page.320
***
眩しい光から目を開けると、そこはどこかの森の中だった。
小鳥が囀ずり、柔らかな木漏れ日の漏れる昼下がり。
そこに佐和とマーリンは並んで立っていた。
「これって……」
「こんな魔術…………初めて見た」
マーリンが目の前を飛ぶ蝶を掴もうとするが、蝶はマーリンの手を透き通って飛んで行ってしまう。
景色、音、匂い。マーリンと佐和以外と全ての間に薄く白い靄のフィルターがかかっているような景色。
『これは、僕―――魔術師ブレイズの過去』
どこからともなく聞こえて来る女性の声。
どこかで聞いたことのある。穏やかで優しい。
その声とともに、佐和達の前を一人の少女が駆け抜けて行く。
愛くるしい顔立ち。綺麗な黒髪に大きな焦げ茶の瞳。
少女はいくつかあるうちの一つのテントに飛び込んだ。
途端、佐和達の見ている景色も変わる。
「おねえちゃん!おねえちゃん!おねえちゃん!おねえちゃん!おねいちゃーん!」
テントの中、うず高く積み上げられた本の山と山の隙間から、テントに飛び込んで来た少女の声に別の少女がむくりと起き上がった。
黒く短いボサボサの髪。何日も着古したようなローブ。何より真ん丸の大きなメガネが目立つ子だ。
「…………」
「…………うそ……」
何も言えなくなってしまったマーリンとは対照的に、佐和は思わず声を漏らした。
本の山から起き上がった少女は、年こそ幼いものの、マーリンの……そしてミルディンの愛した―――院長先生、その人だったのだ。
院長先生が…………何でブレイズの手記に?いや、もしかしてマーリンの育ての親は……
佐和達の内心の困惑に答えるように、その人は姿を現した。
あやふやな輪郭、色を失った修道服。トレードマークの大きな丸メガネ。
以前水晶で見たのと同じ姿の院長先生が二人の前に立っていた。
「先生…………?」
「……ひさしぶりだね、ミルディン。いや……マーリン」
どうなっているかはわからない。
なぜか院長先生が現れた途端、目の前の少女達の時が止まった。静止したままの少女達を背に、院長先生が優しい笑みでマーリンに語りかける。
「いつか、こんな日が来る気がしていたよ」
「先生……?なんで……だって……先生は……死んだんじゃ……?」
「そうだ。これはこの日記に予め僕の意志を詰め込んでおいた魔術だ。然るべき時が来て、君が真実を知る事を望んだ時のために」
「じゃあ……マーリンの……先生が……」
「そう」
『院長先生』とマーリンが呼ぶ育ての親。
彼女は穏やかに微笑んだ。
「改めて、僕の名はブレイズ。世界最高峰の自負を持つ魔術師。今から君たち二人に見せるのは僕の大切な人達との記録。君たちが知るべき物語はこの日、僕の妹アミュレットが僕の元に駆け込んで来たところから始まる。……そこから始まる全ての真実。それを君に伝えるために筆を取ったんだ―――マーリン」
その言葉とともに院長先生の姿が煙のように消え、目の前の少女たちの景色に色が鮮やかに着き始める。
最後にどこからともなく先生の声が響いた。
『どうか願わくば、僕らの生涯が君の糧になりますように』
そう祈って。
***
「おねいちゃん!おねいちゃん!おねいちゃん!おねいちゃーん!」
けたたましい足音。犯人は明白。
テントの中、読書に勤しんでいた僕は小さく溜め息をついた。案の定、テントの入り口をまくりあげて妹のアミュレットが飛び込んで来る。
「すっごいの見つけちゃったの!お願い!一緒に来てっ!」
「嫌だね。僕は忙しい。今はこの魔術書の解読の途中で……」
「いいからっ!ねっ?」
「あ、おい、無理に引っ張らないでくれ!本が折れてしまう!」
腕を引かれ、無理矢理外に連れ出される。その衝撃でかけていた大きめの丸メガネがずれた。
呆れながらも、僕は天真爛漫に駆け出す妹の笑顔が好きで微笑んだ。
黒髪に濃い茶色の目。同じ色素を持ちながら僕と妹はあまり似ていない。
くるくると表情が変わる妹、アミュレットと。
読書ばかりに力をこめた姉の僕、ブレイズ。
僕たち姉妹はドルイドのとある集落で平和に暮らしていた。
これはそこからの他愛もない日々と、君が知るべき僕らの終わりまでを綴った物語。




