジンが呟いた通り、この数年で大陸の状勢は大きく変わっていた。小国に分かれ、争っていた国々を一度はアレリウス・アンブロシウスなる人物が統一したものの、彼は即位して間もなく病死した。

 後を継いだアレリウスの弟ボーディガンは北からの異民族と帝国の強襲に対応するため、傭兵を無闇に雇ったはいいものの、報酬が支払えず、不満を貯めた傭兵達が各地で暴動を起こし、関係のない村まで襲っている始末だ。


「……それにね、また……たぶん北から冷たいのと荒い風が吹くから」


 アミュレットの呟きに僕もムルジンも食事の手を止めた。

 妹のすぐ横に座っていたムルジンが、そっと妹の肩に手を乗せる。


「……見えたのか?」

「……うん」


 前回の蛮族と大国の襲来も、妹は予知で「北から冷たい風と荒々しい風が吹いてくる」と預言し、当てていた。

 冷たい風というのは大国。荒々しい風というのは蛮族の事を指している。

 どうやらまた一編に攻めこんで来るつもりらしい。


「だとすれば、移動は早い方がいいかもしれない。南下すべきだろう。もう少し経てば普通の人間達も戦の気配に気づくはずだ。動くなら警備が強化される前だな」


 僕の意見に二人とも頷いた。だが、まだどこか妹の顔色は優れない。


「アミュレット?他にも何か気になることがあるのかい?」

「…………ううん、大丈夫。何でもないよ、おねいちゃん」

「?」


 何でもないと言いながらやはりアミュレットの顔色は暗い。

 僕はムルジンに目線を送ったが、どうやらムルジンも心当たりはないようだ。小さく首を横に振っていた。



       ***



「この時、妹はもしかしたら僕の行く末を既に知っていたのかもしれない。視えていたはずの未来を教えてくれれば、あんな事にはならなかったと、彼女を責め立てる気持ちは、全てが終わった今でも微塵も生まれなかったよ」


 昔の自分の姿を眺めながら、院長先生―――魔術師ブレイズは目を細めている。


「……先生」


 マーリンがブレイズに一歩、歩み寄ろうとした。その手が伸ばされる前にブレイズがこちらに笑いかける。


「ただし、それはこの後、僕自身の身に降りかかった事に対する感想であって」


 そう言って彼女は悲しげに笑う。


「あの時、僕があのような選択をしなければ、妹は、ムルジンは、『彼』は………そして、何よりマーリン。君にこんな業を背負わせることにはならなかったのかと考えると、やはり悔やんでも悔やみきれないよ」


 そしてまた過去が動き出した。




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