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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 夢魔の子
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       ***



「マーリンが……本当にインキュバスの子ども……?」

「そうだ」


 王都でゴルロイスから聞かされた時は半信半疑だった。

 いや、マーリンに至っては自分を動揺させるための嘘に決まってると高をくくっている様子だった。

 それに同意しながらも本当は、心の中に一抹の不安を覚えていた事を改めて指摘された気がした。

 だって、それなら納得がいく……。彼の魔術師としての素養が他の魔術師とは一線を()している事に。アーサー王を導くという偉業を成し遂げるだけの力を持っている事に。


「でも……待ってください……創世の魔術師はアーサー王を導く。もし、本当にマーリンがインキュバスの子だとしたら、おかしいじゃないですか……だって、インキュバスは……ゴルロイスはアーサーを殺そうとしてる。それなのにアーサーを王様にする手助けをする魔術師を生みますか?」


 一番矛盾しているのはそこだ。

 だからきっとマーリンもゴルロイスの言葉にそこまで心を乱されなかったのだと思う。


「……お前の言ってる事は間違っちゃいねぇよ。インキュバスにとっても生ませたガキがまさか『反対側』につく事になるなんて最初は思っちゃいなかっただろうな」

「なら……」

「……確かにあいつは、今は自分の意志でアーサー王に仕えようとしてるかもしれねぇ。だけどな」


 付け足された後半の言葉からムルジンの語気が段々強くなっていく。


「元々あいつはインキュバスが自分を『こちら側』に留めるために産ませた『器』なんだよ。あいつの本質は『あっち側』にある。そんな奴に魔術を教えて、万が一、アーサー王がインキュバスに負けてみろ。いや、負けなくともあいつがインキュバスの誘惑に耐えられなかったらどうなる?ただの空っぽな『器』ならまだしも魔術を会得して最強になった『器』に宿られたら、それこそやべぇだろ」

「だから……マーリンに魔術は教えられないって言うんですか……?」

「そうだ」

「でも……それはおかしいです。だって、このままだったら確実にインキュバスにアーサーは殺されます。マーリンも器として盗られちゃうかもしれない……そしたら、世界は境界の無い虚無の世界になっちゃうかもしれないんですよ?抵抗しなかったら危惧してる事態どころか世界が亡くなっちゃうかもしれない」

「それはダームの考えだ。俺の考えは違う。確かに『こちら側』と『あちら側』の境界が消えればダームが予想しているような表裏一体の空虚な世界になるかもしれねぇ。だがな、『あちら側』が世界を制し、『こちら側』を虐げる世界になるって可能性だってあり得るんだ。死が生を。絶望と怨嗟と苦痛と悲哀が支配する世界。そういう場合だって考えられる。だとすればインキュバスの力次第によっちゃ、その度合いが変わるかもしれねぇ。そう想定した場合、今のあいつに魔術を教えるなんてリスクを犯すわけにはいかねぇんだよ。わかったか?」


 ムルジンの理屈はわかる。

 確かに世界が真っ白の何も無い世界になるかもしれないと言ったのはダーム・デュ・ラックだが、彼女も本当の意味でインキュバスが世界をどう改変してしまうのかはわからないと言っていた。

 だとしたらムルジンの予想している世界もあり得るし、マーリンの力がインキュバスの影響力と比例する危険性も理解できる。


「……でもそれって、ただマシかもしれない方に賭けて何もしないで、世界が終わるかもしれないのを待つって事ですか?だって……逆を言えば、ダーム・デュ・ラックやあなたが想像しているよりも、もっと悪い未来が待っている可能性だってあるんですよ」


 誰にもわからない。という事はこの二人が想像している以上の、人間の想像を遥かに超えた地獄のような未来だってあり得るのだ。


「ああ、だけど俺はリスクの低い方を取る。あいつに魔術を教えて世界が最底辺になる危険と、何もしなくてまだマシな世界になる可能性。他の未知の要素も含めて考えた上で、一番危険(リスク)が少ないのはこれだと思ってる」

「そんな……!何で……」


 何もしないで諦めてしまうというのか。


「……言わないでおいてやろうと思ったんだが、あえて言ってやる。お前が湖の乙女だって事も関係してんだよ。俺は……お前がうまく行くとは思えねぇ」


 後頭部を思いっきり鈍器で殴られたような気がした。


「それに俺はドルイドの最後の生き残りだ。ドルイドっつーのはな、魔術の事に関して色々な調整を行う役目を担った集団でもあったんだ。そんな俺が一番危険な賭けにのるわけにはいかねぇんだよ」


 ……自分のせいだと言われてしまったら、もう何も言えなかった。

 そう、ムルジンの言葉の中でそれは最も説得力があった。

 海音がここに来ていれば、きっと彼はマーリンに対しても、もっと違う態度で接したのかもしれない。だけど。

 脇役(わたし)じゃ―――無理だ……。

 その時、ムルジンが突然扉に手を向けた。その手から吹いた突風がドアを勢いよく開く。


「……マー……リン……」

「…………サワ」


 ドアの外に―――マーリンが立っていた。


「……ど、どこから聞いてたの……?」

「……俺が……本当にインキュバスの子だってあたりから……」


 その前の海音の事や湖の乙女の話を聞かれてはいないようだ。だけど、安心はできない。

 私にとって一番知られたくなかった事は秘密にできたけど……マーリンにとっては、一番知りたくなかった事を知っちゃった……。しかも、こんな形で……。

 ひゅっと頭に血が一気に昇る感覚。佐和はすぐにムルジンに噛みついた。


「……ムルジンさん!わかってて……!」

「ああ、それがどうした」


 やっぱりこの人は、マーリンが扉の外にいたことに気付きながら話していたのだ。それをあっさり認められてお腹の底からふつふつとまた怒りが沸いてくる。

 わざと、わざとこの人はマーリンにこんなやり方で事実を突きつけたんだ。佐和を通すという最も残酷な方法で。

 闇夜のせいだけでなく、真っ青になったマーリンが入口で立ちすくんでいるのを見たムルジンがマーリンを冷ややかに一瞥した。


「今てめぇが全部聞いた通りだ。だから俺はてめぇに魔術は教えねぇ。インキュバスなんて諸悪の根源の糞野郎のガキに魔術を教えるなんて絶対御免だ」

「そんな言い方……!」

「わかったならとっとと帰れ。どうにかしてまだまともな世界になるように祈ってでもおくんだな」


 佐和と二人で話していた時とは違い、ムルジンは冷徹に冷酷にマーリンにそう伝え、部屋から出て行ってしまう。

 その目は限りなく冷たく、それなのに瞳の奥が憎悪と妄執と色々な感情がごちゃ混ぜになって燃えているように見えた。

 ムルジンが去った後、残されたのはマーリンと佐和だけだ。

 二人とも何も言わない。

 ―――言えるわけがなかった。




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