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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 ムルジン
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~損ないの魔術師達~編

       ***



「ブレイズが……」

「死んだ……?」


 嘘でしょ……?

 あまりにも唐突な、そして絶望的な宣言に佐和もマーリンもそれ以上言葉が続かない。


「なら、あんたは誰だ?」

「ったく、人に名前を尋ねる前に自分から名乗るのが礼儀じゃねぇのかよ」


 男が気だるそうに肩を揉みながら溜め息をつく。

 態度が悪いのはどっちだよ……。

 そう思うけれど、溺死しかけた後に突っ込む気力も、初対面の男性に噛みつく度胸も佐和にはない。


「…………マーリン」


 立ち上がり、佐和を庇うように男に向き合ったマーリンが告げた名前に男は片眉だけ器用にあげた。


「俺の名前はマーリンだ。あんたは……」

「かっ、こりゃ駄目だな」


 唾を吐き捨てるように男がマーリンを睨み付ける。


「魔術師のくせに初対面の相手に真名を名乗るだなんて。馬鹿なのか、余程ご自分の力に自信があるのか。どっちにしろ愚かだ」


 名乗れって言ったのはそっちだろーがっ!

 だが、佐和の口から出たのは咳だけだ。心配したマーリンが「サワ……」とすぐに駆け寄って来る。

 心配して佐和の方を振り返ったマーリン越しに男の顔が見えた。


「…………」


 なぜか男は無言で、サワの姿をまじまじと観察している。

 なんだろう……?


「大丈夫?サワ」

「わ……私は、大丈夫だから、マーリン、ちゃんとこの人に事情を……」


 マーリンの事を一発で魔術師と見抜き、ダーム・デュ・ラックの名前も口にしていた。

 魔術と無関係な男ではない。

 それにダーム・デュ・ラックが最強の魔術師がいる場所と言って送り届けた所にいたというのも気になるし、佐和達がブレイズに会いに来たことも元から知っていたような口調だった。

 何も知らない人じゃないはず……。

 佐和の助言にまた少し、男の眉があがる。

 よく見ればそこそこ整った顔立ちだが、態度と目付きの悪さのせいか無愛想に見える。実際、この僅かな時間でも男の口の悪さはよくわかった。


「……急にすみません、俺はマーリン。ここにいるブレイズという人に会うためにダーム・デュ・ラックに送ってもらって、でもブレイズは亡くなったってどういう……」

「どうもこうもねえよ。ブレイズはとっくのとうに死んでる」

「でもダーム・デュ・ラックは……」

「あいつら妖精と俺らの感覚を同じものだと思わない事だな。あいつにとっちゃブレイズに会ったのなんて二、三日前ぐらいの感覚だろうが、実際には何年も経ってる。妖精の一生は長ぇ、俺達の一生なんかあいつらにとっちゃ一月(ひとつき)ぐらいにしか感じてないだろうよ」

「そんな……」


 ここまで来て、無駄足だったってこと……?

 いや、無駄足だけならまだ良かった。ブレイズが亡くなったという事は、マーリンにゴルロイスを越えるための手段を授ける人がこの世からもういなくなったという事だ。


「……何であんたはブレイズを知ってる?」

「何で答えなきゃいけねぇんだよ」


 男はあくまで佐和達の疑問に真正面から答える気はないらしい。

 今すぐにでも会話を打ちきりたいという雰囲気で溢れている。


「……っ、こほっ、こほっ!」

「サワ……!?」


 ……寒い。

 濡れたせいか震え上がるくらい身体が冷えてきた。むせたままの喉も落ち着かないし、苦しい。

 ……何で?こんなに……私だけ……マーリンは平気そうなのに……。


「…………移動魔術すらまともに受けられねぇのか…………仕方ねえ」


 男は背を向け、近くのログハウスに向かって一歩踏み出した。


「服が乾くまでは置いてやる。さっさと乾かしてすぐに帰れ」

「あ……」


 男はそれだけ言うと広場の横に建っていた家に足取り荒く入って行ってしまった。残された二人で顔を見合わせる。


「……マーリン、どうしよ……ごめんね……私が足引っ張って……」

「そんな事ない。逆。サワのおかげでとりあえず門前払いにはならなさそうだ」


 といってもあの男の正体は未だにわからないままだし、ブレイズが死んだという話の真相もわからない。


「……とにかく、今は行ってみよう。何とかしてブレイズの話を聞き出さないと……」


 マーリンに手を引いてもらってようやく立ち上がる。水を吸い込んだ服はいつもより異常に冷たくて重い。

 ……やっぱり、寒い……。

 マーリンに続いてログハウスに足を踏み入れた。細い廊下の片側にいくつか部屋の扉が並んでいて、その内真ん中の扉一つだけが開いている。

 中はリビングルームのようだ。左側にキッチン、真ん中に食卓テーブル、右の壁には暖炉がある。

 先に部屋に入っていた男が暗い暖炉を睨み付けた。その途端、火がどこからともなく灯る。


「魔術……」


 そうかもしれないとは思っていたけれど……やっぱり。

 この人……魔術師だ……。


「おい!ランヴァル!」


 男の呼び声にパタパタと足早で台所からやって来たのは少年だ。中学生ぐらいに見える。大人しい茶髪に黒の瞳、優しそうな雰囲気の子だった。


「はーい、あれ?この人達は……お客様?ムルジン」


 どうやらムルジンというのがこの男の名前らしい。

 ムルジンは顔をしかめて溜め息をこれ見よがしについた。


「客じゃねぇ。ダーム・デュ・ラックがめんどくさい奴を押し付けてきやがった。服だけ乾かさせたら追い出せ」


 それだけ言ってさっさと部屋から出て行こうとするムルジンをマーリンが焦って呼び止める。


「待ってくれ!ブレイズの事をもっと詳しく」

「嫌だね」


 ばっさりそう切り捨てたムルジンは部屋からすぐに出て行ってしまう。

 そのあまりの速さに反応できずに佐和もムルジンが出ていくのを呆然と見ていた。


「お疲れですよね?どうぞ着替えを用意してきますからそれまでは暖炉の前に座っててください。すぐに温かい紅茶も入れますから」

「ご……ごめんなさい。迷惑をかけて……えっと……」

「あぁ、僕はランヴァル。さっきの無愛想で口と態度と目付きがすごく悪い人はムルジンと言います」

「……俺はマーリン、こっちはサワ」

「よろしくおねがいします」

「こちらこそ……」


 丁寧なお辞儀にマーリンも戸惑っている。

 さっきのムルジンと比べて性格に落差がありすぎる。

 だが、最早我慢の限界だ……。

 うぅー、初対面の人の家で勝手に動くなんて元の世界じゃ在り得なかったんだけど、もう無理ぃ……。

 佐和はランヴァルに勧められるまま暖炉の前を陣取った。ようやく凍えきった身体がじんわりと温まりだす。


「ふぁー……」

「そんなに冷たくなかったと思うけど……」


 マーリンはそう言いながら佐和の横に立っているだけだ。佐和みたいに疲れている様子も凍えている様子もない。

 ……もしかして私に魔術はかけられないはずなのに、かけたりしたからその歪みなのかな……。

 手を擦り合わせながらそんな事をぼんやりと考える。


「今着替えを持ってきますから」


 そう言ってランヴァルという少年は甲斐甲斐しく佐和達の面倒を見始めた。




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